第十八話 魔王と勇者はセット扱いされるけど割引はされないのでしょうか
神奈川県魔物災害対策本部。広大な会議室の中央に据えられたホログラムディスプレイには、一年前に発生したSランク災害の詳細なデータが映し出されている。
「諸君、この一年間の調査結果をまとめる」
白髪交じりの男が重々しく口を開いた。魔物災害対策本部長、山城剛三。かつてはAランク探索者として名を馳せた男である。
「結論から言おう。今回のSランク災害は、自然的な発生ではない可能性が極めて高い」
会議室にうめき声が走る。ここにいる全員が調べてきた結果だ、予想はしていた。
「Sランクの発生条件は、長年蓄積した魔力が悪意と結合することだ。神奈川のような都市部で起こるはずがなかった。」
「そうだ。通常ではありえない。だが、これを見てくれ」
山城が手元の魔石を操作すると、ホログラムに別の映像が映し出される。
「これは、数年前から各所で捉えられた、魔力分布図の異常報告だ。中には通常の百倍以上の濃度で魔力が観測されている。分散されており頻度も低く気づかなかったが、まとめればこの数だ。」
「異常ですね。まさか……人為的に……?」
「ああ。誰かが意図的に魔力を集積し、悪意を流し込んだ可能性が高い」
室内が静まり返る。
「だが、そんな技術が……」
「存在するんだ。我々が知らなかっただけでな」
山城はさらに映像を切り替える。そこには、世界中で報告されている異常な魔力の集積地点がマッピングされていた。
「過去十年間で、同様の異常集積が世界各地で散発的に報告されている。いずれも人里離れた場所で、管轄も違った。だが、今回はそれが初めて都市近郊で起きた。つまり」
「犯人は、その実験を重ねていた……?」
「そういうことになる。そして奴らは、ついに都市部を狙えるようになった」
静寂が支配する室内。一人の若手分析官が手を挙げた。
「でも、そんな技術を開発する目的は……?莫大な費用もかかりますし、触媒も貴重。誰がなんのために?」
「それだ」
山城の声が一段と低くなる。
「理由だけがハッキリしなかった。故に、自然発生の可能性を消せなかったのだ。しかし我々は、ある組織の存在を掴みかけている」
ホログラムに、黒いローブを纏った集団のシルエットが映し出される。
「奴らは自らを『第六天』と名乗っている。魔王信奉の集まりだ。過去十年間の異常な魔力集積の背後には、すべてこの組織の影があると推測される。」
「第六天……?織田信長ですかね?」
「さぁな。驚くべきことに、彼らは神奈川の災害を『実験の成功』と捉えている可能性が高い。これだけの犠牲を出しておきながら、だ」
怒りと困惑が入り混じった空気が流れる。
「現在、A級機密事項として内閣府直属の特別捜査チームが発足している。魔石と資金はふんだんに使える。必ず尻尾を掴め。以上だ」
山城の言葉とともに、会議は終了した。
各々が重い足取りで退出する中、若手分析官がそっとつぶやいた。
「目的は魔王だろう。しかし、Sランクの魔石が欲しかったのか……?それとも……」
その言葉は誰にも届くことはなかった。
* * *
同じ頃、日本から遥か遠く離れた無人島。岩盤をくりぬいた地下深くに赤黒い光が蠢く広間がある。
「…ふむ。ようやく、4回分貯まったか。不測の事態を考えれば、あと数回分は確保しておきたいところだが…」
ローブを纏った男が薄暗い笑いをあげる。周囲には十数人の信者たちが恭しく跪いていた。
祭壇の上ではどす黒いオーラを放つ魔石が不気味に脈動している。一年前の災害で回収されたSランク魔石の一部だ。その輝きはまるで生きているかのように、ゆっくりと鼓動を繰り返していた。
「日本も戦力こそ落ちていますが、無能ではありません。確実に我らの存在に近づいてきています。」
「左様。Aランク魔石は高騰を続けており、次回の顕現準備にはさらに経費がかかるでしょう。触媒は相変わらず手に入りません。」
「うむ。次にいつ確保できるか、見通しも立たぬか。一方日本は…おそらく組織の存在くらいは、確信しただろう。こちらはすでに時間の問題か。」
しばしの沈黙。長い時間をかけて、ようやく掴みかけた大いなる野望である。
決断せねばなるまい。例え生まれ育った故郷を滅ぼすことになろうとも。
「…やはりターゲットは日本だな。人口密度は高く、1億人を超えている。それでいてAランク探索者の多くを失い、防備が手薄になっている。次は耐えられまい」
魔力だけでは、ダメなのだ。練りに練られた、濃密で莫大な悪意が必要だ。
教主の目が、不気味な光を放つ。
