第五話:現実を歪めるレンズ
#犬神家の晩餐 #イヤミス #サイコホラー #マルチPOV #ネット小説 #なろう #サスペンス #閲覧注意
POV:岡島 蓮 (Okajima Ren)
暗闇は昔からの友人だが、今回の暗闇は喉を締め上げる粘り気のある液体のようだ。この完全な漆黒の中で、「目」を持っているのは私だけだ。ハンディカムのナイトビジョンを起動する。小さな液晶画面が、おぞましい薄緑色の光を放った。レンズ越しに、人間が見るべきではない光景を目にする。江戸と慶介が向かい合って立っているが、争っているわけではない。彼らは……何かを交換している。フロッピーディスクか?
「……これで契約成立だな?」
江戸の囁きが聞こえた。これを記録しなければならない。この惨劇のすべてが、より大きな目的のための「茶番」である証拠だ。
POV:成海 亮介 (Narumi Ryosuke)
テーブルの下を這い進む。大樹と栞の血の臭いが鼻をつく。クソッ、ここから出たいだけなんだ! 暗闇の中、手が冷たくて硬いものに触れた。ブーツだ。顔を上げる。遠くにある蓮のカメラの緑色の光に照らされて、犬の仮面を被った人物が目の前に立っているのが見えた。そいつは襲ってこない。ただ静かに立ち、切断された栞の生首を手に持っていた。「亮介くん……」その声は朱里じゃない。男の声だ。ひどく重々しく、威厳のある声。去年死んだはずの、あの人の声だ。
POV:西園寺 エリカ (Saionji Erika)
出口を探して壁をまさぐる。突如、何者かの手に口を塞がれた。ひどく高価な白檀の香水の香り。「静かに、エリカ」声が囁く。江戸だ。でも、どうしてここに? 彼はさっき慶介と一緒にテーブルの端にいたはずじゃ……。「プロジェクターを見ろ」命じられるまま目を向けると、プロジェクターが自動で再点灯した。だが映し出されたのは静止画ではない。蓮のカメラが今、リアルタイムで捉えている映像だ。画面の中で、私は江戸に口を塞がれている。だが待て……画面の別の隅には、もう一人の「江戸」が慶介の隣に平然と立っている。江戸が二人いる……?
POV:岡島 蓮 (Okajima Ren)
頭がズキズキし始めた。カメラの画面を見て、それから目の前の現実を直視する。画面の中と目の前の現実が一致しない。「デジタル・マニピュレーション(画像操作)……」震えながら呟く。2000年当時、ディープフェイクなんて技術はない。だが犬神家の高度な有線システムなら、リアルタイムの映像編集は可能だ。突如、カメラの画面にノイズが走った。映像が切り替わる。それは六ヶ月前、屋上の隠しカメラの映像だ。朱里が見える。彼女は突き落とされたのではない。自分自身に注射を打ち、カメラに向かって微笑みながら、自ら後ろに倒れ込んだんだ。彼女は、私が撮っていることを知っていた。朱里は、私たち全員を罠に嵌めるために自殺したんだ。
POV:一ヶ谷 慶介 (Ichigaya Keigo)
遠くから蓮の反応を観察する。あの愚か者がようやく真実に気づき始めたようだ。「江戸くん」隣の影に向かって言う。「心理実験はほぼ終了だ。罪悪感で壊れる者と、恐怖で壊れる者、すべて見届けたよ」
ポケットから小さな装置――起爆装置を取り出した。「この別荘は単なる法廷じゃない。火葬場だ。そして蓮の記録が、その燃料になる」
POV:リア(花村 静香) (Hanamura Shizuka)
もう耐えられない。私は立ち上がり、叫んだ。「いい加減にして! 朱里はあんたたちのせいで死んだんじゃない! 転落死でもない!」全員の視線が私に集まる。本物の江戸、慶介、そして犬の仮面。「彼女が死んだのは、失敗に終わった犬神家の実験の一部だったからよ!」私は手帳の封印された最終ページを開いた。そこには研究所のラベルが貼られている。『プロジェクトI.N.U - 被験体01:朱里』。
「犬神家は犯人なんて探してない。彼らが探しているのは、火葬される前に朱里の遺体から『データ』を盗み出した奴よ!」
POV:犬神 江戸 (Inugami Edo)
笑みが深まる。ようやく、「裏切り者」が口を開いた。「その通りだよ、静香さん。そしてそのデータは……今、この部屋にいる一人の少女の胎内にある。そうだね?」私は、先ほどから石のように黙り込んでいる森下美結を見つめた。
POV:森下 美結 (Morishita Miyu)
ゆっくりとお腹を撫でる。さっき飲んだ大樹の血が、体内で煮え繰り返るのを感じる。「朱里様は消えてなんていない」自分ではない声で、私は囁いた。「場所を移しただけ」
突如、腹部が不自然に脈動し始めた。中から何かが爪を立てて這い出そうとしているかのように。
蓮がカメラを落とした。レンズは砕けたが、録画は続いていた。テープが切れる直前に映った最後の映像は、黒い血を吐き始める美結と、スカルペルを手に純粋な科学的好奇心で目を輝かせながら歩み寄る慶介の姿だった。
「検体02が、間もなく産まれる」
慶介が、低く呟いた。




