第十一話 息子が女の子を連れてきたら母はあらあらするものだろうか。それはそれとしてパーティ名が決まりました。
翌朝。
「なんだ。葵、眠そうだな?」
「……眠い」
昨夜は布団に入ってからも頭の中はパーティ名のことでいっぱいだった。ああでもない、こうでもないと考えているうちに気づけば空が白み始めていたのだ。
「葵ちゃん、大丈夫? 保健室行く?」
「んー…いい、このまま寝る」
「えぇー。じゃあお膝貸してあげる!」
「ん。ありがと」
葵は真由の膝の上で力を抜いて、体重を預けて丸まった。柔らかくて暖かくていい匂いがする。なるほど、これは安眠できそうだ。しかし。
「というわけで、この二次関数のグラフはですね……」
「……んむぅ。」
数学の先生の声は、どうにも高くて耳障りだった。国語のおじいちゃん先生の声ならちょうど良い子守唄なのに。これでは安眠どころではない。
(……うかつだった。数学で寝るときは移動しよう)
葵は真由の膝からそっと降りると、小さく伸びをした。
「葵ちゃん?」
「ん。屋上に行く」
「ごめんね。私が動きすぎた?」
「真由は完璧。……ただ、静かなほうが、よく眠れる」
それだけ言うと、葵は先生が黒板に夢中になっている隙をついて教室を抜け出した。廊下はひっそりと静まり返っている。時折どこかの教室から授業の声が漏れ聞こえるくらいだ。葵は迷うことなく階段を上り、屋上へと続く扉を押し開けた。屋上には誰もいなかった。フェンス越しに街並みが見渡せて、春の風がそよそよと吹いている。
「ん……」
葵はぐるりと見回して理想的な場所を見つけた。ちょうど半分だけ影になる場所。日向は少し暑いし、日陰は少し寒い。その境界線が絶妙な塩梅なのだ。
「ここ、いい」
葵はその場に寝転がった。固いコンクリートの上だが今の自分は体重が軽いからか、あまり気にならない。それに頭を乗せられるちょっとした段差もあった。
(……最高の寝床だ)
春の木漏れ日が心地よく降り注ぐ。風が髪を優しく撫でていく。遠くで鳴く小鳥の声が子守唄のように響いた。
(ここ、お気に入りのお昼寝スポットにしよう。明日は枕を持ってくる。)
葵は小さく欠伸をしてから、そっと目を閉じた。
* * *
昼のチャイムが、遠くで鳴っている。葵はゆっくりと目を開けた。空は青く澄み渡り、白い雲がゆったりと流れている。
(……ん。よく寝た)
体を起こすと、気分はすっきりしていた。睡眠不足は完全に解消されたようだ。やはり睡眠環境は大事だな。葵は立ち上がると、制服についた埃をパパッとはらう。
(さて、お腹すいた)
食堂でしっかり昼食をとろう。そう決めて、葵は屋上を後にした。
* * *
食堂はすでに多くの生徒で賑わっていた。葵はトレイを持って列に並ぶ。今日の日替りランチは、サバの味噌煮定食らしい。
「ん……美味しそう」
トレイを受け取り空いている席を探す。すると、見慣れた長身の姿が目に入った。
「おう、葵。やっと起きたか」
「健太」
「真由から聞いたぜ。授業中に屋上で昼寝してたって」
「ん。よく寝た」
「ははっ、たくましいな。相変わらずマイペースだ」
「……なんで苦笑い?」
「いや別に? お前はすごいと思うぜ、色々とな」
(意味がわからない)
葵は首を傾げつつ、サバの味噌煮を口に運んだ。うん美味しい。
「で、今日の放課後だけど」
「ん」
「真由がよ、パーティ名会議をやりたいって」
「了解。どこ?」
「お前ん家でどうかって。親父さんが残した資料とか、参考になるかなって」
「ん、わかった。でも父はいつまでも厨二病だった。参考にしかならない」
葵は心の中でうなずいた。父が残した資料はほとんど自伝だ。読んだ母曰く、”ほとんど子どもの感想文ね。”である。いつまで経ってもかわいい人ねと読みながら嬉しそうだったが。まぁ、かつて組んでいたパーティの名前の由来なんかも書いてあったはずだ。ヒントになる可能性はあるかもしれない。
「じゃあ、放課後またな」
「ん」
葵はサバの味噌煮を完食し味噌汁をすすり、最後に麦茶を飲み干した。
(よし。午後は真面目に授業に出よう)
そう決意を固めて、葵は教室へと戻っていった。
* * *
放課後。
「おじゃましまーす!」
「お邪魔します。葵、先に部屋に行ってるぞ」
「ん。資料持ってく。待ってて」
