第十九話 はじめての星魔法。その名は「星の光」
すみません今日から1日1話です
理由はないが何故か絶好調な日、というのは誰にでもあると思う。
その日、葵は目覚めた瞬間から違っていた。
頭はこれ以上なくスッキリとしており、身体の隅々までエネルギーが満ち溢れている。それでいて完全に制御できる万能感。まるで世界そのものが自分の味方をしているかのような、根拠はないが絶対的な確信が全身を包み込んでいた。
(今日は……いけるかも)
レベルが上がり最大MPも増えたことで使える星魔法も増えてきた。制御に失敗すれば地球が滅ぶ魔法だが、試すなら今しかない。今なら絶対に制御できる。そんな確信があった。
リビングに降りると、優羽がいつものように朝食の準備をしていた。
「葵ちゃんおはよう!今日もいい朝だね。一緒に学校行こっか!」
「……ん。今日は無理」
「え?」
「絶好調なので」
優羽は一瞬きょとんとしたが、すぐにふわりと笑った。
「そっか。何かわかんないけど、すごい自信なんだね。わかった気をつけてね」
「ん。ありがとう」
母に行き先を告げて家を出る。向かう先は、海岸から1kmほど泳いだ先にある小さな無人島である。
* * *
電車に揺られたどり着いた駅から歩いて海岸へ。特に海水浴場でもなく、釣り場でもないため周囲に人気はない。波音だけが静かに響いている。一応周囲を確認し、しっかりと準備運動をする。手足を伸ばし首を回し、深呼吸を繰り返す。
(よし)
靴を脱ぎ、裸足になる。ひんやりとした砂の感触が心地いい。海風が銀色の髪を優しく揺らす。葵は海面に足を踏み出した。重力操作で自重を海に浮く程度にしている。水の上に立つと、ほんのわずかに足が沈む感触がある。飛べるくらい軽くすると風の影響を受けてうまく制御できないのだ。だから走る。水面を蹴るたびに小さな波紋が広がっていく。軽く1kmほど水上を疾走すると、やがて目的の無人島が見えてきた。周囲を岩礁に囲まれた小さな島。誰もいない。邪魔者は何もない。完璧な環境だった。
島に上がり、大きく息を吸う。潮の香りが肺いっぱいに広がった。
(さて)
使うのは見習い級であるニュークリアカノン……ではない。核撃魔法はさすがに制御しても後遺症が心配だ。選択したのは見習い級魔法『サンライト』を、さらに劣化させた魔法。
『スターライト』である。
つまり星の光だ。太陽よりはるかに巨大な恒星の光であることが多いが、概念の定義としては弱い光らしい。ただそれは、星にとってはただそこに存在するだけで発生する、人間に例えるなら呼吸にすら満たないナニカ。
(……とにかく、制御に失敗しても熱を伴わない光。島の影に隠れて発動するし反対側は太平洋。きっと大きな問題にはならない。たぶん)
覚悟を決め、深呼吸をして呼吸を整える。とにかく細く薄く、指向性を持って。
(……いける)
生来、成神葵は生粋の超天才児である。人間国宝成神源一郎も、父勇一郎も強かったが指導者には決して向いていなかった。教え方が絶望的に向いていないのだ。しかし葵は成していた。見様見真似で自分よりはるかに年上の体格が良い大人たちを相手に負けたこともほぼない。何よりも卓越した身体制御能力があったのだ。
(細く……薄く……)
両手を前に掲げる。指先がかすかに震える。全身の神経を集中させイメージする。星の輝きを。宇宙を渡る、無限の光を。
(ここに……)
「星の、光よ」
詠唱。葵は静かに、しかしはっきりと唱える。正式な星魔法なのだ。詠唱は必要である。唱えながら、両手を前に掲げ指先をわずかに開く。金色の瞳が強い輝きを放ち、銀髪がふわりと逆立つように揺れた。
「スターライト」
とはいえ、見習い級の劣化版。一節、ただそれだけで宇宙を渡る無限の輝きは彼女の手に宿り、指向性を持った光の奔流となって解き放たれるのである。
瞬間、島の影が消えた。
光量500万ルクス。直径1km。射程300万kmの超強力な指向性レーザービームが、葵の両手から放たれた。本来であれば直径15万kmのビームをなんと15万分の1にまで圧縮し、さらに指向性を持たせて放ったのである。
音はなかった。ただ、経路は完全に白く塗りつぶされていた。
光の奔流は一直線に太平洋を貫き、はるか彼方、水平線の先-など軽く超えて宇宙へ飛び出し、月を超えてその10倍先の距離までを真っ白に塗りつぶしたのだ。
(これが……星魔法。)