「Aランクの触媒を回収に行ける者は多くない。念のため、隠しダンジョンに入れるものは入っておけ。最後まで触媒の入手も手を抜くな。同時に、作戦を次の段階へ押し上げる。準備を始めろ…すべては魔王降臨のために」
「御意」
信者たちが一斉に頭を垂れる。
「・・・魔王。その存在は本当に、成してくれるのか?それとも…」
祭壇の上で、Sランク魔石がひときわ強く輝いた。
まるで、何かの目覚めを予告するかのように。
* * *
「魔王」を冠するユニークスキルは存在を確認されていない。しかし、「勇者」を冠するユニークを持つ者ならそれなりにいた。「エルフの勇者」であれば魔法主体、「人類の勇者」であればバランス型、「獣人の勇者」であれば物理寄り。それぞれに特徴はあるものの、総じて攻撃、防御、回復、斥候、生産活動、勉強にとあらゆることに高い適正をもたらす、超々万能な大当たりスキルとして認識されている。
現在日本にいる勇者は1人。「サムライ勇者:上泉小次郎」という、若干17歳にしてBランクに到達した青年だけだった。
その日、葵たちが所属する神奈川第三探索者協会は早朝から異様な熱気に包まれていた。
「すっげぇ人だな……」
「ん。お祭りみたい」
ロビーは人、人、人。それも若い女性の姿がやたらと目立つ。手には色とりどりのうちわやペンライトそれにキラキラと輝くトレーディングカードが握られていた。
「あっ!あれ見てよ葵ちゃん!なんか売店がいっぱい。トレカも売ってる!」
「ん。まだじいちゃんでてない。買い占める」
「1人1箱な。まだ時間あるし、みんなで並ぶか」
真由が指さす売店の前には長蛇の列ができている。グッズ販売の特設コーナーまで設置されていた。
そこに本日のイベント内容が書いてある。
「へー。今日は上泉小次郎が来るんだな。」
「あぁ、サムライ勇者の。どうりで人が多いわけだね!」
「BランクなのにSSRってのも納得だよな。なんせ将来のAランク候補筆頭だし」
「ん。イケメン」
「あれ、葵ちゃんも知ってるの?」
「姉がファン。たくさん語られた。」
本日この協会に来訪するのは日本でただ一人の『勇者』。若干十七歳にしてBランクに到達した超新星、上泉小次郎その人だった。
「つ、つれったー見てみました。Aランク増強キャンペーンの激励とかで、各地を回ってるそうです。」
「あっ、模擬演舞もあるんだって!この人、日本刀使いの最上位なんだよね。見たいかも!」
「ほー。刀って攻撃力あるけど、脆いからなぁ。上位だとあまりいないよな。んじゃ、今日はそれを見てから探索するか。滅多にない機会だろうし。」
「わ、私も……刀の扱い方、勉強になります……」
現役の、それも高ランク探索者の、日本刀演舞である。刀を使う真由だけでなく、志乃舞も目を輝かせた。彼女が普段使ってるのはナイフだが、忍者刀に憧れておりいつか握りたいと思っていた。
* * *
ホールではちょうど模擬演舞が始まろうとしていた。
「みなさーん!お待たせしました!本日はお集まりいただきありがとうございます!」
司会の声に黄色い歓声が応える。
「それではご紹介しましょう!日本が誇るサムライ勇者、上泉小次郎さんです!」
歓声が爆発的に大きくなる。
ステージに現れたのは一人の青年だった。背は高くすらりとしている。腰に差した二本の刀。黒髪を後ろで束ね切れ長の瞳が静かに会場を見渡す。たしかに整った顔立ちで、真由が「キャー!」と声を上げるのも無理はない。
「上泉小次郎です。本日はよろしくお願いします」
低く落ち着いた声。それだけで会場が沸く。
「本日は皆さまにAランク探索者の魅力をお伝えするとともに、私の戦闘スタイルを模擬演舞という形でご覧いただきます。まずはデモンストレーションから」
小次郎が刀に手をかける。
「縮地」
その姿がかき消えた。
「えっ!?」
「消えた!?」
「どこどこ!?」
次の瞬間、彼はステージの反対側に立っていた。いや立っているのではない。すでに刀を鞘に収めている。その背後では、並べられていた模擬標的が両断され続けて『遅れてきた風圧』が炸裂する。
「うおぉぉぉぉっ!」
「きゃああああっ!」
会場のボルテージが最高潮に達する。
「すごい……全然見えなかった……」
「ん、速い。」
葵の金色の瞳がわずかに輝く。彼女の目は、その動きをかすかに捉えていた。
「次は、抜刀術をお見せします」
小次郎が再び刀に手をかける。今度は複数の標的が四方八方から飛び出してくる仕掛けだ。
「やっ!」
一瞬の閃き。
まるで光そのものが奔ったかのような斬撃が、すべての標的を同時に切り裂く。遅れて轟音が響き渡った。
「きゃぁー!すごいね、かっこいいねぇ。ね、志乃舞ちゃん!」
「は、はい。イケメン、ですね」
(でも健太さんのほうがかっこいい、かも?なんて、きゃー!)
