2話
交易都市ルミナ=ガルドの喧噪の中を、不釣合いな二人が歩いていた。
先頭を行くのは、見上げるほどの巨躯を誇る悪人顔の大富豪、ヴォルガン・ヴォルフ。
その数歩後ろを、ボロボロの布切れを纏ったエルフの少女が必死についていく。
ヴォルガンは大股で歩きながらも、時折振り返っては少女の足取りを気にしていた。
(あまり急がせると倒れてしまうか……)
そう思い、歩幅を狭めて速度を落とす。だが、少女の目にはその行為すら「逃がさないように間合いを測っている」ようにしか映っていなかった。
(……逃げなきゃ。スキを見て、逃げなきゃ絶対に殺される……!)
少女は恐怖で心臓を早鐘のように打たせながら、必死に周りの景色を盗み見ていた。
路地裏の曲がり角、群衆の切れ目、身を隠せそうな路地の影——。
だが、どれほど逃走経路を探ろうとも、目の前で仁王立つ男の背中があまりにも巨大で、恐ろしい圧迫感を放ち続けている。
ヴォルガンがふと立ち止まり、少女の様子を見ようと振り返る。
気遣いのつもりで眉間のシワを緩めようとしたが、鋭い眼光はさらに険しさを増し、蛇が獲物を睨みつけるかのような威圧感となって少女を射抜いた。
「ヒッ……!」
少女は逃げるどころか、その場に縫い付けられたように凝固し、震える手で首元の『祈りの結び紐』を硬く握りしめることしかできない。
「……行くぞ」
低く腹に響く声で一言だけ告げ、ヴォルガンは再び歩き出した。
少女は小さく首を縦に振り、絶望に押し潰されそうになりながら、その大きな背中の後を追った。
都市の賑やかな中心街を抜け、静まり返った高級住宅街の一角へと足を踏み入れる。
やがて少女の視界に現れたのは、周囲の館とは一線を画す異彩を放つ建造物だった。
漆黒の鉄柵で囲まれた、広大な敷地。
その中央にそびえ立つのは、黒重い石造りの巨大な大屋敷だった。
二週間前、ヴォルガンの「ユウキュウ」という暴論のような命令によって全使用人が去ったその館は、一切の生活音が途絶え、まるで立ち入る者を拒絶する魔城のような静寂に包まれていた。
ヴォルガンが重厚な鉄門を開け、ギィ……と甲高い金属音が静寂の街に響き渡る。
(……ここが、この人の屋敷……?)
少女は敷地の一歩手前で足を止め、目の前の屋敷を見上げた。
あまりに高くそびえる黒い壁。影の落ちる重厚な扉。窓の奥には人影一つなく、死んだような暗闇が広がっている。
一目見ただけで分かった。
一度あの中に入ってしまえば、二度と外の世界へ生きて出られることはない。
自分はここで誰にも知られず殺され、解体され、闇に葬られるのだ。
そう確信した少女の全身に、鳥肌が立った。
「どうした。入れ」
背後からヴォルガンの低く重い声が降ってくる。
少女は蒼白な顔で振り返り、恐ろしさに喉を詰まらせながら、足が竦んで一歩も動けなくなっていた。
「ひ……っ、あ……」
目の前に広がる死の館と、背後に立ち塞がる巨躯の悪魔。
少女にとって、その屋敷の扉は地獄の釜の蓋が開いているのと全く同じに見えていた。




