第十二話 普通の探索。つまり最高ってことでは?
あっという間に週末がやってきた。土曜日の朝、葵はいつも通りランニングを済ませシャワーを浴びてからリビングに降りた。朝食の席にはすでに母と優羽が座っている。
「おはよう、葵ちゃん。今日はダンジョンなんだって?」
「ん。健太と真由と」
「そう。気をつけてね。……あなたもね、優羽」
「もちろん! 私と朱ちゃんも別のダンジョンだけど、気をつけるよ」
優羽はウインクしながら答えた。彼女たちは今日はDランクの探索らしい。
「ん。お互い、気をつける」
「あらあら、二人とも探索者になっちゃって。お母さん心配で胃が痛いわ」
静香はそう言いながらもどこか誇らしげな表情を浮かべていた。夫と同じ道を選んだ二人の子どもを、止めるつもりはないらしい。
* * *
集合場所の駅前に着くと、すでに健太と真由が待っていた。
「よっ、葵。おはよう」
「葵ちゃんおはよー! 今日もかわいいね!」
「ん。おはよう」
「よし、それじゃ行くか。今週はEランクを、二日間みっちり周回だ。当面の目標はレベル30到達。それからDランク進出だな」
「りょーかい!」
「ん」
三人は軽く拳を合わせてから、ダンジョンへと向かった。
* * *
Eランクダンジョン『深緑の洞窟』。
入口からしてひんやりとした空気が漂っている。中に入ると、壁にびっしりと苔が生えていて足元は少し滑りやすくなっていた。
「足元注意。滑る」
「おう。真由、大丈夫か?」
「へーきへーき! それより、今日こそスキルオーブ出ないかなー。わたし、スキル無いんだよねぇ。」
「出たらラッキー。期待はしない」
「そうだな。まずは安定して狩ることを優先しようぜ」
三人は隊列を組んで進む。先頭に健太が大盾を構えその後ろに真由、最後尾に葵がつく。いつものフォーメーションだ。
「来る。三体。右の壁」
「了解! 健太君、お願い!」
「おう! 来いやぁ!」
ズシン、ズシンと地響きを立てて現れたのは岩石のような体表を持つ大トカゲの魔物だ。ロックリザード。Eランクの中でも中堅どころの相手である。
「三体同時か。真由、左の一体は任せた。葵は右を頼む」
「ん」
「任せて!」
健太が正面の一体を大盾で受け止める。ガギィン! と金属音が響き、衝撃が周囲に広がった。同時に、真由が素早く左に回り込む。
「せいっ!」
日本刀がキラリと光り、ロックリザードの前足を切り裂く。
「ギシャァッ!」
「まだまだ!」
ひらりとかわし、二の太刀を叩き込む真由。彼女の剣筋は日に日に鋭さを増している。
一方、葵は無言で右手を掲げた。
(重力。)
グゥン、と空気が歪む。右側のロックリザードの動きが見る見るうちに鈍くなった。相変わらず、自重のある相手には効果抜群である。
「ギ……ギシャ……」
「ん。」
葵は小さく呟くと地面を蹴って一気に間合いを詰めた。右手に重力を纏わせ、拳を握る。最初は出力に任せて殴っていたが、慣れて技術を乗せられるようになってきた。
「ふっ!」
ズドンッ!
