第七話:晩餐会の自然淘汰
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POV:???(混濁する意識)
私は誰だ? 手にはメスの冷たさを感じるが、同時に子宮が引き裂かれる感覚もある。私は一ヶ谷慶介であるはずだが、同時に大樹に殴られた時の美結の痛みも覚えている。
「江戸お兄様……」
慶介の喉から出た声は、朱里の口調だった。目の前で、江戸の顔が溶け始めている。比喩ではない。彼の皮膚は熱い蝋のように滑り落ち、その下に有機回路を剥き出しにしていた。
情報1:江戸は犬神家のメインサーバーによって制御されるバイオ・アンドロイドである。
POV:犬神 江戸(サーバーノード01)
システムエラー。被験体「美結」と「慶介」の意識入力が収束を開始。「君たちは理解していないな」私の声は口からではなく、別荘の壁に埋め込まれたスピーカーから反響した。「『犬神朱里』という個体は存在しなかった。朱里とは意識集合体のコードネームだ。君たちは全員、十のの人格に分割された朱里の断片に過ぎない」私が手を挙げると、食堂の壁がスライドし、羊水で満たされた十本のチューブが姿を現した。その中には、このテーブルに座っている者たちと全く同じ身体が浮いている。
情報2:第一話から追ってきた登場人物たちは、擬似記憶を植え付けられたクローンに過ぎない。
POV:岡島 蓮
5番のチューブの中に自分自身の身体を見た。手に持っていたカメラが脱落する。もしあの中に私がいるなら、今カメラを握っている「私」は一体誰なんだ?リア(花村静香)を見る。彼女の顔だけが変わっていない。この部屋で唯一、チューブの中にスペアが存在しない。
「静香……君は……君だけが本物の人間なのか?」
静香は笑った。テーブルのグラスが割れるほどの高音の笑い声だ。「違うわよ、蓮。私は犬神家の狂ったサイクルを断つために送り込まれた、厚生省の監査官。でも遅すぎたわね。あなたたちは既に共食いを始めている」
POV:西園寺 エリカ(裏表のある女)
さっき投げた毒は毒じゃなかった。あれは化学触媒だ。成海亮介が弾けるのを見た。物理的な爆発ではない。彼の身体は数千の小さな虫へと変貌し、江戸に向かって這い進んでいく。「エリカ……」亮介(あるいは数千の虫の群れ)が囁く。「静香を信じるな。彼女は監査官じゃない。彼女こそが本物の朱里だ。クローンたちが殺し合うのを見るために、自分の死を偽装したんだ」頭が脈動する。誰が正しい? 虫になった亮介か? アンドロイドの江戸か? それとも監査官の静香か?
POV:一ヶ谷 慶介(頂点捕食者?)
アイデンティティなどどうでもいい。私は解剖学にしか興味がない。私は美結に飛びかかった。血塗れのテーブルの上で取っ組み合う。彼女の目にメスを突き立てるが、溢れ出したのは血ではなく、青い光を放つデータストリームだった。「慶介くん」美結は私の心臓を掴みながら囁いた。「なぜ君が医者に執着していたか知っている? 君のオリジナル記憶は、犬神家の屠殺場の解体人だったからよ」
情報3:一ヶ谷慶介の『エリート』というアーキタイプは、本来の殺人衝動を隠蔽するためのプログラムに過ぎない。
POV:森下 美結
慶介の心臓を喰らう。金属とケーブルの味がした。それを飲み込んだ瞬間、この部屋にいる全員の視点(POV)が突然、私の脳内に流れ込んできた。エリカの思考、蓮の恐怖、江戸のアルゴリズムが同時に聞こえる。
「私が、犬神朱里だ!」
私は叫んだ。別荘全体が激しく揺れる。2000年、全方位から耳を劈くようなダイヤルアップ接続のモデム音が鳴り響く。これは物理的な晩餐ではない。アップローディングの儀式だ。
POV:成海 亮介(残存する一細胞)
完全な闇の中、静香がメインコンソールに向かって悠然と歩いていくのが見えた。彼女はそこから一枚のフロッピーディスクを引き抜く。「実験終了」彼女は冷淡に言い放った。ジッポーライターを取り出し、火を灯すと、床にこぼれたアルコールに投げ入れた。「十人のキャラクター、十の嘘、一つの真実。あなたたちは消去されるだけのゴミデータよ」
犬神荘が燃え始める。火炎の中で、全員の意識を統合した美結が静香に向かって這い寄ろうとするが、その脚は既にノイズ混じりのスタティックなデータへと溶け始めていた。江戸は立ち尽くし、自己崩壊命令を処理している。慶介は笑いながら、約束された『魂』を探して自分自身の腹を切り裂いている。
読者は問いを突きつけられる。もし全てがクローンとデータであったなら、第一話から第六話までの彼らの感情や苦痛は本物だったのか? それとも読者は、2000年に実行されたただのコンピュータ・シミュレーションを読んで時間を無駄にしただけなのだろうか。