葵の家に着くなり、健太は葵より先に中に入っていった。健太は子どもの頃から何度も遊びに来ているし、親同士が親友だ。勝手知ったるというやつだろう。事前に連絡していたので母が色々用意してくれたらしい。リビングに置いてあった父と祖父の資料を持ち、2人から少し遅れて自分の部屋に入る。葵が自室のドアを開けた時、真由はすでに目を輝かせて室内を見回していた。
「へーこれが葵ちゃんの部屋かぁ! イメージ通りかわいいね!」
「いや、前から男の部屋とは思えないほどかわいかったけどよ。だいぶ増えてるな?」
「ん。TSしてから毎日、優羽姉がかわいいを追加してくる」
ぬいぐるみ、花柄のクッション、レースのカーテン。葵が何も言わないのをいいことに、優羽は好き放題に葵の部屋をアップデートし続けているのだ。”自分が整えた部屋でかわいいがかわいいしてるって、なんかもうかわいすぎない??推せる。貢がなくてどうする”とのこと。よくわからない。
「ま、いいんじゃね? 抵抗しないお前もお前だ」
「ん。優羽姐が喜ぶ。問題ない。」
「このクマちゃん、すっごいふわふわ!」
真由が抱きしめたクマのぬいぐるみはつい先日追加されたばかりだ。優羽がくれた時、葵は「ん」とだけ言ってベッドの隅に置いたのだが、いつの間にか定位置になっている。そんなやり取りをしていると、コンコンと軽いノックの音が響いた。
「葵、入ってもいいかしら?」
「ん。あける」
母の声だ。おそらくお盆を持っているだろうからと、葵はドアを開けた。
「あ、お母さんですか。お邪魔してますー!」
「どうも、ご無沙汰です。」
開いたドアから、静香がトレイを手に姿を見せた。
「2人ともいらっしゃい。お菓子とジュースを持ってきたわ」
「わぁ! お母さまありがとうございます!」
「さんきゅーです。いつもすんません。」
母はトレイをローテーブルに置くと、にこやかに真由を見つめた。
「あなたが真由ちゃんね。あの葵が女の子を連れてくるなんて…。聞いてた通り、かわいい娘さん。葵の彼女かしら?」
そう言って、ふふ、と笑う。
(彼女?)
葵はぽかんとした。真由はというと、パッと顔を輝かせて即答した。
「はいっ! 娘さんは私が幸せにします!」
(こいつは何を言ってるんだ)
「あらあら、嬉しいわ。よろしくね真由ちゃん」
「はいっ!」
「あー。おばさんすみません、冗談です。こいつ、こういうノリなんで。…真由。静香さんはな・・・なんだ。天然なんだ。冗談はやめておけ。」
「ぶぅー。本気だよ?だって葵ちゃんかわいいんだもん」
あらあらと静香は真由の頭を撫でるが、ふと首をかしげた。
「……あら? そうね。そういえばうちの子は娘になったんだったわ」
そして、次にその視線は健太に向けられた。
「健太くん、お嫁にどうかしら?」
「んぶっ!?」
健太が飲みかけのジュースを吹き出す。
「ちょ、おばさん! つい一週間前までそいつ、男だったんですが!?」
「あら、ダメかしら? 葵ってばマイペースだから。健太くんなら安心してお願いできるのに」
「いやいやいや嫁は意味が違いますから!!」
(母さん、流れ弾がひどい)
葵はぽかんとしながらも心の中で冷静にツッコんだ。しかし母が去り際に放った言葉が、葵の心に小さく引っかかる。
「そういえば、スキルやアイテムでTSした場合はお金さえあれば解除できるけど……ユニークスキルの場合はどうなのかしらねぇ」
「……?」
「あら、なんでもないわ。ごめんなさいね。あなたたちゆっくり楽しんでいって」
静香はそう言い残すと、微笑みながら部屋を出ていった。
「……あー。そういや、そうなるのか?」
「?」
「そうだねぇ。葵ちゃん、これからずっと女の子だね?」
「そうなの?」
「ユニークは、魂に紐づいた固有の最優先スキルだからな…。」
スキルの影響ならば、スキルを解放すればTS解除できる。ダンジョンアイテムなら存在力を消費してTSできる。だが、ユニークスキルは魂に紐づいた固有のものだ。解放することはできず、しかも魂に直接作用するからか、どのスキルやアイテムよりも優先される。”魔法少女”というユニークスキルによってTSしたこの体は、もしかすると元の男の体には、二度と戻れないかもしれない。
(むぅ。あまり気にしてなかったけど……お嫁に行くことになるのかぁ)
ぼんやりと天井を見上げる葵。何か、問題になるだろうか。真由が彼女。…大好きだから問題ないな。健太が旦那さん。…大好きだから問題ないな?
