第八話 マッドなドクターって何故か優秀なイメージ。信用はできないけど。
優羽と手をつなぎながら通学路を歩いていると、前方からひらひらと手を振る人影が見えた。
「優羽、おはよう。今日も最高に綺麗だね。君の笑顔には太陽だって恥ずかしくて陰ってしまうだろうさ。それに葵くんもおはよう。話には聞いてたけど、本当にかわいくなったねぇ。」
朝からこんな街中で白衣を着こなす変人を、葵は一人しか知らない。高橋朱里。9歳で医学博士号を取得したと嘯く(本当らしい)希代の天才である。すでに大学院を卒業し、独立してダンジョン研究機関を起業している彼女は学校に行く必要などない。なのにこうして朝から現れるのは――
(どうせ優羽姉に会いたかっただけだろ)
葵の心のツッコミなどお構いなしに朱里はにこやかに近づいてくる。一見すると優しく愛嬌のある女性だ。葵にもわりと優しい。だが、優羽に向ける視線がなんていうか病的に狂っている。
(まあ、悪い人ではない。味方である限りは)
「あかちゃん、 おはよう!今日はどうしたの?」
「葵くんの健康診断の日程を決めにきたのさ。優羽の頼みだからね。フルメニューでやってあげよう。」
「ああ、そうだった! ありがとう朱里ちゃん!」
(健康診断? 聞いてないぞ)
葵は優羽を見上げた。
「葵ちゃん、TSしたばかりでしょ。それに、あの流星が直撃したんだよ? 身体に問題がないか心配で。朱里ちゃんなら、近所の病院よりよっぽど信頼できるし」
「……まあ、そうだけど」
(ある意味最も信用できない人物でもあるんだが、優羽姉の頼みならむしろ絶対大丈夫だな)
朱里はにっこりと笑った。その笑顔の奥に潛む狂気を、葵は知っている。優羽のためなら世界だって滅ぼす女だ。
「それでね、今日はどうかなって思って」
「今日?」
「うん。どうせ入学式の次の日なんて、大した授業はない。必要なら私が教えてやってもいいが、そもそもお前授業に興味ないだろう。」
「……ん、たしかに」
葵は即座に判断した。もっともだ。
「わかった、行く」
「葵ちゃん、学校は?」
「どうせ今日はオリエンテーションだけ」
「そう? じゃあ私も一緒に行こうかな。3年生だって同じだし、自己紹介なんて飽きたよね。」
「優羽もうちに来るのかい!? やった!こうしてはいられない、20秒だけ待ちたまえ優羽の為に最高の一日を用意しよう!」
朱里の顔がパッと輝く。その変わりように葵は心の中で苦笑する。
彼女は即座にスマートフォンを取り出すと、どこかへと連絡した。
「総員に告げろ、コードUを発動する。…ああん?厚生大臣の面会予約ぅー?ハゲなんぞ後回しに決まってるだろうが!常識で考えろ!!」
(こいつ本当に、姉のことしか見えてないんだな。なんだよコードUて。俺の健康診断、ちゃんとやるんだろうな…?)
* * *
朱里の研究所は、駅から少し離れた静かな場所にあった。元々は小さな医院だった建物を改装したらしい。中に入るとそこはもはや別世界だった。
「うわぁ……」
葵は思わず声を漏らした。壁一面に並ぶ試験管やフラスコ。見たこともない装置の数々。そして大量の本と資料。整理整頓されているのに、どこか狂気じみた空気が漂っている。
「ふん、ふふん、ふふ~ん♪ 優羽、少しだけ待っていてくれ。すぐに終わらせてくるからね。」
「はーい!あかちゃん、うちの葵ちゃんをよろしくね。…ねぇ、この施設見て回っても良いかな?なんか新しいモノがいっぱい増えてて、気になるんだ。」
「もちろんだとも!君には最上位権限を渡してある、自由にしてくれたまえ。あぁ、棚の薬にだけは触れないでくれ。危険なモノもある。」
「わかった!じゃあ、いってきまーす。」
元気よく答えて探索にでかける優羽。まぁ、なんだ。保護者同伴じゃなくて良いのは少し気が楽だ。
「…葵くんはキョロキョロしてないでこっちにきたまえ。さっさと済ませてしまおう。」
「意外。今日はもう、ゆう姉とイチャイチャするから適当にするのかと思ってた。」
「準備をさせている。多少は時間も必要さ。…だが、あまり手間をとらせるなよ?」
「把握。あか姉のそういうとこ、嫌いじゃない。」
「ふん。ボクもまぁ、葵くんは嫌いじゃないさ。優羽の妹だ、ちゃんと診てやる」
朱里に案内され診察室のような部屋に入る。中央には大きな検査台があり、周囲には様々な医療機器が並んでいた。
(・・・こいつ。今は医者でもないのに、この医療機器を何に使ってるんだろうか。免許は持ってると聞いているが…)
「まずは服を全部脱いで、そこの台に横になりたまえ。」
「ん?」
「聞こえなかったか?ふむ。聴力検査からにするか。」
「聞こえた。でも、服を脱げって聞こえたけど」
「そう言ったが?ちゃんと下着も全部脱げよ。カゴはそこだ」
「解せぬ」
(結構広い部屋の中心で、マッドに見られながら脱ぐ趣味はない。病院だってやらないぞ。…やらないよな?)
