王
回答用紙には新たな問題が浮かぶことは無かった。それはつまり
「歩兵…」
空間の隅に置いてある彫像の内、剣を握った彫像が赤く光る。それと同時に指輪から無事、転移完了したとの旨が伝えられた。
「…せめて二週…いや、それも理想ね…」
私はただ、赤く光った彫像に祈ることしか出来なかった。
「今一度歓迎しよう。勇敢な駒達」
「おっ、来たな」
光に包まれたと思ったら、やはり最初からそこにいたかの様に移動していた。しかし、目の前には彼女がいない。
代わりに、気だるそうにしていた男がそこにいた。
「えっと…こんにちは」
「ああこんにちは。ちょいとすまんな」
そう男は言うと、僕の腕を取る。
「な…あれ?」
気付かぬ内に僕の手首には剣の模様が描かれた腕輪がはめられていた。呆気に取られる僕を横目に男は指輪に語りかける。
「転移完了。歩兵だ」
「歩兵…?」
いきなりの情報量の多さに狼狽する
「さ、行くぞ」
整理する間も無く男はドアへと僕を促す。
「え、あ、待ってください!!」
足元に描かれた魔方陣に疑問を抱きつつ僕は男を追いかけた。
足早に男と僕はかなり長い廊下を歩く。会話は無い。
「あの、すいません」
「ん?なんだ?」
「ここは一体…」
当然の疑問を投げ掛ける。男はあー、と面倒そうに答えた。
「簡単に言えば王城、だな。アルヴィス王の」
「アルヴィス…?」
「おっと、呼び捨ては良くないぜ。立派な王様なんだから」
「あ、すいません」
「…まぁお前にとっては…おっといけね」
男は何か言いそうになったが、何かに気付いた様に口を閉ざした。
「守秘義務、ってやつですか?」
「まぁな。俺は少しおしゃべりだから、あんまり突っ込まないでくれ」
だんまりで足早に廊下を歩いていた理由が判明した。この人は恐らく話し出すと何でもベラベラ話してしまうタイプだ。
「さ、着いたぜ」
長い廊下を歩いた先には、一際大きな扉が道を塞いでいた。
「アルヴィス国王の謁見の間だ。無礼の無いようにな。それと、他の奴等も中に居るから仲良くしろよ?」
「他の奴等って」
僕の質問を遮るように大扉が開かれた。
中には統一性の全くない人々が並んでいた。
扉が開いた時に皆が振り返ったが、即座にまた視線を前に戻す。
「ようこそ、異世界のお方」
糸目の男性が僕を歓迎する。
「大臣、こいつは歩兵です」
「そうですか。ご苦労様、引き続き職務を全うしてください」
「はっ」
「食堂に寄り道してはいけませんよ」
「げっ」
男はバツの悪そうに一礼して、長い廊下を戻っていった。
「さて、こちらに並んでもらえますか」
「あっ、はい!!」
大臣、そう呼ばれた男性は物腰柔らかく僕を案内する。
「ここで今しばらくお待ちください。皆が揃い次第、王が参られますので」
「皆…あの、この方たちって」
「ええ。貴方と同じ、異世界の方です。詳しい説明はまた後で」
やはりそうか。ペーパーテストの際に彼女に確認出来なかった事が確信に変わった。
「よう!!君も異世界の人か!!」
大臣が離れた後に前に並んでいた、薄緑色の髪のやや小太りの青年に声をかけられる。
「あ、う、うん」
「だろうなぁ。その髪地毛か?黒なんて珍しい」
僕としては緑色の方が珍しいのだが、この青年の異世界では緑色が普通なのだろう。
「俺はソラ。ラスバフからこっちに来た、よろしくな」
ラスバフという聞き慣れない言葉が出たが、来たという事は彼の世界の事だろうか。
「自己紹介なんて止めときなさい」
自分の名前を言う前に、横に並んでいた気の強そうな少女に止められる。僕よりもずっと年下に見えた。
「えっ何で?というか君可愛いね。その真っ赤な髪凄い似合ってる。もしパートナーとか」
僕より先にソラが思っていた疑問を投げかけた。色々と交えて。
しかし少女は呆れ顔で答える。
「馬鹿じゃないの?本当に何も…ああ、歩兵だから何も知らなくて当然か」
ソラの腕輪を見て少女は答えた。
「なっ!!初対面で馬鹿とは失礼な奴だな!!」
「君は何か知ってるのかい?」
怒るソラを横目に僕は彼女に質問した。少女は一瞥した後に
「今に分かるわよ」
