6話
不味い朝食を食べ終えた後。ヴォルガンは空になった器を片付けながら、対面でちょこんと座るルチアを上から下へと見やった。
ヴォルガンの大きすぎるシャツを一枚羽織り、袖を何度も折り返した姿。
(いつまでもこのままにしておくわけにもいかんし、この格好のままでは不便で惨めだろう。今日のうちに衣服や靴を一式揃えてやるか)
そう考えたヴォルガンは、重低い声で告げた。
「おい、出かけるぞ。身の回りの物を買いに行く」
「ひっ……!? い、いまからですか……っ!?」
まだ自分の服も靴も持っていないルチアは、大きすぎるシャツの裾を握りしめ、肩を震わせた。
(ついに……外へ連れ出される……!? 朝食を残さず食べたのに……やっぱり別の買い手に売られるの……? それとも、街の人々に見せしめとして引き回されるんじゃ……!)
絶望に顔を蒼白にさせながらも、ルチアは逃げることもできず、ヴォルガンの大きな背中の後を恐る恐る追った。
賑やかな中央通りに足を踏み入れると、ルチアの心臓は破裂しそうなほど早鐘を打った。
とんがり耳を持つエルフの少女——それも大男のダボダボのシャツを一枚に、ぶかぶかの大きな靴をパタパタと鳴らし歩く姿に、すれ違う町人や商人たちがヒソヒソと蔑みの視線を向けてくる。
「おい見ろよ、エルフだ……」「チッ……エルフかよ……不気味な魔術を使うんだろ?」「シッ、横にいるのは大富豪のヴォルガン様だぞ」
冷ややかな差別と好奇の目がルチアに突き刺さる。ルチアは身を小さく縮こまらせ、視線を地面に落とした。
その時。
ドスッ、と大きな影がルチアの視界を覆った。
ヴォルガンがわざと歩幅を緩め、ルチアの斜め前に立ちはだかるようにして歩き始めたのだ。その圧倒的な巨体と強面で、周囲からの不躾な視線を完全に遮断する。さらに、周囲を殺気立った眼光で一睨みすると、蔑んでいた町人たちはヒッと悲鳴を上げて散り散りに逃げ去っていった。
(化け物様の威圧、恐ろしい……ッ! でも、少しだけ……冷たい視線が届かなくなった……?)
ルチアは恐怖を感じつつも、自分を守る壁のように立つ巨大な背中に、ほんの少しだけ温かい安心感を抱いていた。
ヴォルガンが連れてきたのは、街でも一番高級とされる仕立て屋だった。
「え、高級なお仕立て屋さん……!? わたしのような者が、こんな立派なお店に……っ」
大きなシャツに埋もれ、不格好な大靴を履いたルチアが怯えていると、ヴォルガンは店主に向かって眉間のシワを深めた。
「流石にそのシャツと靴のままでは格好がつかん。この娘の普段着や下着、足に合った靴を一通り揃えたい。まずは採寸しろ」
店主に奥の採寸部屋へ案内されるルチア。
その隙に、ヴォルガンは店主へ低く静かな声で言い含めた。
「それと……最高級の生地で、この娘のサイズに合わせたメイド服を一着作れ。胸元には我がヴォルフ家の家紋をハッキリと刺繍しておけ。……本人には秘密だ」
「は、はっ! ヴォルガン様の家紋入りでございますね。かしこまりました、最高の仕立てにいたします!」
採寸を終えて戻ってきたルチアは、自分用に選ばれた綺麗で温かい服と、自分の小さな足にぴったり沿う履き心地の良い革靴に「本当に私が着ていいの……?」と目を丸くしていた。
その後、市場で新鮮な肉や野菜を大量に買い込んだ帰り道。香ばしい匂いを漂わせる焼き肉の屋台の前で、ヴォルガンは足を止めた。
一本のやたら大きな肉串を買い求めると、それを無言でルチアの鼻先に差し出した。
「食え」
「えっ……!? あ、あの……これ、毒味ですか……?」
「……冷めないうちに食えと言っている」
毒味にしては美味しそうな匂いすぎる。ルチアはおずおずと肉串を受け取り、小さくかじりついた。ジューシーな肉汁とタレの味が口いっぱいに広がる。
「おいしい……っ!」
思わず破顔するルチアを見て、ヴォルガンは満足そうに(ルチアの目には『毒は入っていなかったか』と冷酷に観察しているように見えたが)フンと鼻を鳴らした。
両手いっぱいの荷物と、新しく仕入れた食材を抱え、二人は静かな夕暮れの館へと帰路につくのだった。




