第一話 もしもTSしたらきちんと手続きをしましょう
退院の朝。葵は病室の窓から差し込む陽の光で目を覚ました。
(……まだ夢じゃないんだな)
自分の細くなった手を見つめ小さくため息をつく。銀色の髪がさらりと頬に落ちてきて、くすぐったい。
「葵ー! おはよう! 退院の準備できた?」
「……おはよ」
ガラリと扉を開けて入ってきた優羽は、もうすっかり元気いっぱいだ。その後ろから母の静香も顔をのぞかせる。
「さあ、着替えましょうか」
「……その服、着るの?」
「当たり前でしょ? 男物はもう着られないんだから」
静香はこともなげに言ってのける。
(……そういう問題なのか?)
葵は心の中でツッコミを入れたが、反論する気力もなかった。何せ母と姉に勝てる弟などこの世に存在しないのだ。
「はい、腕あげて〜」
「……自分で着れる」
「ダメダメ。ちゃんと着られてるか確認するから」
優羽が楽しそうに服を取り出す。白いブラウスに紺色のスカート。そしてフリルがついたソックス。
(これが俺の……いや、私の服……)
覚悟を決めて袖を通す。さらさらとした生地の感触が、男物の服とはまったく違う。
「わあ、やっぱり似合う! 葵ちゃんかわいい!」
「……うるさい」
「照れなくていいのに〜」
優羽はスマホを取り出してパシャパシャと写真を撮り始める。
「やめ……!」
「大丈夫大丈夫、SNSには上げないから!」
(信用ならん……)
なんとか着替え終わると、静香がうんうんと満足げにうなずいた。
「うん、やっぱり女の子用の服のほうがしっくりくるわね。さあこれから役所に行くわよ」
「役所?」
「性別変更の手続き。あとは学校にも連絡しないとね」
「……ああ、そういう」
男子高校生として入学するはずが、今では女子高校生になってしまった。これではいろいろと手続きが必要なのは当然だ。
「ダンジョンアイテムで性別を変える人もいるし、制度はちゃんと整ってるから大丈夫だよ」
「72歳のおじいちゃんが16歳のエルフ美少女になった事例もあるしね」
「有名な話だね。まぁ、普通はしないんだろうけど…」
(それはそうだろう。ていうか何があったんだその爺……。)
スキルで性別が変わるのは、確かに珍しいが事例がないわけではないらしい。「エルフの姫」ならエルフ美少女になるし「ドワーフの女勇者」ならドワーフ美人になる。ようするにスキル名が種族や性別を示すものなら、その通りになるのだ。
(魔法少女……。ちくしょう、なんで少年じゃないんだ。)
納得はした。したが、納得と感情は別物である。
* * *
役所に着くと、葵たちは性別変更の窓口に向かった。
「あの、性別変更の手続きをしたいんですが」
「はい、ステータスカードを確認させていただきますね」
職員の女性は慣れた様子で応対してくれる。やはり珍しくも事例はそれなりにあるのだろう。
「……あら、珍しいですね。アイテムではなくユニークスキルの覚醒による性別変更ですか?ではこちらの書類にご記入ください」
「はい」
静香が書類を受け取り、さらさらとペンを走らせる。
(こういうのって、当事者はけっこう複雑な気分なんだな……)
葵はぼんやりと待合室の椅子に座りながら思った。
「葵ちゃん、退屈?」
「……ん、まあ」
「もうちょっとだからね。それが終わったら学校にも行くよ」
「……ん。」
(必要なのはわかるけど、さすがに恥ずかしいな…。地元だから知り合いもたくさんいるし。)
今年度から通う予定の高校は地元のFランク高だった。名前さえ書けば入学と言われる最底辺の学校である。手続きは済んでいるが、性別が変わったとなれば話は別だ。制服も作り直しになるだろうしクラスも変わるかもしれない。
(めんどくさいな……)
まあ、なってしまったものは仕方なない。とりあえず手続きを終わらせるしかない。
「はい、これで手続きは完了です。証明書が発行されるまで数日かかりますがこの仮証明書で代わりになります」
「ありがとうございます」
静香が受け取った書類をカバンにしまう。
「さて、次は学校ね」
* * *
役所を出て、葵たちは歩いて高校へと向かった。
春の陽射しが暖かい。桜のつぼみも膨らみ始めて、もうすぐ咲きそうだ。
(入学式は来週か……)
新しい制服、新しいクラス新しい友達。本来なら楽しみなはずのイベントなのに、今はなんだか気が重い。
「葵、どうしたの? ため息なんかついて」
「……別に」
「不安にならなくても大丈夫だよ。私も同じ学校に通ってるんだから」
「……そうだった」
優羽は高校3年生。同じ学校の先輩ということになる。
(ゆう姉がいるなら、まあなんとかなるか……)
そんなことを考えながら歩いていると、なんだか周囲の視線がやけに気になり始めた。
(……? なんだろう)
通行人がチラチラとこちらを見ている。それも一人や二人ではない。すれ違う人ほぼ全員が二度見している。
(俺……いや私、そんなに変か?)