「んー…問題ない。」
「いや、お前はもうちょっとちゃんと考えろ?」
「別に。単純に、まだ早い。子どもが欲しくなったら考える。」
確かに性別は変わった。でも、葵は葵のままだ。好きなものは好きなまま。そして恋人は好き同士の関係だ。子作りだけは性別で変わるだろうが、それまではどんな関係になろうと問題はない。
「……それより、資料を広げる」
「お前なぁ……ま、いっか。さっさとパーティ名決めようぜ」
「はぁーい!」
* * *
葵が持ってきた父と祖父の資料は、予想以上に分厚かった。
「おぉー、すごいね。これ、全部Aランク冒険者が残した記録なの?」
「ん。ほとんど感想文。『今日のダンジョン日記』みたいなやつ」
「おじいさま、人間国宝だったんだよね? 手記とかある?」
「ある。でも、『黒くてデカイやつがビュンときた。サッと躱してドカンと殴った。さすがワシじゃ。』とか書いてあるだけ。」
「ぷっ、かわいいおじいちゃまだねぇ」
三人は床に座り込んで資料をあさり始めた。
「おじいさまの手記にあったよ!『ワシの考えた超絶かっこいいパーティ名候補』だって!えーと、『ワンパン・デストロイヤー』に『キング・オブ・ゴールドスマッシュ』。あと『爆撃ハリケーン』。…必殺技かな?これパーティ名候補だよね?」
「あー、親父さんのほうも見つけたぜ。爺さんと飲みながら決めたらしいな……『雷神の右腕』に『全てを貫く最強の鉾』?」
「ん。あの2人はセンスがない。」
「お前も無いもんな。」
「む。健太は失礼。」
「じゃあ候補はあるのかよ?」
「…当然。『葵と愉快な仲間たち。』」
「…まぁ、お前にしては頑張ったな?」
「決まり?」
「決まらねぇよ!?」
そんなやり取りが一時間も続いただろうか。わいわいと騒ぎながらパーティ名を考える中で、ふと葵は始まりの日を思い出す。探索者になりたくて、深夜に丘の上で星に願いを掛けたあの夜。流星に当たって曖昧になってしまったけれど、本当に願っていたのは…
「ん。パーティ『星空』」
「んー?短くて、語呂はいいな。長いのってやっぱりしっくりこないんだよな。」
「何か意味があるのー?」
「私は、あの丘の上で見た星のように、輝きたいと願った。いつか、輝いてみせる。パーティの人は、みんな輝くようになる。…だから、いつかみんなが輝いて・・・星空になる。」
「おぉ。まともだな。今の在り方じゃなく、将来目指すものか。今後入るかもしれない奴らも、だな?」
「ん。」
「…うん、いいね!私も、いいと思う!」
「おう、俺もいいと思う。」
3人で見つめ合い、笑顔になる。このパーティで目指したい未来が見えた。
「・・・んじゃ、決定だな。俺たちのパーティ名は『星空』だ。いつか輝く。全員でだ。」
「いいねー! なんかゾクゾクするよ!」
「ん。これで行く」
* * *
星が、小さく祝福をくれた気がした。




