第二十五話 信頼も信用もできる仲間と共に。
待ち合わせは日曜日の午前十時、横浜駅の東口改札前だった。
「葵ちゃーん!こっちこっち!」
真由は遠くから大きく手を振っていた。今日は私服である。白のシャツにデニムのジャケット、そしてスカート。いつもの剣道着とはまるで違う姿に、葵は一瞬だけ目を丸くした。
(真由、私服だとこういう感じなのか。新鮮だ)
「おはよう」
「おはよー!あ、葵ちゃん今日もかわいい!そのワンピース優羽さんと買ったやつ?」
「そう」
「やっぱり似合ってる!水色、葵ちゃんの銀髪にすっごく映えてるよ!」
真由は興奮した様子で葵の周りをぐるぐると回る。まるで元気な子犬のようだった。
「真由もかわいい」
「えっ、ほんと!?やったー!今日のためにけっこう頑張ったんだよね。この服、昨日買ったばっかりなんだ!」
「似合ってる」
「葵ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいなぁ」
真由はにこにこと笑いながら、自然な動作で葵の手を握った。
「はい、じゃあ行こっか!」
「ん。どこ?」
「ふふふ、着いてからのお楽しみ!」
(真由も優羽姉と同じこと言うな。デートの主導権は女の子が握るものなんだろうか)
葵は内心でそんなことを考えつつ、真由に引かれるまま改札を抜けていった。
* * *
最初に向かったのは、駅から徒歩十分ほどの場所にある大きな公園だった。
「じゃーん!今日はここからスタート!」
「公園?」
「そ。ここね、実はすごく広くて噴水とか日本庭園とかもあるんだよ。知ってた?」
「知らなかった」
「でしょう!私もこの前偶然見つけてね。それで葵ちゃんと来たいなって思ってたの」
真由はそう言って少し照れたように笑った。葵は金色の瞳をぱちくりとさせて、周囲を見渡す。
(横浜にこんな場所があったなんて。探索者ばかりやってると、知らない街の顔がまだまだある)
公園の中は、日曜日ということもあって家族連れやカップルで賑わっていた。真由は葵の手を引きながら、ぐんぐんと奥へ進んでいく。
「ほら、あそこ見て!噴水!」
「ん。きれい」
「でしょ!しかもね、時間によって高さが変わるんだって。ちょうど今、ショータイムだよ」
中央広場の噴水が、音楽に合わせて高く低く水を吹き上げる。水しぶきが陽の光を受けて、小さな虹を作り出していた。
「わぁ……」
「葵ちゃん、今ちょっと口開いてた」
「む」
葵は慌てて口を閉じる。真由はくすくすと笑った。
「葵ちゃんって、きれいなもの見ると口開くんだね。優羽さんも同じこと言ってた」
「……むぅ。でも、優羽姉も開く。」
「あはっ、そうなんだ!姉妹だねぇ」
真由はそう言って、葵の手をぎゅっと握り直した。
(真由の手、あったかい。優羽姉の手とはまた違う優しいあったかさだ)
* * *
公園を一通り散策した後、二人は近くのカフェに入った。
「葵ちゃん、何飲む?」
「真由と同じ」
「じゃあ、いちごミルクで!」
「ん。」
真由はトレイにいちごミルクを二つ乗せて窓際の席に座った。葵は向かいにちょこんと座り、ストローに口をつける。
「……甘い」
「おいしい?」
「ん。」
「よかった!私ね、ここのいちごミルクが一番好きなの。葵ちゃんにも飲ませたかったんだ」
「私も好き。」
「ふふっ、お揃いだね!」
葵は短く答えて、またストローを吸う。真由はそんな葵をじっと見つめていた。
「葵ちゃんってさ」
「ん?」
「いつも短い言葉だけど、ちゃんと伝わるんだよね。不思議だなぁって」
「そう?」
「うん。だから葵ちゃんと話してると、すごく落ち着くの。なんていうか……安心する」
真由は少し照れながら言った。葵は首をかしげる。
「本心。」
