第二十一話 高校は青春。全力で生きないと損するんじゃないかな?先生もね。
ゴールデンウィークが明け、初夏の陽気が校庭を包み込む頃。
「よーし、今日は体力測定だぞー! 全員グラウンドに集合!」
教師の声に、教室中からどよめきと歓声が入り混じって湧き上がった。
「待ってました!」
「腕がなるぜ!」
「俺、この日のために冬から走り込んで……」
「うそつけ、それだと中学の時からじゃねーか!」
「そうだけど?あれれ、高校デビューで俺何かやっちゃいましたかぁ!?」
「ぶふっ。ばっか、それやるなら黙って結果出せよwwww」
「何かやらかしちゃいましたかぁ???わっはっは!」
そう、この高校は基本的に脳筋の集まりである。入学当初から探索者志望が半数を占め残りの半数も体育会系のノリに染まっている。教室の空気は朝から熱気でむせ返るようだった。
普段は授業など聞いていない生徒たちもこの日ばかりはやる気である。
「はーい、みんな体操着に着替えてー! 遅れるとグラウンド十周追加だからねー!」
委員長の声に、生徒たちは我先にと更衣室へ駆け出していく。
一方で、教室の隅では別の熱気が静かに高まっていた。
「にゅっふっふっふ。入学祝いに買ってもらったこのバズーカで、至高の一枚を……」
「同士。カメラのチェックは万全ですかな?」
「もちろんですよ同士。あの子の輝く汗、青春の瞬間。絶対に逃しませんぞ?最適なポジションと照明条件を……」
運動も勉強も苦手な陰キャの極みたちである。しかし彼ら彼女らもまた、高校で輝いていた。
それぞれにカメラのレンズを磨き、三脚の高さを調整し照度計を手に真剣な表情で頷き合う。
汗ばむ女子、筋肉の躍動乱れる髪——それぞれに狙う被写体は違えど、誰もが本能に忠実なのだ。
当然、体力測定はサボる気である。教師も気にしない。通常授業でも気にしないからだ。
そして興味の無いやつは学校に来ていない
その日、熱気の中心にいたのは成神葵だった。
「葵ちゃん!髪まとめてあげる。ポニーテールで良い?」
「ん、まかせる。ありがと」
真由に手を引かれ、体操着に着替えてポニーテールになった彼女の姿に、すでに何台ものカメラが無意識にレンズを向けていた。
* * *
グラウンドには爽やかな風が吹き抜けていた。
最初の種目は50メートル走。スタートラインに立った葵は、軽く屈伸をしてから位置につく。
「位置について……よーい……ドン!」
パンッ、と小気味よい音が響くと同時に葵の身体が弾かれたように飛び出した。華奢で小柄な体格からは想像もできない加速。風を切る銀髪が陽光に煌めく。
「えっ、はっや!」
「なに今の!?」
「え、3秒切ってない?高校レコードだけど!?」
ゴールラインを駆け抜けた葵は、呼吸ひとつ乱さずに立ち止まった。
次は握力測定。これだけはどうしても平均以下である。体格が体格だ。
「ん……42kg。」
練気功を使って気を練り上げ、一瞬で爆発させれば瞬間的にもっと力を出せるが、それは握力とは違うだろう。自重していた。
次は反復横跳び。敏捷性の指標となるこの種目で葵はまるで重力が存在しないかのように左右に跳ねた。身体のバネが最大限に活かされ、記録は学年トップ。見ていた教師が二度見するレベルである。
上体起こし。
「んっ、んっ、んっ!」
小柄な身体がテンポよく起き上がる。息を吐く小さな声だけが規則的に漏れ、限界まで身体を追い込む他の生徒たちとはまるで異質な静けさがあった。
持久走。1500メートル。女子の部が先に行われたが、葵は最初から最後まで先頭集団を率いて走り切り——そしてゴール後もほとんど息を切らせていなかった。
記録は59秒85。レベルやステータスを加味しても高校レコードである。
円盤投げ。完璧なフォームと圧倒的回転力から投げられる円盤は見事な放物線を描き、白線の彼方へと消え去った。
