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染み付きすぎた平和

「大丈夫か?」

言葉とは裏腹に、声はいつも通りの気だるさだった。

「…隊長」

「何だ?」

「大丈夫…なんですか…?」

僕は目に涙を浮かべながら訊ねる。

「んー…まぁ、飯食う気は湧かねえわな」

カルムは既に違う域に達していた。





「殺す気で来い、痛い目にあいたくなければな」




人の死…それも先日見た男が、見るも無惨な姿になって首を落とされた。

僕はその光景を思いだし、また吐きそうになる。

「おいおいここで吐くなよ?メイド達にドやされる」

長い廊下を肩を抱かれながら兵舎に戻る。

「おや?大丈夫ですか?」

誰かに声を掛けられた。ふらつく視界を前に向けると、糸目の男が立っていた。

「大臣…なんで飯食ってる最中に始めますかね」

「おはようございます、ぐらい言えないのですか?カルム・アドワイド歩兵隊長」

「…おはようございます。リカルド大臣」

「はい。おはようございます」

大臣は皮肉たっぷりにカルムに挨拶をした。

「気分はどうですか?」

大臣は僕に訊ねる。

「…」

「まぁ、慣れていってください。朝食の最中邪魔をして申し訳ありませんでしたね。ごゆっくりどうぞ」

大臣はのんびりと僕達が来た道を戻っていった。

「食えるかっつーの…」

大臣の後ろ姿を見ながら、カルムは僕の心情を代弁した。





「精神的に辛いのは分かるが、これから訓練だ」

自室の椅子に座りながら、カルムは切り出した。

二度ほど戻したのは言うまでもない。

「訓練…」

その言葉は言わば「人を殺す練習」そのものだった。

「ま、初日だしな。色々分かんないのは当たり前だ。やらなきゃ分からん」

面倒そうに椅子から立ち上がると、着いてくる様に手招きをした。

足取り重く、僕は着いていく。

「その内合同で実戦形式でやるからな。怪我したくなきゃ真面目にやれよ」

「…はい」

僕は力なく返事をした。



兵舎を出てすぐの扉を開けると、何やら物置の様だった。

カルムは壁に立て掛けてある木刀とグローブを取る。

「ほれ」

「はい…うわっ!?」

木刀は予想に大きく反してかなりの重量があった。

「中に鉄が入ってる。大体そんぐらいの重さだ」

何と比較してそんぐらいの重さなのだろうか。想像は出来ているが、やはりまだ認めたく無かった。

「今日はとりあえず鎧と兜は無し。剣の使い方だけ覚えろ」

そう言うとカルムは、もう一本の木刀を片手で軽々と担ぎ上げた。

「よし、中庭に移動だ」

カルムは重さを気にしない足取りで廊下に歩みだした。






「お?一番乗りだな」

僕達以外にはまだ誰も居なかった。

「あれ?歩兵以外の人も居ますよね」

「中庭で矢飛ばされたり、アビタラ駆けずり回ったらあぶねーだろ」

「アビタラ?」

聞き慣れない単語だった。

「騎兵が乗る動物だ。なんつーか…何て言うんかなぁ…」

何やら形容しがたい生き物らしい。馬みたいな生き物だろうか?

しかし食事のパンやシチューは共通で繋がるのに、何でこういう単語は繋がらないのだろうか。

「…隊長、ちなみに」

「あん?」

頑張って形容する単語を探していた所に質問する。

「ここの言語って」

「ラウス語だけど?」

「日本語じゃないんですか?」

「ニホンゴ?…あーそっか、腕輪の説明してなかったな」

カルムは思い出した様に納得した。

「その腕輪が勝手に翻訳してくれる。先人達に感謝しろ?異世界があまりにも多すぎるから、いちいち言語なんて覚えてられないからな」

「じゃあもしかすると僕以前にこっちに転移した人が!!」

「んー…なんつーか…そう言うのは大臣とか、ジルとかの魔導師が詳しいんだけどよ」

あの人達魔導師だったのか。内心驚いた。

「した世界と、しなかった世界だっけな。世界は分岐がある時点で延々と新しく作られていくって話。だから君みたいな不運な奴はこの代理戦争に駆り出される訳だ。いや…運が良いのか?」

