第十三話 トレーディングカードって買う前の時間が楽しいんだよね。友達と一緒ならなおさらだ
月曜日。本来ならば学校のある日である。しかし葵も、優羽も、さらには母も。駅前のカードショップに開店前から並んでいた。自由人の朱里もまた朝から来ていて、優羽の腕を抱きしめながらニコニコと並んでいた。さらには健太が後からやってくる。
「おう、葵か。まぁ、お前は学校どころじゃないよな。」
「ん。今日は大事な日。健太こそ」
「俺だって欲しいもんよ。学校なんていつでも行ける。問題ねえ」
駅前のカードショップ。開店前だというのにその行列は100メートルを優に超えていた。平日の朝であることも、学生たちにとってはむしろ好都合だったのだろう。大人たちは仕事がある。我々学生は自由だ。
自由なんて思ってるのは葵くらいだと思うが。この日ばかりはと健太もその後ろに並ぶ。
「あっ。葵ちゃーん! おっはよう!」
「ん、真由もサボり。」
「もちろんだよ! なんたって今日は英雄カードの発売日だもん!」
続いて真由も現れた。やはり学生は自由と思っているのは、葵だけじゃないかもしれない。
「ん?あなたが真由ちゃん?葵に聞いてるよー!えへへ、あなたもかわいいね!」
「わぁ。えっと、葵ちゃんのお姉様ですか?初めまして、真由です!葵ちゃんとはパーティ組んでいます!」
「ん、頼りになる。」
「えへへ。葵ちゃんのどんなケガでも私が治してあげるからね!」
子どもたちがワイワイと楽しそうに並ぶ中、静香は微笑みながらも静かに前を見ていた。その目の色は真剣だ。夫と義父のカードを手に入れるためとなれば娘たちに負けるつもりは毛頭ないらしい。事前のオンライン抽選など、できるところには全て応募したあとだ。この後も複数店舗を回る予定である。
* * *
一年前、神奈川で起きた魔物災害。それは日本の歴史において最悪の被害を出した惨事だった。発生初期からSランク級のエネルギーが観測され、対策本部は参加可能なAランク探索者を全員招集した。
総員132名。それは、日本に存在したAランク探索者のほとんどだった。被害を抑えるため、短時間で一気に押しきる。そのはずだった。
しかし、いざ作戦が始まった直後、想定を遥かに超える火力の前に次々と散っていき、Aランク最上位の探索者たちですら時間稼ぎでさえ限界だった。対策本部は苦渋の決断を下す。A級魔石を数十個使用する戦略級大規模破壊兵器の使用だ。
結果、直径およそ100キロメートルが跡形もなく吹き飛び魔物の討伐には成功した。しかし、その代償として実に117名のAランク探索者が命を落としたのである。
残ったAランクは、それぞれの諸事情で参加できなかった者も含めわずか33名。
日本は、貴重なAランク探索者の実に7割以上を一度に失ったのだ。
日本には富士、日光、恐山など強力な霊山が多く世界的に見てもAランクダンジョンの密度が高い。武士の時代から戦闘技術が研ぎ澄まされてきたこの国は、人口比で見れば世界一のAランク魔石産出量を誇っていた。A、Bランク魔石の輸出で大幅な貿易黒字を計上し、国内でAランク魔石が十分に産出されることで半導体などの最先端産業も発展していた。それが根本となるAランク探索者の喪失によって根底から揺らいだのである。
政府は焦った。幸い豊かだったこともあり戦略物資の備蓄は10年分ある。しかし、たった10年でAランク探索者は育たない。生半可な期間でどうにかなる世界ではないのだ。
象徴が、憧れとなる英雄が必要だった。
様々な議論の末多くのキャンペーンが実行された。その中でもっとも話題になり、国民に熱狂的に受け入れられたのがトレーディングカードだった。国の肝いりで製作された、最新技術を駆使した立体ホログラムのトレーディングカードである。