熱量はなく、完全に制御され指向性を持ち、漏れ出ることのないただの光。それなのに本能的な恐怖を感じるほどに白く強烈な光。もしもあれを受けた生物が視覚をもっていたのなら、その刺激だけで間違いなくショック死しただろう。眼をつぶっても関係ない、まぶたの上から貫く光量だけで即死だと思う。
(…封印決定。一応制御できたけど、戦闘中でミスれば味方が全滅する。狭い空間なら反射光だけで死ぬ。)
間違いなく人類の科学力では再現不可能な光量。熱量はなくとも刺激だけでショック死は確実な必殺の光。あれほどに制御しても効果範囲は直径1kmなのだ。
(やっぱり、人類に合わせた規模じゃない。意味がわからない。)
まだ制御が甘かった。15万分の1でも足りない。もっと細く、もっと弱くしなくては。
(いつか、使えるようになるのかな…)
寂し気にソラを見つめる葵。けれどまた、ほんの少し星が祝福してくれたような気がした。
* * *
日本から僅かに離れた無人島の地下深く。
「……なんだ、今のは」
第六天の本部。モニタールームに緊迫した空気が走る。観測機器が先ほど記録した異常な光のデータが、メインスクリーンに映し出されていた。
「信じられません……観測衛星のデータを表示します。直径1km、射程は最低で5万km。衛星の観測範囲外にまで、一切の減光も散乱も見せずに指向性を持って伸びています。周囲の環境データから熱を伴わない光に感じますが、光量は不明。機器の上限範囲を軽く振り切っています…。レーザーなのに、光を一切透過させていない。一体どれほどの密度だというの?」
「……現段階での推測はあるか?」
「……申し訳ありません。少なくとも、人類の科学力では到底不可能である、としか。」
教主は黙ってデータを見つめていた。背筋に冷たいものが走る。直感が叫んでいる。あれは、長年をかけてようやく顕現できるようになったSランクの魔物であっても簡単に滅ぼす規模であると。ともすれば、生まれ故郷を滅ぼす覚悟をもって作戦実行に踏み切ってすら、これがきっかけで失敗するかもしれない。
「神奈川方面、海岸にほど近い場所から放たれました。周辺環境への被害は驚くほど少ない。ですが……」
「魔物ではあるまい。人為的だな、間違いなく」
「ばかな。仮にユニークであり、さらには世界トップクラスであろうとこの規模など不可能だ!」
「科学でも絶対に不可能です。技術もそうですが、エネルギー的にありえません!」
教主の目が不気味に光る。
「調査を急げ。あれが敵なら…対策が必要だ」
* * *
神奈川県魔物災害対策本部でも、同じく観測データの収集が急ピッチで進められていた。
「データをまとめろ。神奈川の海岸付近から放たれた正体不明の光……これは」
「人為的なものです。自然現象ではありえません」
「熱を伴わない。つまり周辺への被害は最小限……しかしこの規模の光量で?」
「少なくとも、現代の科学力では到底不可能です。原理の予測すらできません。」
「スキルでもありえません。仮に世界トップクラスのユニークであっても、こんな規模・・・」
「意味不明の技術。第六天の仕業か……?」
室内に重苦しい沈黙が流れる。1年前の災害を想起させる、現代の基礎理論からは到底考えられない異常なデータの数々。もし、これが新たな脅威の予兆だとしたら。
「A級警戒態勢を発令。正体不明のビーム発生源の特定を急げ。第六天の関与も視野に入れろ」
「了解!」
緊張が走る室内。誰もが最悪の事態を想定し始めていた。
* * *
一方その頃。
「……ん」
神奈川の街中。適当に見つけたステーキハウスで、葵は一人静かにステーキを切り分けていた。
「(もぐもぐ)」
口いっぱいに頬張る肉。溢れる肉汁。至福のひとときである。
「(ごくん)……おいしい」
無表情のまましかし金色の瞳は満足げに輝いている。300gのサーロインステーキをぺろりと平らげ、追加でガーリックライスまで注文する始末。絶好調で魔法をぶっ放したあとはやはり腹が減るのである。
「(次は、ランクが上がってからにしよう。……もっと細く、小さく)」
焼きたてのガーリックライスを口に運びながら、葵は真剣に魔法の改良案を考えていた。
世界が慌ただしく動き出す中当の本人はマイペースにランチを堪能していた。世界の命運を左右するかもしれない力を秘めた少女は今日も今日とて、のんきにおいしいご飯を食べているのであった。