「…はぁ。メインはTSの影響検査だろう、逆に脱がずにどうする。内臓は血液、尿、便から検査するから別だ。男女の違いを外観で診るなら髪質、喉、肩、腰、皮脂の量、皮膚の厚み、水分量、脂肪のつき方、骨格、内臓の位置、爪の組成だって違うし見るべきところはたくさんあるんだ。もちろん乳房と生殖器もだぞ。年頃だからって、羞恥なんぞで曖昧にするなよ?女体で最もデリケートな部分だ、病気にだってなりやすい。特徴があるなら自分で把握していないと、コントロールもできんだろうが。ほら、さっさと脱げ。」
「ぐぬぬ…。」
「…優羽を呼ぶか。」
「脱ぐ。脱いだ。」
「さっさとやれ、私は子猫の裸なんぞに興味はない。」
「ぐぬぬぬぬ…。」
葵が横になると、朱里は手際よく検査を始めた。
しばらくして。
「……ふぅん。」
「?」
「葵くん。君は完全に女性として再構築されているな。設計された、不自然なほどに全てが理想的な女性体だ。…ありえない話だが、医学的には全く完璧に、何一つ問題がない。」
「……?女性なら女性体。普通。」
「全く違う。人間はそんなに完璧に出来ていないんだ。髪質が男寄りの女性、皮膚が厚く男性寄りな女性、声が低い女性、骨格の太い女性。そういうのが普通で、何かしらの値がバラツキを持つのさ。神が創り愛した女神であり奇跡、あの優羽でさえ骨格の一部や筋率など一部が男性寄りなんだ。あぁ!それはそれで見事に美しい完璧な筋肉のつき方はさすがの一言だけどね!彼女の素晴らしい大腿四頭筋の在り方といったらもう…!コホン。まぁ一応、町病院での検査データも入手している。体内組成やホルモンバランスも、完全に理想的な女性の割合だ。おそらく『魔法少女』というユニークスキルに適合するために、肉体が最適化されたのだろうが…。」
朱里の目がキラリと光る。
「興味深いな。TSの事例はいくつか診たことがあるし、論文にも目を通したがこんなのは聞いたことが無い。男女の違いなんぞ、一体どれほどの項目があると思っている。全てだぞ?…大きな意志が隠れている。君は、何者かに設計されている。」
「…。」
(こいつ、まじで優秀なんだよな。そのくせ、トンチキな予感を信じ確信している。…意志、か。)
「心当たりは、あるか?」
「…星。祝福された。」
「ふぅん?……定期的に来い。優羽がいなくても、受け入れてやる。」
「ん。頼んだ」
他にも一般的な基礎データを取得して健康診断は終わった。結果、問題なし。
十分に探索して満足気な優羽と合流する。
「これが健康診断の結果だ。問題なし、私が保証しよう。生理は軽い体質だ。安産型で、元気な子どもだって産めるだろう。」
「!? 葵ちゃん、お、お、お姉ちゃんはそんなのまだ許しませんよ!」
「予定はない。」
「あぁ!でもでもでもでも!葵ちゃんの子どもだなんてそんなそんな絶対に世界で一番愛くるしくてダメダメダメもう鼻血出そう葵ちゃん私のお嫁さんに来て!!!!」
「落ち着く。」
(おいこら朱姉。何故そんな報告した。聞きたくなかった。)
何故か暴走した優羽にぎゅうぎゅうに抱き着かれながら朱里をにらみつけるが、朱里はクルクルと変わる優羽の表情を見て幸せそうだった。確信犯である。その後コードUプランに連れまわされ、超高級な服を買い超高級レストランで食事をして、綺麗な夜景を見てから帰宅した。家にはちゃんと連絡していたが、約束をしていた健太と真由をすっかり忘れている葵なのであった。




