第九話 美味しいパンのある購買。高校生活が楽しくなるのは間違いない
翌朝。いつものように早朝のランニングを済ませ、シャワーを浴びて制服に袖を通す。
(今日は普通に学校だな)
鏡に映る銀髪金目の美少女を一瞥し葵は小さく息を吐いた。もう見慣れた。慣れたくはなかったが、慣れた。
「葵ちゃーん! 一緒に行こう!」
階下から優羽の明るい声が響く。
「ん。今行く」
リビングに降りると、優羽が満面の笑みで待ち構えていた。何故か葵と手をつなぐかのように左手を延ばしてくる。
「おはよう葵ちゃん! 今日も制服かわいいね!」
「おはよう。……手は昨日だけの特別。今日は普通に歩く。」
「だーめ!手をつないで登校する 約束でしょ?昨日は登校してないもん。」
「……ぬぅ。」
「ふふふーん!ほら、行くよ♪」
屁理屈な気もするが、約束は約束か。葵は観念して手を差し出した。優羽の大きな手が包み込むように握ってくる。
「んふー。葵ちゃんの手は、小っちゃくて暖かくてかわいいねぇ。」
「優羽姉の手が良い。武道家の手。」
「きゃー!相思相愛!」
(いや、それはなんか違くないか?)
校門までの道のり。春の陽射しがまぶしい。桜の花びらはすでに散り始め、代わりに若葉が芽吹いていた。
* * *
無事学校にたどり着き、優羽と別れて葵は自分の教室に向かおうとした。
「あっ、葵ちゃん発見!」
次の瞬間、後ろから抱きつかれていた。
「真由」
「おはよう葵ちゃん! 昨日はどうしたの?先生は突然の体調不良って言ってたけど。絶対ウソだよね?」
「……ん。ちゃんと免許持ちの医者に診てもらった。」
(病院じゃないけど)
「えぇっ!?ホントにどこか悪いの?」
「問題ない。健康診断。」
「学校をさぼって? なにそれー。あはっ、じゃあ私も葵ちゃんのこと調べてあげるっ!」
真由はそう言うと、葵をひょいと抱え上げ自分の席まで連行した。そして当然のように自分の膝の上に葵を下ろす。
「……何故」
「捕獲しました! 今日の葵ちゃんは私のもの!」
「解せぬ」
(TSする前と身長は変わってないはずなのに……華奢になったから捕獲されやすくなったのか?)
葵は心の中でため息をついた。143センチ、38キロ。確かに捕獲しやすい体型ではある。
「葵ちゃん、あったかい。ふにふにしてる」
「……離して」
「やーだ。今日はずっとこうしてるの。飴ちゃんだってあげるから!」
「子ども扱い」
「子どもじゃん? ちっちゃくてかわいいもん」
(むぅ)
葵は不貞腐れたように真由の膝の上で力を抜いて丸まった。今日はなんだか人肌が恋しい気分でもある。
「……昨日の清算」
「ん?」
「ラーメン代とダンジョン収入。健太にも渡す」
「あっ、そうだった! いいよいいよそんなの気にしなくて」
「気にする。借りは返す」
「葵ちゃん律儀だねぇ。じゃあ今日の放課後、また三人で集まろっか!」
「ん。今日は用事ない」
「よし! 健太くんにも言っておくね」
そこにタイミングよく健太が登校してきた。
「おはよーさん! って、葵。どうしてそうなってるんだ?」
「諸行無常。」
「かわいいから仕方ないの!」
「……うーん、葵が嫌がってねーならいいけどよ。お前、先週までちゃんと男だったよな…?」
(拘束は緩いし、逃げようと思えば逃げられる。なら、まあ許容範囲だ)
葵は小さく身じろぎしただけで、真由の膝から逃げ出そうとはしなかった。
「今日の放課後、集まる」
「おう、大丈夫だぜ。じゃあ飯でも食いながら清算な」
「ん」
「了解! 楽しみだねー」
三人が顔を見合わせて笑った。
(このメンバー、悪くない)
葵はそっと目を閉じる。真由の膝は意外に心地よくて、眠気に逆らわずに二度寝するのであった。
* * *
チャイムが鳴り、教室のざわめきが収まっていく。担任が教壇に立ち出席を取り始めた。葵はというと、相変わらず真由の膝の上である。
「あー、成神は今日も休みか・・・いや、いるな?」
「ん。」
担任が葵の席が空席になっているのを見て、すぐに隣の席に目立つ銀髪がいるのを見て、一瞬、言葉を詰まらせた。女子高生の上に、女子高生が乗っている。
「……その、なんだ。体調はもう大丈夫か?」
「問題ない」
「そうか。ならいいが……」
担任はそれ以上何も言わず、次の生徒の名前を呼んだ。しかしなんだかちょいちょい視線を向けてきてる気がするが。
(あぁ、昨日突発で欠席したせいか。)
葵は心の中でうなずいた。一限目の授業が始まった。古典の先生が何やら難しいことを話し始めるが、葵の頭には全く入ってこない。
(そもそもノートを取る気はないしな)
教科書は真由と一緒に見ればいい。そう思って、真由の机に置かれた教科書をぼんやりと眺める。
「葵ちゃん、教科書見える?」
「ん。大丈夫」
真由が耳元で囁く。くすぐったい。
「よかった。私、ノート取るから葵ちゃんの分も書いてあげるね」
「……ん、必要ない。真由が必要な分だけとって。」
(真由は優しいな)
そんなことを考えながら、葵はふと周囲の視線に気づいた。
(……なんか、見られてる?)