と、何も教えてくれなかった。
少女の腕輪には杖の模様が描かれていた。
「ソラ」
「ごめん今は待って…84…85…」
ソラは何かを数えていた。どうやら列に並んだ頭数を数えているようだ。
「95…96…97…98…99」
カウントが止まったと同時に狙ったかのように後ろの扉が開く。
「お、遅れてすいません!!」
「ひゃ…く…」
ソラの目が大きく開かれる。数えていた指が小刻みに震える。
指先には紫色のロングヘアーの美女と、鮮やかな桃色髪の少女が居た。
「ジル…いい加減に道を覚えたらいかがです?」
「本当にすいません!!国王は…まだでしたか…良かった」
「全員が集まるまで呼びに行っていないだけです」
「…」
ジルと呼ばれた美女が平謝りし出すのは時間の問題だった。
「ともかく…最後の魔導師ですね」
「はっ!!はい!!ほら向こうに並んで…」
少女はトテトテと歩き出すと
「きゃっ!!」
何も無いところで転んだ。
「天使だ…」
「嘘でしょ…」
ソラと赤髪の少女は全く違う感想を漏らす。
大臣は気にする素振りもなく少女に手を差し出した。
「大丈夫ですか?」
「はっ、はい!!」
視線をソラに向けると顔が紅色に染まっていた。
ふと赤髪の少女を見ると、まるで世界の終わりのような顔をしていた。
「君…大丈夫?」
「な訳無いでしょ!?あれが魔導師なのよ!?」
怒鳴られた。回りの視線がこちらへ向く。
それに気付いた少女はまた黙りになる。
「では皆様方、王が参られます。ご静粛に」
そう大臣は言うと指輪に呟く。どうやらこの世界では、指輪が通信機のようだ。
程無くして衛兵が大扉を開ける。謁見の間のこの世界の住人であろう人達は皆目を伏せ頭を垂れた。
まさに絵に描かれた様な王がそこにいた。
赤い布地にきらびやかな宝石と金で作られた王冠。派手な装飾の服に白い綿と縫い目の見えない赤いマント。
原石の様な大きさの宝石と金をあしらった杖。
絵本で見たのとは違うのは、立派な白髭が無いぐらいだった。
静寂の中、トントンと杖を鳴らしながら王は赤い絨毯を歩き玉座へ向かって行く。そして
「あーよっこらしょ」
王とは思えぬ発言に僕は肩透かしを喰らった。
「諸君、はるばる異世界からよくぞこのアルヴィス王国に参られた。まずは礼を言わせてもらう」
先程の発言とはうって変わって、厳格な雰囲気を醸し出しながら王は挨拶を始めた。もしかすると先程の発言は、緊張をほぐすためにわざと言ったのだろうか。
「諸君らは完全適合者として、テストに合格しここに居る。まずは称賛を送りたい」
パチパチと王が拍手すると、大臣や衛兵皆が拍手し出す。なんだか少し照れくさい。
「戦争の駒として我らアルヴィス王国の為に働くという大義を誇ってくれ」
ただ、その一言を聞くまでは。
謁見の間がざわめき立つ。
「あの!!申し訳ありません王様!!」
ざわめきをかき消すかのよう、一人が声をあげた。
どうやら先頭に立っている異世界の人のようだ。
「何かね」
王はまゆ一つ動かさずに質問に答える。
「その…戦争とは」
「なんだ、その方の世界では戦争が存在せんのか。羨ましいな」
王は感心した様に話す。
「いえ…戦争は存在します。ですが!!戦争の駒とは」
「言葉通りだが?」
質問の意味が分からない、そんな感じの返答であった。
「は…え?」
並んだ者達は皆混乱した様子だった。杖の描かれた腕輪の少女達を除いて。
「諸君らには我が国の代理戦争の駒として働いてもらうのだが」
当たり前のように発言した王を尻目に、場は怒号に包まれた。
元の世界で幾度となく聞いた罵声、罵声、そして罵声。
未だに理解出来ていない素振りを見せる者も居た。ソラも、そして僕もまたその一人だった。
桃色の髪の少女はその出来事に狼狽え、赤髪の少女は訝しげな表情を浮かべる。
前の方に並んでいた一人の男が怒りを露に玉座へ向かう。
しかし男が王に掴みかかる事は無かった。
「ゴボッ!!」
王が手を伸ばした先には、水泡に包まれた男が居た。
「蛮勇はあまり感心せんな。命は大切にしろ」
王は男にそう語りかけ、僕達に確認を取るかのよう言いはなった。




