第四話 入学式でした。
四月七日。入学式の朝。
「葵ちゃーん! いっしょに登校しよ!」
朝から元気いっぱいの姉が満面の笑顔で迫ってくる。優羽の手にはスマホが握られており、すでにカメラモードが起動していた。
「……やだ」
「なんでよー! 手をつないで登校しようよ! 姉妹なんだから!」
「恥ずかしい」
「大丈夫大丈夫! 葵は恥ずかしがらなくてもかわいいんだから!」
「意味がわからない。」
葵はじりじりと後退するが、優羽はじりじりと迫ってくる。
「ダメだよ葵ちゃん。お姉ちゃんはこの日を楽しみに、それはもう楽しみにしていたの。ね、お願い。」
「……いや」
「あぁーもう、制服姿の葵ちゃんかわいいなぁ!お揃いなんだよ!」
「そうだけど」
「だから写真撮ろう。ほら、かわいいポーズして!」
「…むぅ。けど、手をつなぐのは無し。」
「……ぐぬぬぬぬ。まぁ今日のところはそれで良いでしょう。記念日だから記録を優先します。指定のポーズで20枚!」
「無理。1枚だけ。」
「1枚だけじゃ、かわいいかわいい葵ちゃんを表現しきれないよ!19枚!」
「…はぁ。わかった、10枚だけ。」
「さっすが葵ちゃん!ぱしゃり!」
パシャッ。
「ん。あと9枚。」
「今のはノーカン! 指定ポーズで十枚だからね!」
「……ずるい」
結局、玄関先で十分以上も撮影会に付き合わされることになった。
「葵、優羽。そろそろ登校しないと遅刻するわよ」
「はーい!んふふー、かわいい葵ちゃんがいっぱいだぁ!」
「…ん。じゃあ、行く。」
靴を履き替え、玄関を出る。春の陽射しがまぶしい。
「葵」
振り返ると、母の静香が優しい笑顔で立っていた。
「入学おめでとう。新しい学校、楽しんでおいで」
「……ん。ありがとう」
「いってらっしゃい」
「いってきます」
葵は小さく頭を下げると、姉と並んで歩き出した。
(入学式か……)
「楽しみだね、葵ちゃん。」
「…ん。」
正直なところ、あまりワクワク感はない。もともと男だった頃から学校行事にはあまり興味がなかったし性別が変わった今はさらに複雑な気分だ。
(まあ、でも……これで学生証がもらえる。高校生からはEランクの入場許可が出る。探索者として活動できる。)
やがて校門が見えてきた。今年度から通う地元のFランク高校。名前さえ書けば入学できると言われる最底辺の学校だ。
「じゃあ私は職員室に行くから。葵も教室、間違えないでね」
「ん。大丈夫」
「何かあったら連絡してよ!」
「ん」
優羽はひらひらと手を振って校舎に入っていった。
(さて……)
葵は小さく息を吸い込むと、校門をくぐった。
* * *
校舎の入り口には、クラス分けの張り紙が貼ってあった。
(1年3組……)
葵は人混みをかき分けて掲示板に近づく。
「わっ!かわいい。おはよう!」
「……おはよう」
声をかけてきたのは中学時代の同級生、佐藤真由だ。茶髪のポニーテールが似合う明るい女子であり、
極めて陽キャなリア充である。誰にでも遠慮なくグイグイくるので、交友関係の狭い葵でも比較的よく話していた1人である。
「あなたも新入生?すごくかわいいね!私は1年3組の佐藤真由。よろしくね!」
「知ってる。私、成神葵。」
「え、葵くん?…え??」
「ユニークスキルに覚醒したら、TSした。」
「……わぁ。えっ。…すごい体験しているねぇ…。」
「……ん。」
「でもでもすっごくかわいいね! 男子、絶対放っておかないって!」
(そういうの、いいんだけど……。やっぱりグイグイ来るなこいつ。)
真由の言葉に、葵は内心で苦笑する。
しかし悪い気はしない。TSしたと聞けば不快に思う人間だっているはずだが、少なくとも真由は大丈夫そうだ。
「ほら、教室行こ!詳しく教えてよ!」
「ん」
二人で並んで教室に向かう。