小柄な体からは想像もつかない重い一撃が、ロックリザードの頭部を打ち抜いた。岩石のような表皮が砕け散り魔物はその場に崩れ落ちる。
「おぉ?中層で一撃かよ。火力上がったか?」
「扱いに慣れただけ。技術を乗せやすくなった。でももう少し硬いと、一撃はムリ」
「ははは。お前の技術で、重い一撃か。つまり最強じゃねーか。」
もともと小柄で華奢な体格でありながら、武術において年上にもほとんど負けたことがない葵である。技術のみで格上をなぎ倒してきたのだ。そこに破壊力が加わるのなら、強くなるのは当然だった。
「私も終わったよー!」
真由の前でも、ロックリザードが青い魔石を残して消えていく。
「おっと、俺も……おらぁ!」
健太が手槍を連続で突き込み、最後の一体を仕留めた。
「ふぅ。まぁ、一撃じゃなくてもEランクは余裕だな」
「ん。でも油断は禁物」
「そうだね。ケガしたら赤字だもんね」
「わかってるって。……さ、ドロップを回収して次に行くぞ」
三人はテキパキと戦利品を回収し、さらに洞窟の奥へと進んでいった。
* * *
昼過ぎ、小休憩を取るために安全地帯に戻ってきた。
「いやー、順調だね! もうEランクは慣れたもんだよ」
「ん。でも新鮮」
「ああ、毎回ちょっとずつ違うからな。それがいい経験になる」
「そうそう! さっきの三体同時も、最初はちょっと焦ったけど今は全然平気だし」
「ん。連携が良くなってる」
「だな。この調子でいけば、予定通り三ヶ月でDランク行けるかもな」
「その頃にはレベルも30超えてるはずだしね!」
「おう。で、スキルが揃ってたら装備を整えてDランク。装備が揃ってたらスキルオーブ買ってDランクだ。どっちにしてもまずは資金を貯めないとな」
「了解!」
「ん」
健太の立てた計画は明確だった。当面はこのEランクを安定して周回し経験と資金を積み重ねる。焦らず、でも着実に。それが一番の近道だと三人とも理解していた。
「よし、休憩終わり。午後も頑張るぞ」
「おー!」
* * *
午後の探索も順調に進み、日が傾き始めた頃。三人は今日の探索を終えてダンジョンを出た。
「今日もお疲れ様! いやー、いい感じだね!」
「ん。充実してる」
「だな。この調子で明日も頑張ろうぜ」
(いいパーティだ)
「ん。明日も頑張る」
「おう!」
「もちろんだよー!」
* * *
翌日も、三人は朝からダンジョンに潛った。
昨日と同じEランクの洞窟。しかし今日は少しだけルートを変えてみることにした。同じ場所ばかりだと、どうしても経験値に偏りが出るからだ。
「こっちのルートは初めてだな」
「ん。新鮮」
「でも油断しないでね。初めての場所は何があるかわからないから」
「了解!」
新しいルートは少し入り組んでいて、魔物の種類も微妙に違った。岩石トカゲに加えて巨大なムカデのような魔物も出てくる。
「うわっ、キモっ!」
「真由、落ち着け。ただのムカデだ」
「ムカデがキモいの! しかもデカいし!」
「ん。弱点は頭。それだけわかれば十分」
「うぅ……葵ちゃんは平気なの?」
「ん。虫はあんまり気にならない」
「そ、そっか……じゃあ、私も頑張る!」
真由は震える手で日本刀を構え直した。そして、気合いを入れるように叫ぶ。
「このムカデ野郎ー! 乙女の敵ー!」
「乙女関係あるのかよ!」
「乙女はムカデが嫌いなの!」
「知るか!」
そんなやり取りをしながらも、三人は確実に魔物を仕留めていく。健太が盾で動きを止め真由が頭を切り落とし、葵が重力で押さえつける。連携は日に日に洗練されていった。
「ふぅ。今日もいい感じだな」
「ん。予定より早く終わりそう」
「そうだねー。でも、そろそろお腹空いてきちゃった」
昼食は安全地帯で取ることにした。
「ん。母からお弁当預かってる。健太と真由の分もある」
「マジかよ! おばさんの弁当うまいんだよな!」
「やったー! お母さまのご飯だ!」
葵が広げた弁当箱の中には、色とりどりのおかずがぎっしりと詰まっていた。卵焼きに唐揚げほうれん草の胡麻和え、プチトマト。三人分あるからか量もたっぷりだ。
「ん。いただきます」
「「いただきます!」」
三人は並んで座り、静かな安全地帯で昼食を楽しんだ。
「あー、うまい。やっぱおばさんの飯は最高だな」
「ん。自慢の母」
「私もこんなお母さんになりたいなー」
「真由ならなれる。」
「ほんと!? じゃあ葵ちゃんのお母さんになろっか?」
「?。私の母は、お母さんだけ。真由は、真由の子どもの母になる。」
「…そっか。そっかぁ。ん-、いいなぁー!」
そんな他愛もない会話をしながら、午前中の疲れを癒していく。
「よし、午後も頑張るか。今日の目標まであと少しだ」
「はーい!」
「ん」
午後も探索を続け、日が暮れる前に今日の目標を達成することができた。
「やったー! 今日もノルマ達成!」
「ん。お疲れ様」
「ああ。この調子でいけば、三ヶ月後にはDランクだな」
「楽しみだね!」
「ん。でも焦らない」
「そうだな。油断せず、でも焦らず。それが一番だ」
三人は拳を合わせ、今週末の探索を終えた。すごく良いドロップが出ているわけでもない。装備が手に入ったわけでもない。激レアなスキルオーブはもちろんでない。それでも、そんな普通の探索が楽しかった。
パーティ『星空』の、穏やかで充実した週末が静かに更けていった。