「そうだよね。それがいいんだよ。ありがとね、葵ちゃん。」
「……ん。」
葵はよくわからないといった顔で、いちごミルクを飲み干した。
(真由はよくわからないことを言う。でも、悪い気はしない)
* * *
カフェを出た後、真由が連れて行ったのはゲームセンターだった。
「じゃじゃーん!ここで葵ちゃんと勝負したい!」
「勝負?」
「そ。葵ちゃん、こういうゲームやったことある?」
真由が指差したのは、対戦型のリズムゲームだった。
「ない」
「だと思った!私ね、これけっこう得意なんだ。だから葵ちゃんと勝負したくて」
「わかった。勝負」
二人は並んで筐体の前に立った。画面に音楽に合わせて流れてくるノーツをタイミングよく叩くゲームである。
「葵ちゃん、まずは練習モードでやってみよっか」
「ん」
最初は簡単な曲で練習した。葵は真剣な表情で画面を見つめ、流れてくるノーツを正確に叩いていく。
「うわ、葵ちゃん上手い!」
「ん。動体視力と反射神経には自信がある。」
「むむっ。これは強敵!よーし、じゃあはじめるよっ!」
本番の曲は、テンポが速くてノーツの数も多かった。真由はノリノリで叩いていくが、葵は相変わらずの無表情で淡々と正確に叩いていく。
結果は――葵の圧勝だった。
「うそー!負けたー!」
「ん。真由も上手かった」
「慰めなくていいよぉ……」
真由はがっくりと肩を落とすが、すぐに顔を上げて笑った。
「でも楽しかった!葵ちゃんの新しい一面見れたし!」
「新しい一面?」
「うん。葵ちゃんって、ゲームでも真剣なんだね。普段と変わらないけど」
「ん。真剣にやるから楽しい。」
「そうだよね。だから葵ちゃんは強いんだ」
真由はそう言って、葵の頭をぽんぽんと撫でた。
「次は負けないからね!」
「ん。楽しみにしてる」
* * *
ゲームセンターを出た後、二人は海の見える公園へと向かった。
「ここ、夕方になるとすごくきれいなんだよ」
真由がベンチに座りながら言った。葵も隣に座る。
「夕焼けも良い。」
「葵ちゃん、海好き?」
「嫌いじゃない。広いから」
「はは、葵ちゃんらしい理由だね」
真由は笑って、海を眺めた。夕日がゆっくりと沈んでいく。空が赤やオレンジに染まっていく。
「葵ちゃん」
「ん?」
「今日、楽しかった?」
「すごく。真由は?」
「最高だった!」
「ん。」
真由は嬉しそうに笑って、それから葵のほっぺたをつんつんとつついた。
「やっぱり葵ちゃんのほっぺ、すべすべだね」
「……むぅ」
「ふふ、やわらかい」
「普通。」
「普通ではないかなぁ!だって私が大好きなんだもん。」
真由はそう言って、今度は両手で葵のほっぺたを包み込んだ。
「んぅ……」
「あ、ごめんごめん。つい」
「……だいじょうぶ」
葵はされるがままになっている。真由はそんな葵を見て、また笑った。
「葵ちゃん、本当に可愛いね」
「真由も可愛い」
「えっ、ほんと!?」
「ん。でも私のほうが可愛い」
「……葵ちゃん、それ自分で言っちゃうんだ」
真由は呆れたように笑ったが、その顔はとても嬉しそうだった。
* * *
日が完全に沈み、辺りが暗くなり始めた頃。二人は駅へと戻る道を歩いていた。
「今日は本当にありがとう。葵ちゃんとデートできて、すごく楽しかった」
「私も。真由とデートできてよかった」
「また行こうね。今度はどこがいいかな」
「今度は私がエスコートする」
「ほんとっ!?」
「男のたしなみ。」
「あはっ!じゃあ頼りにしちゃおっかな。楽しみ。葵ちゃんとならどこでもきっと楽しいよ!」
真由は満面の笑みで、葵の手をぎゅっと握った。
「葵ちゃん」
「ん?」
「私、葵ちゃんと友達になれて本当によかった。葵ちゃんは私の大切な友達だよ」