「悪いと思います…」

過去の自分を呪う。

「ま、その分岐の中でお前の異世界の言語が合ったって訳だな」

「ちなみに言語が無かったら?」

「不思議と今まで無かったんだよなぁ…さておき」

この話はここで終わりと言わんばかりにカルムは自分の指輪を僕の腕輪に当てる。

「何を?」

「これで今はノーガードだ。俺がお前に殺されても魔法は発動しない」

いきなりの物騒な発言に困惑する。

「大臣から聞いたか?狼藉働くとえらい目に合うって」

「あ、はい…死にはしないけど痛いって」

「充分だ」

木刀を構える。

僕もそれに習い木刀を構えた。

「殺す気で打って来い」

「へっ?」

直後に空気が変わった。あの気だるそうなカルムの目は完全に冷めきっていた。

「…」

「どうした?」

僕は木刀の握りを強くし、思いきり振りかざした。


木と木がぶつかる時に鳴る、小気味の良い音は鳴らなかった。

鳴った音は乾いた破裂音だった。

「えっ…えっ?」

僕は目を疑う。

それもそうだ。カルムは右手に木刀を持ち、左手で僕の攻撃を受け止めていた。

「ちょっとやめ」

カルムはグローブを外し近付く。

剣の握りかたが悪かったかな。いや、踏み込みが浅かったのだろうか。

僕はアドバイスを待った。


目が覚めたら横に倒れていた。

景色が歪んで見える。激しい耳鳴りもする。そして頬に経験した事も無い痛みが残っていた。口の中に鉄の味が広がる。

顔を見上げるとカルムが何か口を動かして言っていた。しかし耳鳴りで何も聞こえない。


今何が起きた?理解できない。

突然視界がブラックアウトしたと思ったら地面に倒れて


「ゲボッ!!」

また経験した事が無い鈍痛が腹部に響く。

何回か回転して、僕は視界の先に殴られる異世界の人を見てようやく理解した。

カルムが僕を殴り飛ばし、蹴りを入れたと。

「早く立て。もう一発いくぞ」

「えっ…おえっ…げほっ…」

次食らったら死ぬ!!僕はふらつく視界を無理矢理持ち上げた。

「うえっ…」

吐きながらも立ち上がり、カルムを睨み付ける。

「何で俺が殴り飛ばしたか分かるか?」

カルムは別段怒っている訳でも無かった。

「…わかり…ません」

「そうか」

カルムは再度木刀を構える。

「殺す気で来い。察しが良いお前なら分かるよな」

震える手で木刀を握り、構える。

正直カルムが何を言いたいのかまだ分かってはいなかったが、微かに怒りの感情は芽生えていた。

無意識の内、先程より大振りに僕は剣を振るっていた。


カッッ!!


ようやく木と木がぶつかり合う音が聞こえる。

「やめ」

しかしカルムは僕を制止すると


パァン!!


強烈な平手打ちを僕に叩き込んだ。

限界だった。

「ああああああ!!!!!!!!」

木刀を握り本気で無防備のカルムに打ち込む。

しかし簡単にかわされてしまった。

横凪ぎ。カルムは屈んでよける。

斜めに振りかざす。カルムは後ろに跳ねた。

突き。「おっ」と感嘆の声を上げたが、馴れた動きでかわして腕を絡み付かせる。

そのまま僕の首に何かを冷たい物を突き付けた。

「やればできるじゃんか。まぁ、怒りに任せるのは感心しないが。実戦だったら三回は死んでるぞ」

そう言うと、手を離す。

僕の首に突き付けた正体はダガーナイフだった。

「…どういうことだよ」

僕は怒りを抑えつつ聞く。

「お前、打ち込む瞬間力緩めたろ。もしかしたら怪我させちゃうんじゃ、って」

無意識。いや、無意識じゃない。

振り下ろす際に、確かに迷いがあった。カルムはそれを確実に見抜いていた。

「だから殺す気で来い、って何度も言ってるのに聞かねえから。その甘さがお前を殺す」

「…」

「仮にだ。今から殺す相手に手抜いて致命傷与えられなかった。どうなると思う?」

「…反撃」

「ああそうだ。相手が手慣れなら急所狙われて確実に死んでた。というか俺なら殺してる」

カルムは平然と殺人を肯定した。

「無論、お前は人を殺した事が無いだろうから…むしろ人を傷付けた事も少なそうだな。躊躇うのは分かる。だがな」

後ろで怒声が聞こえる。恐らく僕と同じ様に怒りをぶつけているのだろう。

「俺はお前を生かすために、恨まれようが罵声浴びせられようがやり方は変えない。さぁ、お話は終わりだ」


「殺す気で来い、痛い目にあいたくなければな」


カルムは今一度僕に確認を取った。


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