葵は自分の服装を見下ろした。白いブラウスに紺色のスカート。ごく普通の女の子の服装だ。おかしなところはないはず。
(元男だし、どこかおかしいのかな……)
「ゆう姉」
「ん? どしたの?」
「……なんか、見られてる」
「ああ、それはねえ……」
優羽はくすくすと笑いながら葵の頭をポンポンと撫でた。
「葵がかわいすぎるからだよ」
「……は?」
「だってほら、銀髪で金眼の美少女なんてめったにいないでしょ? しかもその小ささ。お人形さんみたいだもん」
「……そ、そうなの?」
「そうなの! さっきから振り返らない人いないよ? みんな葵に見とれてるんだよ」
(そんなばかな……)
葵は自分の容姿に無自覚だった。TSする前から自分の見た目を気にしたことなどなかったし、ましてや美少女だと言われてもピンとこない。
「ふふ、葵は自分がどれだけかわいいかわかってないんだね」
「……むぅ。」
「そこがまたかわいいんだけどね〜」
ぎゅっと優羽に抱きしめられる。
(やめろ。道のど真ん中で……!)
心の中で叫ぶが、口には出せない。どうせ出したところで「照れてる〜」とからかわれるのがオチだ。
「ほら、あそこにも葵を見てる男の子がいるよ」
優羽が指さす方向を見ると高校生くらいの男子が三人、こちらをガン見していた。
(うわ……)
思わず目をそらす。
「目が合うとみんな照れちゃうんだよねえ」
「……からかわない。」
「からかってないよ〜。本当のことだもん」
(くそ……慣れない……)
これまで周囲の視線などまったく気にしない性格だった葵だが、これほど注目されるのはさすがにこたえる。
「大丈夫だよ。そのうち慣れるから」
「……むぅ。」
「もー、膨れないの。そんなところもかわいいのずるい!」
優羽は笑いながら葵の手を引いて歩き出した。
(はあ……これから毎日こうなのか……)
葵は小さくため息をつきながら姉の後ろをついていく。
高校に着くまでの間、葵はずっと視線を感じ続けていた。
(元男だし、どこかおかしいのかと思ったけど……)
違ったらしい。
(かわいすぎるから……か)
自分で自分の状況を理解しようとして、なんだかむずがゆくなる。
(まったく、とんだユニークスキルだよ……)
空を見上げると、昨夜の流星のことを思い出す。
(星に願ったのは「いいスキルが覚醒しますように」だったけど……)
まさかこんな形になるとは思わなかった。
「魔法少女(星)」
それは確かに強力なスキルなのかもしれない。あの衝撃から守ってくれたのだから。
でもその代償が、自分の性別と外見の完全な変化だとは。
(複雑だ……)
葵はもう一度だけため息をついてから、前を向いた。
「さあ着いたよ! ここが私たちの学校!」
優羽が明るく言う。目の前には、今年度から通うはずだった高校の校門がそびえていた。
「……入学前でよかった」
「ん? なにが?」
「制服、作り直せる」
「あー、確かに! 男子用の制服もう頼んじゃってたもんね。セーフ!」
(性別変更が入学式の後だったら、しばらく男子用の制服で通わなきゃいけなかった……)
それはそれで目立っただろう。いや、どちらにせよ目立つのかもしれないが。
「さ、手続きしに行こっか」
「……ん」
葵は姉に続いて校門をくぐった。
銀髪を春風に揺らしながら、新しい人生への一歩を踏み出す。
正直なところ気持ちはまだ追い付いていない。けれど踏み出さなければいけないのだ。それが葵の人生なのだから。
AIで生成されたテキストを一部使用しています