立ち幅跳び。これも圧倒的バネを見せて学年トップ。走り高跳び。背面跳びのフォームが美しく決まり、バーを軽々と超えていく。髪がほどけ、青空に銀色が輝いていた。
インターバルは必要なく、あっという間に全種目を終えた集計タイム。
「おい成神?握力以外が高校レコードなんだが?なんだこの化け物」
「ん。頑張ってレベル上げてる。ステータスの恩恵。」
「スキルは使ってないよな。計測器に異常はないし…。」
「当然。ただ、身体制御と技術には自信がある。」
教師たちが集まってざわつく中、少し遅れて全種目を終わらせた真由が駆け寄ってきて抱き着いた。
普段はあまり気にしないが、運動直後は汗がちょっと気になる。まぁいいか。
「葵ちゃん、すごすぎ! こーんなに小さくてかわいい身体で、なんでそんな動けるの!?」
「身体制御に自信がある。でも、真由も速かった。」
「葵ちゃん、走る時のフォームかっこいいもんね!……はぁ、葵ちゃんかっこいいなぁ……クンカクンカ。」
「んぅ。真由、ちょっと恥ずかしい。」
「ふへへ。大丈夫、いい匂いだから!」
「むぅ…。」
真由はうっとりと葵を見つめる。汗で額に貼りついた銀髪。わずかに上気した白い肌。体操着の裾は乱れ、うなじがちらりとのぞく。
そんな当の本人は、汗を乾かすべく服の裾をパタパタとしていた。
「葵ちゃん。」
「ん?」
「裾、パタパタするとお腹が見えちゃうよ。」
「…? 別に。暑い。」
無造作にタオルを首にかける仕草。そのすべてがサマになる。
生まれ持った完璧なプロポーションは星に設計された美少女そのものだ。
* * *
「撮れた……!」
校舎の影で、一人の女生徒が震える手でカメラを握りしめていた。
「走る銀髪、跳ねる髪、乱れる裾拭う汗、そしてチラリと見えるおヘソ……すべてが芸術よ……」
隣では上級生の先輩が静かに涙を流している。今日は1年生の体力測定であり、上級生は通常授業のはずだが彼らにそんなことは関係なかった。
「今年のデータは永久保存だ。写真愛好会の秘宝として継いでいこう…。」
「成神葵。つい1か月前まで男だったそうです。魅惑の肢体にも関わらず、あの遠慮のない躍動感。力強い跳躍。まったくもって素晴らしい。」
「然り、然り。普段見ないポニーテールでうなじが眩しいでござる。」
「ハァ、ハァ、健太君。体操服の裾なんかで口元を拭ったら素敵な腹筋がこんにちはしちゃうよぉ!」
「ハジメ君も素敵すぎぃ。高跳びの瞬間の飛び散る汗!まさに芸術だわ!」
校舎の影から、植木の影から、あるいは校庭で堂々と。
カメ子たちのシャッター音が絶え間なく響く中、真由はスマホを取り出して、葵に堂々とポーズをねだっていた。
「葵ちゃん、葵ちゃん。タオルで口元を隠しながら、こう上目遣いでカメラを見てみて!」
「ん? …こう?」
「んふっ。さ、最高…!次はポニーテールを直す感じにこう、両手で髪を書き上げて・・・」
「ん。」
「いいよぉー!かわいいよぉおおー!」
幼い頃から姉に撮られまくっている葵に、ポーズを撮ることの忌避感はない。
好きな人に喜んでもらえるなら、大抵のリクエストは聞ける子である。
「なっ!さ、さ、佐藤氏!それはずるいでござろう。500円で売ってください!」
「ふっ。康太くん?私の葵ちゃんがその程度の価値だとでも?君が撮った秘蔵の1枚とセットなら考えてあげよう」
「くぅっ!!ならば背面跳びを青空と共に切り取ったこの1枚を・・・」
「ほほぅ。これは素晴らしいアングル。チラリと見えるおへそも愛らしくてセクシーだねぇ。よかろう!」
「真由?」
「6:4でどう?」
「成立。」
「よーし、スーパーアイドル葵ちゃんのドキドキ、運動後の撮影会やるよー!1枚500円!」
「「「うぉぉぉー!!!」」」
