第六話:忌まわしき再誕
#犬神家の晩餐 #イヤミス #サイコホラー #マルチPOV #ネット小説 #なろう #サスペンス #閲覧注意
POV:一ヶ谷 慶介 (Ichigaya Keigo)
美しい。今の美結の腹筋の収縮を表現するのに、それ以外の言葉は見当たらない。これは通常の生物学的プロセスではない。赤みがかった非常灯の下、彼女の腹部の皮膚を這う黒い血管の網目が見える。それはまるで古の漢字――『犬』の形を成しているかのようだ。「江戸くん、これを見ろ」私はスカルペルで美結の制服を切り裂いた。「これは胎児じゃない。私の父と君の父が共同開発した『ニューロ・パラサイト(神経寄生体)』だ。朱里は被験体ではなく、最初のインキュベーター(培養器)だった。そして今、美結への転送プロセスが完了したんだ」
POV:犬神 江戸 (Inugami Edo)
私はテーブルの上に立ち、その光景を宗教的な法悦に近い喜びで見つめた。「プロジェクトI.N.U(Inugami Neural Unit)。生物学的媒体を通じて意識と記憶を転送する手法だ。朱里は死んでいない。彼女の記憶、憎悪、そして我が家の秘密は、今、美結の血の中に流れている」私は他の連中に目を向けた。皆、絶望に顔を歪ませている。恐怖こそが、この寄生体を定着させる最良の触媒だ。「美結、いや、朱里と呼ぶべきかな? この中で、まず誰を殺したい?」
POV:森下 美結(美結?/朱里?) (Miyu? / Akari?)
頭の中で声が叫んでいる。自分のものではない数千の記憶が、シナプスに溢れ出す。階段から落ちる自分が見える……大樹に首を絞められる自分が見える……栞が誹謗中傷を打ち込んでいるのが見える……。だが、最も鮮明な記憶が一つある。江戸が私の首に何かを注射しながら囁いた時の記憶だ。「永遠になれ、私の妹よ」顔を上げる。焦点が合わない。「江戸お兄様……」声が割れる。美結の柔らかな声と、朱里の鋭い声が重なり合う。「どうして……私を殺したの?」
POV:西園寺 エリカ (Saionji Erika)
「狂ってる! みんな狂ってるわ!」叫びながら、慶介に向かって毒薬の瓶を投げつけた。だが慶介は、人間離れした反射神経でそれを掴み取った。待って。慶介の動きに違和感を覚える。彼は、朱里が学校のバレエ部で踊っていた時と全く同じ動きをした。「慶介……」震える手で呟く。「どうして動きが……朱里と同じなの?」
論理の崩壊が始まる。もし寄生体が美結の中にいるなら、なぜ慶介が朱里の癖を見せる?
POV:岡島 蓮 (Okajima Ren)
残り少ないバッテリーで、カメラのテープを巻き戻す。慶介の首筋をズームする。学校の屋上の映像にあった朱里の首筋と同じ、注射の痕がある。脳が弾けそうだ。江戸は美結が培養器だと言った。だが視覚的な証拠は、慶介も感染していることを示している。これは集団感染なのか? この晩餐会は犯人探しではなく、次の『器』としてふさわしい適合者を探すためのものだったのか?
POV:成海 亮介 (Narumi Ryosuke)
首の後ろに猛烈なかゆみを感じる。皮膚をまさぐると、その下に何かゴムのような感触の塊を見つけた。「江戸……さっきの飲み物に、何を入れやがった?!」江戸の笑い声が広間に響き渡る。「君たちは全員、卒業式の時点で感染しているんだよ。この晩餐会は『起動』のトリガーに過ぎない。完璧な朱里として生き残れるのは、君たちのうち一人だけだ。残りは……生物学的な燃料になる」
POV:リア(花村 静香) (Hanamura Shizuka)
手帳の、最も秘匿されたページを開く。そこにはこう記されていた。『江戸は犬神の血縁ではない。江戸は十年前のプロジェクトI.N.Uの失敗作である』。「江戸!」私は叫んだ。「あんたがこんなことをしてるのは、自分が死にかけているからでしょう?! あんたの体は寄生体を拒絶している。だから、生き延びるために私たちの誰かの臓器が必要なのよ!」これまで私たちが受け取った全ての情報――朱里の復讐という大義名分――は、真っ赤な嘘だった。これは臓器狩りだ。
POV:犬神 江戸 (Inugami Edo)
私の顔から笑みが消えた。「静香……君は知りすぎたよ」私は犬の仮面の人物に合図を送った。そいつは仮面を脱ぎ捨てた。仮面の下に……顔はなかった。脈動する黒い肉塊と、剥き出しの神経回路が垂れ下がっているだけだ。それこそが、プロジェクトI.N.Uの成れの果て――失敗作の真実。「喰え」私は命じた。
POV:一ヶ谷 慶介 (Ichigaya Keigo)
腹部に熱い感覚がある。立ち上がり、骨の軋む音とともに体格を変貌させ始めた美結を見つめる。「江戸くん」スカルペルを構え、冷静に告げる。「生き残るのは一人だと言ったね? 賭けてもいい。君を解剖するのは、この私だ」
照明が完全に消え去った。漆黒の中で、肉を裂く音、骨が砕ける音、そして美結の狂気じみた高笑いが混ざり合い、眩暈のするような交響曲を奏でる。誰が真実を語っているのか?
本当に感染しているのは誰なのか?
そして、実験の失敗作に過ぎないのなら、本物の「江戸」とは一体何者なのか?
暗闇の中、一つ、また一つと視点(POV)が消えていく……。
残されたのは、読者の耳元で聞こえる、たった一人の呼吸音だけだった。