「……ん。真由は大切な友達」
「えへへ。じゃあ、また明日ね」
「ん。」
改札を抜け、それぞれの帰路につく。葵は電車の中で今日一日を振り返っていた。
(真由はすごい。どんな場所でも楽しくできる。彼女と一緒にいると、俺も楽しくなる)
スマホを取り出し、優羽にメッセージを送る。
【ただいま帰る。真由とのデート、すごく楽しかった】
すぐに返信が来た。
【優羽姉:おかえり!楽しかったんだ!よかったね!お姉ちゃんも嬉しい!また詳しく聞かせて!】
(優羽姉も真由も、俺の周りにはいい人が多い)
葵は小さく微笑んで窓の外の夜景を眺めた。今日という一日が、静かに終わろうとしていた。
* * *
一方その頃、健太と志乃舞もまた別の場所でデートをしていた。
「た、健太さん……あの、私、こんなところに来てよかったんでしょうか……」
「おう、いいんだよ。たまには息抜きも必要だろ?」
健太が連れてきたのは横浜の夜景が見える展望台だった。志乃舞はキョロキョロと周囲を見回しながら、健太の後ろをついていく。
「でも、私、こういうところ慣れてなくて……」
「大丈夫だって。俺がいるから」
健太はそう言って、志乃舞の手を取った。志乃舞の顔が一瞬で真っ赤になる。
「ひぅっ!?」
「お、どうした?」
「な、なんでもないです!なんでもないです!」
志乃舞は慌てて手を引こうとするが、健太は離さない。
「なんだよ、せっかくのデートなんだから手くらい繋ごうぜ」
「で、デート……!?」
「そうだよ。今日は志乃舞とのデート。俺がエスコートするって決めたんだ」
健太はさらりと言ってのける。志乃舞はもう頭がパンクしそうだった。
(け、健太さんとデート……!?私が!?どうして!?でも嬉しい!嬉しいけど!心臓がもたない!)
展望台に着くと、目の前に広がる夜景に志乃舞は息を呑んだ。
「わぁ……」
「きれいだろ?」
「はい……!すごい……!」
志乃舞は夢中で夜景を見つめる。そんな彼女を健太は微笑ましそうに見ていた。
「志乃舞」
「は、はいっ!」
「今日、楽しいか?」
「はい!すごく!」
「そっか。よかった」
健太はそう言って、志乃舞の頭にぽんと手を置いた。志乃舞はびくっと身体を震わせる。
「あ、あの、健太さん……」
「ん?」
「なんで、私なんかをデートに……」
「なんでって。志乃舞とデートしたかったからだよ」
「そ、それは……どうして……」
「そりゃ、好きだからに決まってるだろ」
「っ!!」
志乃舞は完全にフリーズした。目をぐるぐると回し、口をぱくぱくさせている。
「す、す、好き……!?」
「おう。志乃舞のこと、可愛いし、頑張り屋だし一緒にいて楽しいし」
「わ、私……そんな……」
「これからもっと一緒にいたいと思ってる。だから今日はデートに誘ったんだ」
健太は真剣な表情で志乃舞を見つめる。志乃舞はもう限界だった。
(健太さんが私を、好き……!?デートに誘ったのは、そういうこと……!?嬉しい!嬉しすぎる!でも!でも!)
「あ、あの、私……私も……」
「ん?」
「私も、健太さんのこと……」
そこまで言って、志乃舞の思考は完全に停止した。
「~~~~っ!!」
プシューッ。志乃舞は煙を吹くようにして、その場に倒れ込んだ。
「おいっ、志乃舞!?」
健太が慌てて支える。志乃舞は気絶してしまったようだった。
(まだ早かったか……まぁ、これくらいの距離感がちょうどいいのかもな)
健太は苦笑しながら、志乃舞を抱きかかえた。
「今日はここまでにしとくか。また今度、ゆっくり話そうな」
気絶したままの志乃舞の頭を、健太はそっと撫でた。
(ゆっくりでいい。俺は急いでないからな)
夜風が二人の髪を優しく揺らしていた。横浜の夜景は、今日も美しく輝いていた。