「しかし、Bランクでもあの強さかよ……。火力はわかんねぇけど、速度は十分じゃねえの?」
「ん、強い。でも……」
葵はそれ以上何も言わなかった。ただ、金色の瞳でじっと小次郎を見つめている。
* * *
模擬演舞が終わり、会場は熱気に包まれたまま質疑応答の時間に移っていた。
「上泉さん!普段の鍛錬で気をつけていることは何ですか?」
「常に平常心を保つことですね。刀は心の鏡。心が乱れれば、刀も乱れます」
「好きな食べ物は何ですか!」
「……肉じゃがです。母の味が恋しくて」
「きゃーっ!かわいい!」
質問が次々と飛び交う中、真由が興奮気味に手を挙げた。
「はいはーい! 私も質問でーす!」
元気よく跳ねるように立つ真由に、小次郎は柔らかな笑みを向ける。
「どうぞ」
「ありがとうございます! 私、刀を使う探索者を目指してるんですけど高ランク帯で刀を使う時の課題について教えてほしいです!」
会場がざわつく。刀を使う探索者を目指す。それはサムライ勇者のような特殊な事情がなければやらないことだからだ。普通はどんなに憧れても現実を見て、Eランクのうちにバスタードソードなどの大剣に切り替える。刀は対人用の武器であり、対魔物に向いた武器ではないのだ。Eランクでも敵の攻撃を防いではくれないし、少し角度がズレれば攻撃でも折れる。正しく使っても手入れに手間も経費もかかり、それでいて射程は短く、魔物によっては効果も薄い。しかし-
「高ランクの魔物って、硬くてタフな敵が多いじゃないですか。そうすると一戦で斬れ味が落ちちゃうと思うんです。それに敵の大火力で刀が折れやすいんじゃないかって心配で。あとはやっぱり射程が短いから巨大な敵に致命傷を与えにくいっていうか……」
小次郎は目をわずかに見開いた。真由の質問はまさに小次郎が取り組み続けている課題である。・・・現役探索者らしき女子高生が、現実を見た上で真剣に考えているのか。
「……素晴らしい質問です」
彼は居住まいを正した。その声は先ほどよりわずかに熱を帯びている。
「まず斬れ味についてですが、これはスキル『剣気』や『闘気』で補うのが一般的です。ただし存在力に余裕がないうちは、こまめな手入れと複数本の刀のローテーションで対応します。本来刀であれば『刀気』が理想ですが、レアなので中々みませんね。」
真由は真剣な表情でうんうんと頷きながら、スマホにメモを取っている。
「次に耐久性の問題。これは確かに深刻です。高ランクの魔物の攻撃は機関銃や大砲のようなものですからね。私は『刀気』と『闘気』をどちらも使えますが、それでも防ぎきれません。基本的には回避を重視するスタイル、そもそも攻撃を受けない立ち回りを徹底するのが良いでしょう。」
「なるほど……!」
「最後に射程の問題。これが最も本質的な課題です。巨大な敵に致命傷を与えるには、急所に接近しなければならない。そして巨大なその身体を斬るには、剣を延ばさねばならない。そのために必要な、最も重要なスキルが……」
小次郎は一瞬、間を置いた。
「縮地と、刀気です。もちろん技術は極限まで高めねばなりません。瞬間的に距離を詰め、致命の一撃を叩き込む。刀使いが高ランクで戦うにはこれが必須だと私は考えています」
「わぁ……!」
真由の目がキラキラと輝く。まさに彼女が今、最も知りたかった答えだった。
「刀は、たしかに扱いの難しい武器です。しかし研ぎ澄まされた一撃は、どんな巨大な敵をも貫く可能性を秘めている。私はそう信じています」
「……っ! ありがとうございます! すごくよくわかりました!」
真由はぱあっと花が咲いたような笑顔で、深々とお辞儀をした。
その笑顔を見た瞬間、小次郎の胸がドキリと高鳴った。
(……なんだ、この感覚は)
真由は美人ではない。わりと凡人顔である。しかし、明るく快活で太陽のような雰囲気は、会場の誰よりも輝いて見えた。
(今の世の中で、刀を真摯に学び、ここまで深く考えているとは……それにあの笑顔……)
彼はかすかに動揺しながらも、平静を装って次の質問に移った。
(……あとで、必ず話をしたい。いやでもこんな公の場で個人的な接触は……)
心の中で葛藤しながらも、小次郎は決意する。
(……後日、こっそりプライベートで来よう。彼女にもう一度会うために)
* * *
質疑応答が終わり、イベントは無事閉幕した。
「いやー楽しかったね! 刀の話、めっちゃ勉強になったよ!」
「ん。真由、すごい質問だった」
「真由さん、かっこよかったです……!」
「えへへ、そうかな? でもほんともっと頑張ろうって思えた!」
四人は人混みを抜けながら、協会の外へと歩き出す。
「それにしても、やっぱり勇者ってすごいんだな。Bランクであの風格だぜ」
「ん。でも、いつか追いつく」
「おっ、さすが葵! その意気だぜ!」
「私も私も! 葵ちゃんと一緒に、いつかBランクに……!」
「……私はまずDランクからです……」
笑い声を響かせながら、四人は夕暮れの街へと消えていった。