「まだ競技が残っている奴らもいるんだ、端でやれ馬鹿ども!授業が終わったら撤収だぞ!…あと、リストができたら先生にもよこせ!」
「あはっ、それは犯罪でーーーす!…ん-。葵ちゃん、どうする?」
「んー。カメ子、売るなら私と真由に1枚100円のバックマージン。もちろん健全なものだけ。」
「「「イエス、サー!!」」」
「む。この人たちはカメラに誇りをもったプロ。問題ない」
「あはっ!了解っ!おーい、健太君も終わったならこっちに来て!モデルのバイトしようよ!」
「はん?…なんだこりゃ。…いいぜ、かっこよく撮れよ?」
「「「きゃぁーーーーー!」」」
「はっはっは!俺も混ぜろよ!脱ぐぜ!」
「「「ぎゃーーーっ!モブ夫は入んな!!!」」」
葵はマイペースだが鈍感ではない。周囲の評価に気づいていても、気にしないだけである。
そして葵の中で写真は大抵のものはセーフだった。皆が楽しめるなら自分も楽しめる。ならば問題はない。
生プロマイド、一枚五百円。
別のクラスにいるはずの志乃舞が、気配を消して健太の写真を全種類買い集めていたのは秘密である。
「おらぁ、授業終了だ!撤収しろ、撤収!写真リストはあとでよこせよまじで!!」
「先生は誰のが欲しいんですかー!?」
「女子全員分に決まってるだろうが!ほら散れ散れ、10分後は次の授業だぞ!水分補給は忘れるなよ!」
「キャー、けだものー!お疲れさまでしたぁー!」
「んふー!今日も楽しかったなぁ。葵ちゃん、この写真宝物にするね?」
「ん。私もみんなで撮った1枚を飾る。青春。父と祖父にも報告する。」
朗らかな笑い声が校庭に響く。今日も穏やかな放課後である。
* * *
その頃、神奈川県魔物災害対策本部の会議室ではまた別の熱気が渦巻いていた。
「先日の光、依然として正体不明です」
室内のモニターには、無人島の詳細な画像が映し出されている。
「現地調査の結果、足跡は発見できませんでした。しかし確かに何者かが上陸した痕跡があります」
「どういうことだ?」
調査員が難しい顔で頷く。
「一部の砂場に、ごくわずかな沈降痕。時間経過はありますが、天候を考慮すれば十分な痕跡です。しかし、人の足跡としては浅すぎる。まるで体重が数キロしかないかのような……」
「馬鹿な。子供でももっと重い」
「はい。ですが計器は正常です」
室内に困惑が広がる。
「海上から接近し、海上へ消えた可能性が高いと結論づけられています」
「水上を歩行……? そんなスキルは報告されていない。未確認のユニークか」
「だとしても、あの光です。光そのものに指向性を持たせた熱量ゼロのビーム。どうやってそんなものを……」
会議室の空気がさらに重くなる。そこに新たな報告が飛び込んできた。
「第五班より緊急報告。横浜市内で先週末、国籍不明の調査員と思われる人物を複数確認。いずれも探りを入れてきたとのことです」
「やはりか。連中も無人島の情報を掴んでいる」
「目的は、やはり例の光のようで……しかし学術関係者でもなければ軍関係者でもない。素性がまったく掴めません」
「外国の機関とは別動か。……妙だな」
スクリーンに地図が表示される。光の照射地点を中心に、いくつもの赤い点がプロットされていた。
「現在、少なくとも三つの勢力が別個に調査を行っていると推測されます。アメリカ中国、そして正体不明の第三勢力」
「互いに探り合っている状態か。……早期に発射源を特定しなければ、この街が国際的な諜報合戦の舞台になるぞ」
「了解。A級警戒態勢を維持しつつ、情報収集を継続します」
会議室の照明が落とされ各員が持ち場へと散っていく。神奈川の空の下、いくつもの影が音もなくせめぎ合い始めていた。
そして当の本人は——後から話を聞いた優羽に拉致られ、今日も抱き枕となって眠るのだった。
なおもちろん優羽は、葵の写真を全種類買い占めた。




