適合者
「再び会うことが出来ることをお祈りしてますよ。ご武運を」
「ようこそ、適合者様」
不意に透き通るような声をかけられる。
目の前には白髪の、まさに人形のような美しい女性がテーブルの前に座って居た。
「混乱していらっしゃいますね。無理もありませんか」
そう言われて僕は手元に下げていたビニール袋を落としていた事に気付く。
「…えっと…あの…」
「何でしょうか?」
色々と訊きたい事が山程あったが、僕は何から訊けば良いのか分からなかった。
「少し時間をいただいても良いですか?」
「ええ勿論。よければ椅子にお座りください」
女性は、笑顔で優しく答えた。
まず状況を整理しよう。僕はただ、帰り道にスーパーに寄ってビールを買った。それからツマミ用のチーズも。
そして今日は少しだけ違う道を使って帰っていた。その道は全くもって知らない道では無い。不思議な光に包まれたとか、車に跳ねられたとかそんな事は無かった。
まさに「初めからここにいた」そう錯覚するほどの出来事だった。それを考えると、ここに来る経緯を考えるのは不問だ。ならば
「はい」
「落ち着きましたか?」
「とりあえずは。質問良いでしょうか」
「何故ここに居るか、適合者とは、これから何が起きるのか。ですね」
「えっ!?」
全て図星だった。
「そんなに驚く事では有りませんよ。いきなりここへ転移されたら先ず誰しもそう思います」
単純な思考の人間と思われてしまっただろうか。そう考えた矢先、彼女は僕の額に指を触れた。いきなりの出来事に僕はたじろぐ。
「いえ、決して単純だとか思ってはいませんよ」
完全に思った事を読まれている。いやそもそも何故額に指を触れたんだ?僕は再び混乱しだしてしまった。
「驚かせてしまいましたね。少し読心術を使わせて貰いました」
「えっ?」
「魔法の一つです。相手に触れないと読めないのが難点ですが」
「魔法…って事は…」
「先程の質問を遮ってしまい申し訳ありません。ここは言わば貴方の世界で言うところの異世界」
「やったあああああ!!!!!!!!!!」
嬉しさのあまり椅子から跳び跳ねて叫んだ。彼女は面食らった顔で僕を見た。
夢にまで見たあの異世界!!今彼女は魔法と言った!!ならば僕ももしかすれば使えるかも知れない!!
今まで延々とつまらない仕事だけの人生だったが、そんな生活とはおさらばだ!!これからは第二の人生の始まり!!
「続けて宜しいですか?」
ひとしきり僕が喜んだのを見届けた後、彼女は僕に声をかける。
「ああすいません!!」
興奮が冴えきらぬまま僕は彼女の問いかけに答えた。
「正確にはまだここは玄関口です。そして貴方が完全適合者であった場合、初めて私達の世界への転移が実行されます」
「えっ」
それを聞いて僕は焦る。
「それってもしかして僕が異世界に行けない可能性もあるって事ですか!?」
「そうなりますね。ついでに言うと、記憶の改竄もさせていただきます。大袈裟には言いますけど、ここでの出来事だけを消させて貰うだけです」
何てことだ。やっと夢が叶うと思ったら、またあの延々と続く毎日になるのか。
嫌だ。
絶対に嫌だ。
もうあの毎日に戻るなんて絶対に。何がなんでもクリアしなくては。
「そ…その…完全適合者と言う判別は…」
生唾を飲み込み、声を震わせながら僕は彼女に問いかける。
「そんな緊張なさらずとも大丈夫ですよ。簡単なペーパーテストです」
「ペ…ペーパーテスト?」
力が抜けてしまう。才能があるか否かを魔法で判断するのか、はたまた魔獣と闘うのかと想像していたのが馬鹿らしく思えた。
「このペンを」
彼女は僕の居た世界でもあるようなボールペンと白紙を渡した。
「そのペンは少しだけ魔法で細工をしています。試してみましょうか」
彼女は優しい口調で説明を続ける。
「貴方は異世界に行きたいですか?」
「それは勿論!!」
「ではその紙に丸を書いて貰って宜しいですか?」
言われた通りに円を描く。当然の結果だが、紙には少し歪な円が描かれた。
「はい。では今度はバツを描いて貰って良いですか?質問は先程と同じです」
「えっ…はい」
少し抵抗があったがバツを描こうと斜めに線を引いた。だが、その線が描かれる事は無かった。
先を潰してしまったか?いやインク切れ?
