代理戦争
「理想通りになってたら、お前はここにいなかった。だけどお前はそれを望んじまったからここにいる」
静寂が辺りを支配する。しかし、その静寂は直ぐに悲鳴と足音にかき消された。
「どけ!!」
「うわっ!!」
僕は並んでいた男に突き飛ばされる。男達は、大扉に向かって走り出していた。
大扉の前の衛兵達は見越していたかのように扉への道を開けた。
男達が取っ手に手をかける。しかし扉が開くことは無かった。
「おい!!早く開けろ!!」
「開かねえんだよ!!」
「どけ!!」
大柄な男が扉へ体当たりするも、扉が軋む音すら立たなかった。
「話を続けても良いかな?」
王は別段気にせず、淡々と話し出す。
並んでいたのは僅か10人程度だった。その中には赤髪の少女と桃髪の少女が含まれていた。
「ふざけんじゃねえよ!!」
ドアが開かない事が分かり、そして王に殴りかかる事も出来ないと悟った異世界の住人が声を荒げる。
「勝手に呼び寄せて戦争の駒だぁ!?身勝手にも程があんだろ!!そんな話通るか!!」
「通るさ」
「なっ!?」
王は冷たく言いはなった。
「そもそも余はしっかりと選定したはずだ。それとも」
「あの!!」
ソラが震え声で会話を遮る。王は不機嫌そうにソラに目を向ける。
「そ…その人…死んでしまうのでは」
ソラが指差した先には、水の牢獄から必死の形相でもがく男が居た。王は少し驚いた様子を見せる。
「おや…それもそうだな」
王が手を下ろすと、泡は破裂し男は解放された。辺りに嗚咽が響き渡る。
「まぁ、どのみち死ぬがな」
玉座から立ち上がり、音の元へと王は向かう。
「はぁ…はぁ…あ…ひ、ひいっ!!」
牢獄に捕らわれて居た男は、尻餅をついた状態で後ろに下がる。
見下すかの様な視線を男に向けた後、衛兵達に命を下した。
「拷問部屋へ送れ。殺すな。見せしめに明朝斬首とする」
「はっ」
「嘘…嫌だ…嫌だっ!!申し訳ありませんでした王様!!お許し下さい!!どうか!!お慈悲を!!」
「今まで命乞いは何度も聞いてきた。まぁ赦した事は無いんだが」
次の瞬間、男は淡い光に包まれ消えた。
「先程の男は?」
王が大臣に問いただす。
「重装歩兵ですね」
「担当の魔導師に報告しろ。直ぐに補充だ。さて」
王は短く息を吐くと扉の前の男達に視線を向けた。
「まぁ戻れ」
「…」
拷問と斬首という言葉を聞き、男達は青ざめた表情で玉座の前に戻る。
「どこまで話したか。その方覚えてるか?」
フードのついた服を着た褐色の少女に王が声をかける。この少女もまた、喧騒の中慌てる事も無かった一人だった。
「えーと…あーそうそう。選定の話」
少女は臆す事も無く、王に答えた。
「おおそうであったな」
王もまた別段気にする事も無い様子だった。
「諸君ら、ここに来る際にテストをしたはずだ。大臣」
「皆様これに見覚えありませんか?」
大臣はペンと紙を取り出す。なんのへんてつもない、最近見た何処にでもあるペンと紙だった。
「異世界に興味があり、元の世界に未練はなく、死にたいと思った事もあり、人を殺したいと思った事も心の底からある。そして皆様は再三の確認にも転移する事を望んだ。そうですよね」
「誰も戦争するなんて聞いてないだろ!!」
誰かが怒鳴った。先程の喧騒に比べ疎らだが、そうだそうだと賛同する声が聞こえる。
「ええ。直接書いていませんから。間接的に伝えたつもりでしたが分かりにくかったですか?」
大臣は単純かつ的確な返答をした。そして続ける。
「逆に皆様に質問致しますが、あなた方はどうしてここにいらしたのですか?何か得になることでも有ると思ったのですか?」