教室中の視線がチラチラとこちらに向けられている気がする。いや気のせいではない。男子も女子も、先生でさえもがチラチラとこちらを見ている。
(なんだ? 俺の顔に何かついてるか?)
いや。これはそういう視線じゃない。もっとこう……「なにあれ」的な好奇心の視線だと思う。
「真由」
「んー?」
「変?」
「ううん?すごく柔らかくて暖かくてふわふわして良い匂いがして、最高だよ?」
「ん。」
(ならいいか。別に膝の上で授業を聞いちゃいけないなんてルールもないし。…でも)
ぐぅぅ。
(……腹が減ったな。華奢になったのに、燃費は悪くなった気がする。)
葵は無表情のまま自分のお腹を見下ろした。朝食はいつも通りしっかり食べてきたはずなのに、もう空腹を訴えている。
(成長期だからか? それとも存在力の消費が激しいのか)
原因はわからないが、とにかく腹が減った。真由の邪魔をしないよう、そっと左腕を叩いて降りたいとアピールする。
「葵ちゃん?」
「ん、おなかすいた。購買行く。」
「ぷふ。マイペースだね。わたし、ドクペお願い。」
「了解」
真由の膝からそっと降りると、小さく伸びをして体をほぐす。
そして何事もなかったかのように教室の後ろのドアへと歩き出した。
「ん?おい、成神?」
先生が慌てた声を上げるが、葵は気にしない。
「購買。すぐ戻る。」
「いや、授業中だが!?」
「お腹すきました」
(当然の権利だ)
葵は心の中でそう付け加えながら、教室を後にした。
校内の購買部は一階にある。監視カメラはあるが基本的に無人で、現金も使えるセルフレジでいつでも購入できるようになっている。
朝は商品を入荷したばかりなので、人気のやきそばパンやメンチカツも選び放題だ。
「んー……」
葵はガラスケースの中の商品をじっと見つめる。パンにおにぎりに、サンドイッチ。どれも美味しそうだ。
(焼きそばパンとカレーパン、あと牛乳かな)
さくっと現金で支払いをすませ、購買部の隅にあるベンチに腰掛けた。
葵は早速焼きそばパンの袋を開け、むしゃむしゃと食べ始める。
「む。」
(高校の購買なのに、ちゃんと作ってるお総菜パンだ。うまいな。)
「あらー。そのリボン、一年生じゃない?3日目でサボってる不良娘がいるわぁ。」
「?」
もぐもぐとパンと格闘していると、50代ほどの女性が話しかけてきた。何やら制服を着ているし、おそらく購買の管理人か何かだろう。授業をさぼっていると指摘するわりに、咎める様子はなくニコニコとしていた。最もここは、天下のFラン最底辺である。サボりを気にする人は少ない。
「このパン、美味しい。おばちゃん、ここの人?」
「あら、わかるかしら?それうちの人が焼いたパンなのよ!ヤキソバも自家製よ。うふふ、嬉しいわねぇ。」
「ん、すごい。焼きたても食べたい。お店あるの?」
「あら。そんなに気に入ってくれたのなら嬉しいわ。駅前の本屋はわかるかしら?その2つ隣の向かい側よ。焼きたては先頭が大体、5時半、10時半、15時半に焼きあがるわ。」
「絶対に行く」
(もぐもぐ)
「お腹すいているのねぇ。これ、今朝の廃棄食材だけどいるかい?まだまだ食べられるわよ。」
「欲しい。おばちゃん、いい人。」
「かわいい子ねぇ。食べたらちゃんと授業に戻るのよ。」
「ん。」
おばちゃんにコロッケパンまでもらってしまった。昨日のものなのだろう、少しパサついているが問題なく美味しい。うん、高校生も悪くない。葵は最後に牛乳を飲み干すと、空になったパックをゴミ箱に捨てた。
「そろそろ戻る。お土産がいる。ドクペとコーラ1つ」
「はいよー300円。…確かに。またおいでね。」
「ん。」
葵は真由と自分の飲み物を確保し教室に戻ると、何故か先生が難しい顔で視線を向けてきた。気にせず授業を続けて欲しい。
「成神さん。授業中に抜け出すとはどういうことですか」
「お腹すいたので」
「……だからといって」
「我慢は、体に悪いです」
葵は至って真面目な顔で答えた。実際空腹で集中できないよりは、さっさと食べて戻ってきた方がマシだろう。
「……はぁ。もういいです。席に着いてください」
「ん」
葵は素直に自分の席に戻った。隣の真由がこっそりと話しかけてくる。
「葵ちゃん、怒られなかったね」
「ん。はい、ドクペ。」
「ありがと。清算はあとでね。」
「ん。」
葵は心の中で満足げにうなずいた。ふと、窓の外を見ると青空が広がっている。今日はいい天気だ。放課後、ダンジョンに行くのが楽しみになってきた。
(今日こそ、ちゃんと清算しないとな)
昨日はすっぽかしてしまったから、今日は必ず。そう心に決めつつ葵は開いた教科書を盾に、三度寝をはじめるのであった。