(知り合いが多いな……)
廊下を歩きながら葵はそう感じていた。地元のFランク高校だけあって、中学時代の顔見知りがそこら中にいる。
(まあ、悪くないかも。新しく覚える必要がないからな。)
教室に着くと、黒板に席順が掲示されていた。
「あ、葵くん窓際だ! いいなあ」
「ん」
葵は指定された席に座る。窓から差し込む春の陽射しが暖かい。
(制服、間に合ってよかった……)
性別変更の手続きと同時に、女子用の制服も特急で作ってもらったのだ。入学式に間に合わなかったら男子用の制服で出席する羽目になっていただろう。
(それはそれで目立ったな……)
いや、どちらにせよ目立つのかもしれないが。
その時、教室中から一斉に視線が突き刺さった。
(……まぁ、そうだよな)
成神葵。先日まで男子だった人物が女子の制服を着て席に座っているのだ。中学時代の同級生なら、なおさら驚くだろう。
「あれ、葵の席だろ?ていうか真由、あの子のこと葵って呼んだ??」
「うそ……本物の葵くん?女の子になったってこと?」
「つか、めっちゃかわいくない?」
「銀髪って、地毛?」
「前から女顔だったけど、ここまでとは……」
ヒソヒソと囁き声が聞こえる。
(まあ、こうなるよな)
葵は小さくため息をついた。
「葵くん…。いや、葵ちゃん?大丈夫?」
隣の席から真由が心配そうに覗き込んでくる。
「ん。慣れてきた。」
「そっか……」
真由はそれ以上何も言わず、そっと葵の手を握った。
(……ありがとう)
葵は小さくうなずくと、窓の外に目を向けた。
校庭の桜が満開だった。花びらが風に舞い、春の光を浴びてキラキラと輝いている。
(新しい生活か……)
不安はある。でも悪いことばかりじゃない。姉がいる。母がいる。友達もいる。それに探索者になれる目処も立った。
(なんとかなる)
葵はそう心の中で呟くと、これから始まる高校生活に思いを馳せた。
「おっす!今日から高校の健太様伝説が始まるぜぇ! 葵、いるかー!」
教室のドアがガラリと開き、聞き覚えのある声が飛び込んでくる。
「……健太」
「よぉっ! 同じクラスだな。よろしくな!」
「ん」
健太がニカッと笑いながら近づいてくる。その様子に、教室中の視線がさらに強くなった。
「え、やっぱりあの子、葵くんなの?」
「おう! びっくりするよなまじで。ユニークスキルの覚醒でTSしたらしいぞ。性癖歪みそうになったぜ。」
「まじかー。前々からかわいいと思ってたけど、本物の美少女になるとは。確かにヤベエなあいつ。俺も歪みそう。」
「だろぉ!? 俺も苦労してるんだよ」
(お前が苦労してるわけないだろ)
葵は心の中でツッコミを入れた。
「つか葵、その制服マジで似合ってるな。写真撮っていい?ちょっとスカートめくってもらってさぁ!」
「……視界から消えて。」
「おいおい、入学早々物騒だなあ」
健太がケラケラと笑う。そのやり取りを見ていたクラスメイトたちも、少しだけ緊張が解けたようだった。
(あー。わざとやってくれてるかな……。)
健太は普段からこういうやつだ。周囲の空気を和ませるのが上手い。チャラいけど、根は真面目で気のいい男なのだ。高校生活は初日が大事と聞く。あまり気にするつもりはないが、TSのインパクトで周囲と溝ができたら過ごしにくい3年間になっていただろう。
「ほら、もうすぐ入学式始まるぞ」
「ん」
葵は立ち上がると、健太や真由と一緒に体育館へと向かった。
(これが、私の高校生活か……)
体育館に並ぶ新入生たち。その中に紛れて葵は小さく息を吐く。期待と不安が入り混じった複雑な気持ち。でも、不思議と悪くない。
(なんとかなるさ)
桜の花びらが、体育館の窓から差し込む光に舞っていた。葵の銀色の髪をそっと撫でるように風が吹き抜けた。