誰も言い返す事が出来なかった。
あのテストの質問の意味。彼女は何故あそこまで引き留めたか。守秘義務の内容。自己紹介を制止された理由。
僕はその全ての答えを出すと同時に、理想と現実の真意を実感した。
「帰して…」
誰かが呟く。それを皮切りに同じ言葉が伝播していく。
「帰してください!!」
「お願いします!!」
「元の世界に帰してください!!」
「駄目です」
大臣は当然の如く答えた。
「ま、そういう訳だ」
王の声が沈黙を破る。
「だが余もそなたらの気持ちも分からんでもない」
王は少しだけ同情する様に声を曇らせた。
「この代理戦争、生き残った者に一生の富と名誉を約束しよう」
絶望の中、俯いていた者達が顔を上げる。
「そしてもう一つ。余と殺し合う権利を与える」
「仮に生き残ったとして、あんたにはさっきの魔法みたいなのがあるだろ…」
先程、扉の前で吼えた男が声を震わせる。
「魔法は使わん。使うまでもない。もし余を殺したい程憎むのであれば生き残れ。余を殺したらこの国の王位をくれてやる」
「言ったな」
「嘘はつかん。その方の異世界に余が嘘つきだと伝えられたら恥さらしも良いところだ」
「絶対に生き残る。そしてお前をぶっ殺す」
「楽しみにしてるぞ」
王は笑いながら答えた。
「では皆様方、兵舎の方に移動願います」
重く閉ざされていた扉が開かれる。この機に誰かが逃げ出すと思ったが杞憂だった。
「では最初に剣の描かれた腕輪の皆様。お進みください。ヨハン」
「はっ!!」
ヨハンと呼ばれた衛兵の一人が広間に響く声で返答する。
「ご案内を」
「では皆様こちらへ!!」
「一つ言い忘れていました」
大臣が突如呼び止める。
「その腕輪には魔法がかかっています。狼藉の防止や居場所の特定です。無理に取ろうとしたりすると魔法が発動してしまうので無闇に弄らないでくださいね」
「何が起きるんですか?」
聞かないと恐らく答えてくれそうにないと、先の件で学んだので僕は質問をした。
「死にはしませんが凄く痛いですよ」
不思議そうに触っていたソラは即座に手を離した。
「先程の男が王に触れてたら」
「さぁ?どうなっていたでしょうね」
大臣が意地悪い顔で答えた。
去り際に赤髪の少女に訊ねる。
「死ぬかも知れないのに…君は知ってて来たの?」
「命を賭けてでも来る理由があるのよ」
少女はそれ以上何も語ることは無かった。
再び長い廊下をぞろぞろと歩く。
「ヨハンさん」
僕はまだ少し疑問に残ったことがあったので訊くことにした。
「なんでありますか?」
「腕輪の模様に関してなんですが…」
「ご安心を。担当が詳しく教えてくれるであります」
「担当?」
「戦闘の教育係であります。もう既にお会いしているはずでありますが」
「…」
心当たりが一人居た。転移された時に案内したお喋りな男だ。
「こちらであります」
兵舎の中はさながらビジネスホテルの廊下のようだった。
等間隔に並べられたドアは静かに来訪者を待っている様であった。
「あなたはこちらの部屋で…次のあなたはその一個先の部屋…あ、すいませんそちらの向かいであります」
ヨハンさんは何か名簿の様なものと照らし合わせながら部屋を振り分けた。
「名前呼ばねえの?」
誰かがそうアドバイスをしたが
「申し訳ないであります…この名簿には名前は載っていません」
それは最早名簿ではなく、ただの簿なのでは?そう心の中で突っ込んだ。
「あ、もう案内された方は入っても大丈夫であります」
そう促された僕はドアを開いた。
見知った顔がそこに居た。
「おう、来たな」
相変わらず面倒そうに男は僕を招待した。
