第十四話 ワンパンしてるのにまだEランク周回してるの?はい、それが大事なんです。
Eランクダンジョン『深緑の洞窟』での周回も、三週目に入っていた。
葵たちパーティ『星空』は、週末になるたびにここへ潛っている。戦闘そのものはもうすっかり慣れたものだ。ロックリザードも巨大ムカデも、あるいはコウモリ型の魔物も、全員がソロで安定して狩れるようになっている。
「よし、今日も順調だな。そろそろ休憩にするか」
「ん。お腹すいた」
「私もー! 今日のお弁当はなにかなー?」
安全地帯に到着すると三人はいつものように簡易的な防壁を設置する。祖父と父の遺した資料に書いてあった通りの手順だ。音に敏感な魔物が多い洞窟では、防音効果のある簡易結界は必須である。少し前までこの設置に手間取っていたが今では五分もかからずに展開できるようになっていた。
「よし、これでひとまず安心だな」
「ん。今日は完璧」
「やっぱり慣れって大事だよねー。最初はぐだぐだだったもんね」
「だな。戦闘はできても、こういう準備ができてないと痛い目見るって親父の日誌に書いてあったぜ。『準備を怠る者は、いずれ必ず痛い目を見る。俺は三回見た』だってさ」
「ん。父さんは1か月に1回は”今日は失敗した。まじ尻が痛てぇ”って言ってた」
「あの人無駄に頑丈だからな。…Aランクでミスって痛いですむの、おかしいだろ」
葵は弁当を広げながら、少し遠い目をした。
(当たっても死ななければ問題ないって、本気で言ってたもんな…)
* * *
「そういえばさ、この前の休憩の時びっくりしたよね」
「ん。奇襲された」
「俺がトイレ行ってる時だったよな。わりぃわりぃ」
先週のことだ。健太がトイレで席を外した隙に魔物が一体紛れ込んできたのである。葵は昼寝しかけていて気づかず、脚にかすり傷を負ってしまった。レベルが高く適正を超えているため大したことなかったが、Eランクでなければ大きな怪我になっていた可能性もある。
「誰かがトイレに行くときは、残りの二人は必ず警戒を続ける。これ鉄則な。」
「ん。私も、寝ながら警戒できるようにする。」
「いや寝てたのかよお前……」
「それと、見張りのローテーションも決めようぜ。三人ともが同時に休憩するのは危険だ」
「そうだね。たまたま今回は私が気づいたけど、三人とも寝てたら大変なことになってたよ」
「ん。」
(戦闘は余裕。でも探索は戦闘だけじゃない)
身内に探索者がいる葵たちは知識こそあったが、実際に体験するとその重みが違う。百回潛れば一回はミスをする。Eランクなら痛いですむ。Dランクでも取り返しのつく怪我程度ですむだろう。しかしCランク以上では、その一回のミスが文字通り命取りになるのだ。
「だからこそ、今のうちに体に染み込ませるんだよな」
「ん。Eランクは練習場。ここでミスして、痛い思いをして覚える」
「私はあまり痛い思いしたくないけどね……。まぁ、癒しの手で治せるけどさ。」
「俺だってしたくねぇよ。でも、しないと覚えないのも事実だろ」
「うん……たしかに、あの時ヒヤッとしたもんね。もう二度とゴメンだよ」
「ん。真由がいて助かる。でも、気を付ける。」
三人は頷き合い、改めて気を引き締めた。
* * *
昼食を終え、三人は午後の探索に向けて準備を始めた。
「そういえばさ、葵の爺ちゃんの資料に書いてあったんだけど」
「ん?」
「『休憩とは、次の戦いに備える時間である。決して気を抜くな』だってさ」
「おじいさま、かっこいいこと言うね!」
「ああ。で、その後に『ワシは最近五回は痛い目を見た』って書いてあった」
「ん。じいちゃんは休憩の達人。目を瞑って5秒で寝れる。」
「ダメだろ…。」
「だから寝てても殴れるようになったらしい。」
「人間じゃねぇな…」
三人は顔を見合わせ、思わず吹き出した。Aランク探索者ですらそうやって失敗を重ねて学んでいったのだ。ましてや駆け出しの自分たちは、もっとたくさん失敗して痛い思いをして、覚えていくしかない。
「よし、午後も頑張るぞ。今日の目標まであと少しだ」
「おー!」
「ん。油断しない」
* * *
午後の探索も無事に終え、三人はダンジョンを出た。
外はもう夕暮れ時で、空がオレンジ色に染まっている。
「ふぅ、今日もお疲れ様。だいぶ慣れてきたな」
「ん。でもまだまだ」
「そうだね。毎回新しい発見があるもんね」
「ああ。戦闘以外のことが、こんなに大事だとは思わなかったぜ」
「ん。じいちゃんと父さんの日誌、もっと読み込む」
「私も読んでみたいなぁ。おじいさまの『五回痛い目を見た』って、どんな内容だったんだろ」
「今度、家から持ってくるけど大したこと書いてない。あの虫野郎絶対に許さねぇ、とかしか書いてない。」
三人は笑いながら、駅へと向かう。
今日もまた、少しだけ成長できた気がする。そんな充実感を胸にパーティ『星空』の週末は穏やかに更けていった。
* * *
葵の戦闘力は、パーティ『星空』の中でも突出している。Eランクを周回するようになってからは加速的に上昇し、レベルは39にまで上がった。すでに適正レベルを大きく上回り、しかも戦闘技術は日本トップクラスである。強力なユニークスキルもあり、Dランクの魔物すら圧倒できるほどだ。事実、ロックリザードを一撃で屠るその拳はもはやEランクの領域を完全に逸脱している。
