第二十話 主を影から見守るくノ一と、隠れて見つめ続けるストーカーとの違いを述べよ。どちらも命がけで守るでしょう。
週末。いつものようにEランクダンジョンを周回していると、先週と同じく、光り輝くオーブがドロップした。
「えっ、またでたっ!先週に続いてまたっ!?」
「お、隠密Lv1…!す、すごいです!」
「おいおいおい、すごいな。二週連続か。隠密はレベル1でも相当な効果があるって聞くぜ。ほら、志乃舞が使えよ」
健太が口笛を吹き、受け取ったオーブを志乃舞に放り投げる。
「えっ、えっ!?いえいえいえ私なんて!売ったら高いはずですよ!」
「気にせず使え、実際のところお前が隠れられるなら助かる。」
「志乃舞ちゃん、戦闘はやっぱり苦手だもんねぇ。私も賛成。狙われにくくなるんじゃない?」
「ん。志乃舞が最適。これで少し安心」
「え、えっ。ふぇぇ…。」
志乃舞はふるふると震えながら青白く輝くスキルオーブを胸に抱いている。迷ってはいるが、気遣ってくれる皆の優しさが嬉しくてくノ一衣装の裾はゆらゆら揺れていた。
「ほら、志乃舞・・・」
「あっ、あっ、健太さんっ!?」
嬉しそうにしながらも迷う志乃舞を、健太が背中からオーブごと抱きしめる。
健太はもともとプレイボーイである。鈍感系主人公と違い、出会ってわずか3回目、1週間でなんとなく察していた。そして健太にとっても、志乃舞のようなタイプは実に好みだ。とはいえまだまだ遊びたいのでハッキリと関係は持たないが、奥手の子に優しくアプローチするのは得意である。
「志乃舞に、傷ついて欲しくないんだ。遠慮せず、使ってくれないか?」
「ひ、ひゃぃぃ…。」
身体を縮こまらせ、顔を真っ赤にしながらオーブを使う志乃舞。
真由の時と同じくオーブが光に包まれ、彼女の体に吸い込まれていく。
「ありがとな、志乃舞。」
「ふぇぇ…。」
さらりと髪を撫で、離れる健太。志乃舞は限界だった。目をグルグルさせている。
「よし、少し休んだらさっそく今日のダンジョンで試してみようぜ。なに浅い階層なら問題ないだろ」
「ん。楽しみ」
志乃舞が落ち着き、スキルを自覚するまでお茶を飲みつつ休憩。
そして四人は再び周回へと戻るのだった
* * *
——その水面下で、世界は静かに蠢いていた。
場所は東京都心魔物災害対策本部の地下会議室。通常ならば穏やかな空気が流れるはずの月曜朝、室内には重苦しい緊張が充満している。
「集まってもらったのは他でもない。一昨日の異常光現象についてだ」
責任者の声に、集められた十数名の分析官たちは息を詰める。
「海面から発せられたと思われる正体不明のビーム。直径約1km、射程は観測限界を超える。熱を伴わない純粋な光でありながらあらゆる遮蔽を無視して空間を貫通した。信じがたいが計器は正常だった」
地図が表示され、光の経路が赤い線で引かれる。
「発射点は神奈川県の沖合1kmの無人島と推定される。現在、海洋調査班が現地へ向かっている」
「……これは、自然現象ではないのでしょうね」
「ああ。人為的なものだ。だが誰が、なんのために」
会議室の空気がさらに重くなる。
「第六天の関与を疑っています。理由は明白、我々が知らないこの規模の技術を保有している可能性があるのは今のところ彼らしか思い当たりません」
「第五班からの報告です。観測と同時刻、複数の外国機関が日本の衛星網に対し不可解なアクセスを試みています。アメリカ中国、ロシア——共通しているのはダンジョンの深層データに異常な関心を示している点です」
「それぞれ、先週末から行動が活発化しています」
「……これは」
「はい。おそらく彼らも、件の光を観測したのでしょう。そして同じ結論に至った——あれは何か途方もないものだと」
責任者は地図を見つめながら小さく息を吐いた。
「そしてもうひとつ、気になる報告がある。第五班だけでなく外部の……国籍不明の調査員も散見されるようになった。目的はやはり、例の光の調査だ」
室内に緊張が走る。
「日本で活動していながら、目的がはっきりしない。学術機関でもなければどの大使館付きでもない。だが確実に彼らは我々と同じくあの光を追っている。……正体不明の第三勢力が存在する可能性がある」
「備えはしておけ。だが誤認による衝突だけは避けろ。相手の目的がわからない以上、こちらから仕掛けるのは得策じゃない」
* * *
海外の某機関、極東分析室。
「信じられません。これは……分析班の意見が割れています」
「神奈川沖の光か。あれは兵器か? それとも実験の類か?」
「熱量なしの純粋光です。指向性は完全。威力は不明ですが、もし仮に実戦投入された場合、既存の防護手段はすべて無力化されます」
「おそらくは日本の新兵器……いや違う。日本は昨年の災害で大きく戦力を落とした。あれほど大規模な技術開発に回せる余力はあるまい」
「しかし、結果として観測されたのは事実です。あの光を放った者が存在する」
データを前に、分析官たちは押し黙る。
「至急、現地調査員を増員しろ。日本側の動きも逐一捕捉しろ。あれが武力転用された場合戦略バランスが根底から崩壊する。我が国のAランクですら安全ではありますまい」
「了解」
謎の光は、あらゆる水面下で暗流を生み出していた。
* * *
その同じ時刻、地下深くの闇の中。
「……あれは、光そのものに指向性を持たせている。考えられるか」
「私にはとても。こんな技術……少なくとも地上には無いはず」
「熱を伴わない。つまり純粋な光の力……にしては指向性が強すぎる」
「調査班の報告。発射地点はほぼ特定できました。ですが上陸した痕跡はなし。海上から現れ、海上へ消えた……?」
「まるで幽霊だな」
捜査を命じられた信者は内心で舌を巻いていた。もう何年も地下組織として鍛え上げてきたが、こんなものは見たことがない。人間の技術ではないとすら感じる。
「調べろ。何であれ、この作戦の障害となりうるものはすべて排除せねばならん」
「……御意」
「教主の案じる通り、このままでは作戦自体が失敗します。あの光は脅威です」
報告を受け、教主は静かに頷いた。
「……光だけ、ではない。どうにも嫌な胸騒ぎがする。これ以上出し抜かれる前に是非とも素性を暴け」
* * *
その夜、成神家のリビング。優羽はソファで葵を膝枕しながら長い銀髪をゆっくり梳いていた。
「今日は志乃舞ちゃんが忍者したんだって?」
「ん。すごかった。もともと気配を消すのがうまいけど、今日はさらにまったく見つからなかった」
「それはよかった。でも葵が一番すごいんだからね」
「ん。まだまだ」
鱗雲のたなびく夜空から、しんしんと降るような静かな月明かりの下。
(今はこれでいい。でも、いつか)
葵の金色の瞳が、まっすぐに見上げた先には星が瞬いていた。
(いつか、ちゃんと使えるようになるまで)
彼女が起こした小さな奇跡は大きな波紋を広げ、夜の帳の下でいくつもの影が静かに動き始める。しかし——当の本人は今日も姉に髪を梳かれながら眠りに落ちていくのだった。もちろんそのまま、朝まで優羽の抱き枕である。