「アルヴィス王国歩兵部隊統括…ま、様は歩兵の中で一番偉い奴だな。隊長のカルムだ。宜しく」
「あ、僕は」
「いや良い」
僕の自己紹介はことごとく潰される様だ。
「名前は七日後に訊く」
「七日後?」
カルムは、あー。と気だるそうに答えた。
「先ずはそうだな…何から話すか。王から代理戦争の話は聞いたよな」
目を背けたい現実を突き付けられる。
「七日後に代理戦争…早い話が殺し合いだ。それの第一戦が始まる」
微かな希望であった代理戦争と言うスポーツ大会といった可能性も消された。
「でー、君にその戦争を生き残る為に叩き上げる役として我々王国兵が抜擢されました」
「…質問」
「どうぞ」
「王国兵って言うなら…なんで王国兵同士で…」
「おー良い質問だ」
緊張感の全くない声でカルムは答える。
「臣民達に死なれるよりか、どっかの誰か呼んで勝手に殺し合いさせた方が良いからな」
僕はその発言が許せなかった。カルムに掴みかかるが、その手は既にカルムに掴まれていた。
「まぁ待て待て。それは建前だ」
「建前…?」
カルムは僕の手を軽く離す。
「お前の世界で戦争はあるよな。そん中で最終兵器みたいなのはあるか?」
「最終兵器…核」
僕が思い付く中での答えはそれしかなかった。
「じゃあその核って奴が自国と相手国の国中に数百あって、いざ戦争おっ始めるってなったらどうなる?」
答えは明白だった。
「ま、そう言う訳で制定されたのがこの代理戦争って訳。悪いがこの話はこれ以上詳しくは言えない。王命だ」
カルムは手を叩いて軽い音を立てた。
「んじゃ続きな。代理戦争は100対100の戦いだ。勝敗はどちらかの国の兵士が全滅するか、王が降参するかの二つだ。時間は無制限、ここまでは良いな?」
カルムは僕に確認を取る。僕は静かに頷いた。
「最長で5戦、最短で3戦。まぁ3回勝てば終わり」
「5戦!?」
「そう5戦」
「さっき全滅したらって…」
僕は広間での王の言葉を思い出した。
「補充…」
「ああ、察しが良いな…ってさっき謁見の間で悶着有ったって誰か言ってたな。そいつか」
僕は拷問部屋へ連れていかれた青年が頭に浮かんだ。
「兵科は五つ。お前の兵科である歩兵、守備の要の重装歩兵、遠距離で戦える弓兵、敵陣を撹乱する騎兵、そして魔導師と」
先程の広間で会話した赤髪の少女と転んだ少女を思い出す。
「魔導師は言わば特殊でな。まず5人しか居ない。そして補充が出来ない。故に重装歩兵は基本的に矢避けとかの為に魔導師の護衛に回る。まぁここらの説明は後にするか」
カルムは続ける。
「そしてちょっと残念なお知らせを」
「何ですか?」
これ以上残念な知らせを受けたら立ち直れなさそうだ。
「歩兵は一番補充が早い」
立ち直れなかった。
「僕は…ここで死ぬんですか?」
「誰もお前に死ねなんて言ってねえよ。だから俺達が居るんだ。お前が生き残る為に」
「人殺しの訓練を?」
「ああそうだ。別にひたすら戦場を逃げ回っても良いぞ?ただしそれで生き残る確率は0に等しいが」
「何故?」
「戦場は結界に1km四方で囲まれる。そして王が降参するかのタイミングも見計らっている訳だ」
「…」
「運が良くて四肢切断からの斬首だな」
「僕は…僕はただ…平和で可愛い女の子と仲良く…そんな異世界を願っただけなのに…」
涙があふれでてきた。
自業自得と言われれば確かにそれまでだが、何故こんな世界に転移してしまったんだと後悔した。
「気持ち落ち着かせて覚悟決めろ。もう逃げられねえんだ」
明日は早いからな、カルムはそう言うと部屋から出る間際僕に言った。