――ただし、それは戦闘スイッチが入っている時の話である。
「ふぁ……」
安全地帯での昼食後。葵は小さく欠伸をして、とろんとした目で虚空を見つめていた。
(ねむい……おなかいっぱい……しあわせ……)
「おい葵、また寝るなよ? この前みたいになるぞ」
「……ん。わかってる、寝ない。……」
そう言って、こくりこくりと船を漕ぎ始める。先週もこんなことがあったなと健太はため息をついた。
「葵ちゃんってば、戦闘中はあんなにかっこいいのにねぇ」
「オンとオフの差が激しすぎるんだよなァ……。オフになると途端にふにゃふにゃになるというか」
「でもそこが可愛いんだけどね!」
(かわいい、か……)
健太は遠い目をした。
彼の好みは、おとなしくて従順などちらかといえば守ってあげたくなるようなか弱い女の子だ。葵は見た目だけならドストライクである。銀髪金目の美少女で、身長143センチ華奢で小柄。黙っていればまさに『守ってあげたい』オーラの塊だ。
――しかし実態は自分より圧倒的に強い脳筋格闘家である。しかもマイペースで、こちらの言うことを素直に聞くかと思えば興味のないことはガン無視する。
「(ちくしょう、なんで俺の周りはこういうのばっかりなんだ……)」
真由もそうだ。明るくて優しくていい子だが剣道有段者で、しかもなかなかに脳筋である。女性の前でかっこいいところを見せようにも、そもそも戦闘では自分の方が足を引っ張りかねない。
「(俺、彼女にしたいのはもっとおとなしくて俺に頼ってくれる子なんだよなぁ……)」
健太は心の中でそうつぶやきながら、ぼんやりと洞窟の天井を見上げた。
* * *
「……っ!」
その時だった。葵の目が突然パチリと開いたかと思うと、彼女はすっと身を翻した。
ドンッ!
空気を切り裂く音とともに、何かが葵のすぐ横を通過する。巨大ムカデだ。天井から奇襲を仕掛けてきたのだ。
「あっぶな……!」
健太が慌てて盾を構えるより早く、葵の拳がムカデの頭部を粉砕していた。
「……ん。ごめん。また寝てた」
「いや、今回は自分で対処したからいいけど……」
「葵ちゃん、大丈夫!? どこか当たってない!?」
「ん。だいじょうぶ。当たる前に潰した」
真由が慌てて駆け寄り、葵の体をペタペタと触る。がやはり傷一つない。Eランクの魔物では、もはや寝ている時の不意打ちですら葵に傷をつけることはできないのだ。
「(……いや、でも、これがDランクだったら? Cランクだったら?)」
健太は冷や汗をかいた。戦闘中の葵は完璧だ。敵の動きを予測し、最適なタイミングで重力をかけ拳を叩き込む。一切の無駄がない。しかし休憩中は違う。戦闘スイッチが切れるととたんにふにゃりとしてしまう。集中力が途切れ、周囲への警戒がおろそかになる。
「……なぁ、葵」
「ん?」
「お前さ、その……休憩中の居眠り、なんとかならないのか?」
「……むぅ。難しい」
「即答かよ!」
「だってむずかしい。おなかいっぱいになると、ねむくなる。しあわせなのにがまんするのはつらい」
「うぅ……言いたいことはわからんでもないが……」
(ダメだな、こいつのマイペースは昔から異常だ。つか、一族の血なのかね。これは矯正できそうにない……)
健太は頭を抱えた。
* * *
「でもさ、戦闘中は完璧なんだからそれでいいんじゃない?」
「そういうわけにはいかねぇだろ。探索ってのは戦闘だけじゃねぇんだ。休憩中の安全管理も大事なスキルだ」
「ん。わかってる。でも眠いのは生理現象。がまんできない」
葵はむしろ、きょとんとした顔でそう言い放つ。
「父さんもじいちゃんもきっとそうだった。つまり不意を打たれても対処できれば問題ない」
「そうかもしれないけどよ、それに存在力使うのもったいなくねぇ?」
「んー……葵ちゃんらしいけどねぇ」
「ああもう、なんて脳筋なんだ……!」
健太は再び頭を抱えた。真由も苦笑いしている。
「……つまり、さ」
真由がおもむろに口を開いた。
「私たちのパーティに足りないのは、斥候役ってことだよね」
「斥候?」
「うん。周囲をよく観察して、魔物の気配に気づいて休憩場所の安全を確保してくれる人。」
「あー。そうだな。優秀な斥候系のスキル持ちがいれば、すげぇ楽になるな。」
健太はぽんと手を打った。
「でも、そんな都合の良い人いるかなぁ。」
「……そこが問題だよなぁ。」
「ん。まだEランク、最初から育てても良い。」
「まぁな。スキルオーブも装備も整ってねぇし、まだ周回でもいいか。」
* * *
その日の探索を終え、三人はいつものようにダンジョンを出た。
「ふぅ、今日もお疲れ様」
「ん。」
「やっぱり、次の目標は斥候探しだね。んー……実は、心当たりがあるんだけど。」
「おっ、さすが真由。陽キャだな。こういう時頼りになる。」
「あはっ。でもその子、とっても臆病なんだよね。その分慎重だし、芯は強いから可能性はあると思うんだけど…探索者になってくれるかどうかは、期待薄かなぁ。」
「ふーん?まぁ性格的な向き不向きもあるよな。とりあえず、会えないか?」
「ん。試しに一緒に潜るのもあり。怖いならFランクからでも良い」
「わかった、今度誘ってみるよ!とにかく危機管理のすごい子だから、来てくれたら安心だねぇ。」