「これは嘘が書けないペンなんです」
「嘘が書けない?魔法の細工って」
「ええ。ペーパーテストで不正が無いよう。では次の質問宜しいですか?」
「あ、はい」
「私と身体の関係を持ちたいですか?」
「あえっ!?」
唐突な質問に変な声が出てしまった。
「いっ!!いやそのいきなりそう言った質問は!!」
「ふふ。ピュアなんですね」
彼女は笑いながらからかうようにそう言った。
僕は戸惑いつつペンを走らせる。
斜めの線が出ることはまず無かった。
「男の人は皆正直ですね」
「あぅぅ…」
恐らく、今僕の顔は比喩表現でよく言われるゆでダコそのものだろう。久しぶりに大恥をかいた気がする。
しかし彼女は別段気にする素振りも見せなかった。
「これで信じて貰えたでしょうか?」
「えっ?」
「実を言うと、先程額に指を触れた時に貴方の世界を少し覗かせて貰いました。どうやら貴方の世界では魔法が存在しないようですね」
「はい…って僕の世界を覗いた?」
何か少し引っ掛かる言い方だった。貴方の世界、そう彼女は言った。
無論、それは自分の世界と比較して言ったのかも知れないが…何か腑に落ちない。
「その…もしかして貴女の世界と僕の世界…他にも世界があって…」
「ごめんなさい。これ以上は説明できないんです」
彼女は先程とは変わって事務的に僕の発言を遮る。
「では、貴方の完全適合のテストを始めます」
「はっ…はい!!」
唐突に始まった適合性のテストに戸惑いつつも僕はペンをしっかり握った。
「テストは単純にまるバツです。無論本心との食い違いが有ればインクは出ません」
不思議な事に先程の白紙の歪な円やバツは消え、変わりに文字が浮かび上がってきた。これも魔法だろうか。
「日本語なんですね…」
「ええ。翻訳もまた魔法です」
「万能ですね」
感心していると彼女はまた口を開き何か言おうとしたが、それが言葉に出ることは無かった。守秘義務というものだろうか。
「では、始めてください」
文字が完全に浮かび上がったのを見計らい彼女はそう言った。
質問.1 異世界に興味が有りますか
迷わず僕は丸を描く。少し形は変わったが、やはり歪な円が描かれた。
質問.2 元の世界に未練は有りませんか
成る程。僕は納得しつつ円を描く。今度は綺麗に円が描かれた。
質問.3 今までに死にたいと思った事は有りますか
ペンが止まる。僕は向かいに座る彼女を一度見た。
「先程も言いましたが、それは嘘を書けないペンですよ」
彼女は丁寧に僕に話す。
バツは…やはり描けなかった。
質問.4 人を殺そうと思った事は有りますか
少し渋ったが僕は円を描く。ペンは当たり前のように軌跡を描く。
質問.5 この質問全てに偽りは有りませんか
偽りならペンのインクが出ないはずなのに、何故再度確認するのだろうか。僕は円を描いた。当然のようにインクは出た。
紙を裏返したが質問はそれだけだった。あまりの呆気なさに逆に心配になってくる。
「終わりましたか?」
「え…あ、はい…」
彼女は僕が答えたのを確認して紙を回収する。
そして
「合格です」
「よっっっし!!!!!!」
その一言を聞き僕は思わずガッツポーズをした。だが彼女は何処か腑に落ちない様子だった。
「…本当によろしいですか?」
「えっ?」
一瞬質問の意図が理解できなかった。
少し考えても、やはり理解できなかった。そのテストの回答で良いのか。そう言った質問だろうか。しかしそれなら、合格判定をしてから確認するというのも不思議だ。
「本当にこちらの世界に転移してもよろしいですか?」
彼女はもう一度僕に聞き直した。
「言いましたよね?このペンは嘘が書けないって。その紙貸して貰って良いですか?」
彼女は何も言わずにテスト用紙を渡す。
僕ははっきりと
《僕は異世界に転移したい》
そう力強く書いた。文字はそれに応えるかの用にそこに残る。
「…分かりました」
そう彼女は言うと、自身の指輪に口を近付け何か呟いた。
そして
「くどいようですが…今ならまだ戻れます。本当によろしいのですね」
何度目かの同じ質問を僕に投げ掛ける。僕もまた同じ回答を返す。
「勿論です!!」
彼女は僕の目を確り見据える。少しドキリとした。
「あの…そう言えば名前を聞いていませんでした。僕の名前は」
「名前は次に会うときにお教えします」
その瞬間、僕は淡い光に包まれた。
そして彼女は最後にこう言った
気紛れ投稿なので億が一楽しみにしてる物好きさんが居ましたら、気長にお待ちください