第一弾として選ばれたのは現役ではなく、一年前に日本を守り散っていった英雄たち。そう英霊のカード化だ。誰もが日本の為に命を懸けて最期まで戦い抜いた者たちであり、様々なドキュメンタリーが組まれたことで国民的な人気があった。発表から二週間。いよいよ本日、発売日を迎えたのだった。
* * *
「すげぇな。やっぱみんな考えることは同じか」
「ん。平日なのに」
行列はさらに長くなっていた。若者が多いが年配の姿もちらほら見える。皆、かつての英雄たちのカードを求めているのだ。
「おい、見ろよ。シクレアの買取価格発表されたぜ」
「えっマジで!?」
健太がスマホを掲げると、真由が飛びつくように画面を覗き込んだ。
「うっわ! 一千万円超えてるのある!」
「ん。すごい」
「でもよ、シクレアなんだぜ? Aランクの英雄たちだ。そもそも出る確率がクソ低いし出ても自分で持ってたいだろ」
「だねー。お金に換える人はいないかも」
行列はゆっくりと進んでいく。店の前では、スタッフが拡声器で購入制限をアナウンスしていた。
『お一人様、二ボックスのみとなります! 転売防止のため包装は開けていただきます!』
「二箱かぁ」
「ん。十分。私たちは三人いる」
葵、健太、真由の三人で六箱。優羽と静香も並んでいるから家族全体では相当な数になる。
それに、オンライン抽選で応募した分もあるのだ。
「葵は誰のカードが欲しいんだ?」
「じいちゃん。それと父さん」
「だよなー。俺も成神のおじいちゃんが欲しいぜ。人間国宝だもんな」
「源一郎さんかっこよかったもんね! 私も憧れちゃう!」
成神源一郎。葵の祖父は戦艦のような大型魔物に対してすら素手で殴り闘う豪快な戦闘スタイルで、多くの国民を惹きつけていた。竹を割ったようなカラッとした性格も人気で現役時代はまさに国民的ヒーローだったのだ。
「親父さんもイケメンだったしな。真面目で堅い性格と、それに反して派手な雷撃魔法のギャップが人気だったんだよな」
「ん。父はただの厨二病。家ではかっこいいポーズの研究に余念がなかった。」
「おじさまのカードも出るといいね!」
「ん。必ず出る」
(必ず、引き当てる)
葵は心の中で強く念じた。
* * *
開店時間が近づくにつれ、行列の熱気は高まっていく。
「よし、もうすぐだな」
「ん。どきどきする」
「私もー! あっ、優羽お姉さまももうすぐだね!」
前方では優羽が静香と何やら楽しそうに話している。姉は今日も元気だ。朱里は優羽だけを見てニコニコしている。
「優羽さんもやっぱりおじいちゃんのカードが欲しいんだろうな」
「ん。姉はじいちゃん子だった」
「そうなんだ?」
「じいちゃんは姉をすごくかわいがってた」
孫娘である優羽を源一郎は目の中に入れても痛くないほど可愛がっていたという。逆に孫息子である葵には、華奢だったこともありスパルタ教育だったが、それはそれで愛情だったのだろう。良い思い出である。
「お父様は?」
「ん-…。欲しいけど、父は写真がたくさんある。カード化されたのも母が提供したうちで取った写真。・・・かっこいいポーズ集を母が編集していた」
「あはは、何それ。どんなポーズがあるの?」
「ん。こんなの」
「おぉー、カッコイイ!」
ワイワイしているうちに店のシャッターが上がる。同時に、行列から歓声が上がった。
『整列して順番にお入りくださーい! 押さないでくださーい!』
スタッフの声も必死だ。それだけの熱気が、この場に満ちていた。
「いよいよだな」
「ん」
「よーし! 絶対当てるぞー!」
「おう!」
順番が回ってくるまで、あとわずか。葵は小さな手をぎゅっと握りしめた。
(じいちゃん、父さん。会いに来るからな)




