第四話:天才の解剖学
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POV:一ヶ谷 慶介 (Ichigaya Keigo)
私は常にシンメトリーを愛してきた。人体は最も左右対称であり、同時に最も脆弱な機械だ。栞が舌を失う光景を見ても、恐怖など感じなかった。むしろ、その切断技術の稚拙さに失望したほどだ。あまりにも雑で、感情的すぎる。冷めたアールグレイを啜る。江戸は自分が演出家だと思い込んでいるようだが、彼は知らない。半年前、階段から落ちる直前の朱里の飲み物に、高用量の鎮静剤を混入させたのは私だということを。なぜか? 朱里が退屈な存在になり始めたからだ。彼女は人を壊すことしか知らないが、私は人が死の圧力の下でどう「機能」するのかを知りたかった。
POV:花村 静香 (Hanamura Shizuka)
テーブルの下で慶介が私の膝に触れた。モールス信号だ。『タ・ス・カ・ル』。総毛立つ。一年生の頃から、慶介は朱里のいじめから私を守ってくれる保護者だった。私の涙を拭うために、彼はいつもそこにいた。しかし今、大樹の死体を前にした彼の冷静さを見て、疑問を抱かずにはいられない。彼は私を大切に思って守っているのか、それとも、この「玩具」を自分だけのものにしておきたいだけなのか。
POV:岡島 蓮 (Okajima Ren)
ハンディカムの液晶画面を見つめる。待て、何かおかしい。さっき仮面の「朱里」が入ってきた時、慶介は一度も入口の方を見ていない。彼は江戸の背後にある大きな鏡をじっと見つめていたんだ。
鏡の反射越しに、ありえないものを見た。慶介が仮面の人物に向かって手信号を送っていた。二人は、共謀している。
背中に冷や汗が流れる。もしこの秘密を知られたら、次は私が標的だ。一刻も早く、このMiniDVテープを入れ替えなければ。
POV:犬神 江戸 (Inugami Edo)
「慶介くん」仮面の人物に引きずられていく栞の遺体を眺めながら、彼に声をかけた。「随分と冷静だね。従姉妹だという栞が息絶えたというのに。何か釈明はあるかな?」彼を追い詰めたい。慶介はこの部屋で唯一、私に近い知能レベルを持つ男だ。彼を屈服させることこそ、この晩餐会の頂点となる。
POV:一ヶ谷 慶介 (Ichigaya Keigo)
私はゆっくりとカップを置いた。「江戸くん、これこそ君が望んでいたことじゃないのか? 掃除だよ。栞は寄生虫だった。一ヶ谷の名を利用して他人を虐げていた。私はむしろ、君に感謝しているくらいさ」私は立ち上がり、プロジェクターの方へ歩いていくと、持参したフロッピーディスクを挿入した。「だが、江戸くん……一つ忘れていることはないかな? 私の父――病院長が、君の妹に対して行った非公式の検死結果についてだ」
POV:西園寺 エリカ
(Saionji Erika)
全員が息を呑んだ。プロジェクタースクリーンに朱里の頭蓋骨のレントゲン写真が映し出される。「後頭部に、階段からの転落とは矛盾する亀裂がある」慶介の声は、静寂を切り裂くスカルペルのように響いた。「朱里は落ちる前に、鈍器で殴られている。そして打撃の角度から推測される犯人の身長は、約185センチだ」私は江戸を見た。この中で一番背が高いのは江戸だ。187センチ。
POV:成海 亮介 (Narumi Ryosuke)
待て、何だって? 慶介は江戸が自分の妹を殺したと疑っているのか?頭がズキズキし始めた。さっき江戸は大樹がやったと言った。栞が唆したとも。なのに今度は慶介が江戸を犯人だと言っている。誰が嘘をついているんだ? この部屋では、真実が形を変え続ける影のように思える。「何を言っている、慶介!」江戸が怒鳴った。その冷静な顔が、怒りでひび割れていく。
POV:一ヶ谷 慶介(Ichigaya Keigo)
私は微笑んだ。これまでに一度も見せたことのない、冷酷で、純粋で、完全に空虚な微笑み。「江戸くん、怒らないでくれ。私はただ、君が作り上げた物語を解剖しているだけだ。執行人が実は真犯人だったとしたら、最高に面白いと思わないか?」私は江戸に歩み寄り、全員に聞こえるほどの声で囁いた。「あるいは……犯人は今、外でチェーンソーを持っている人物かもしれない。もし、朱里は死んでいないと言ったら、君はどうする?」
POV:リア(花村 静香) (Hanamura Shizuka)
手帳を開く。手が激しく震え、文字が乱れる。慶介は嘘をついている。江戸も嘘をついている。そして、私も嘘をついている。
あの日、誰が朱里を殴ったのか私は知っている。なぜなら、「ある人物」に大樹のバットを貸したのは私だからだ。
突如、別荘中の電灯が完全に消えた。
暗闇の中、重い足音と木の床を擦る金属音が響く。「慶介くん」江戸の声が暗闇の中で掠れて聞こえた。「私のシナリオを壊したことは、大きな間違いだったよ」
「いいえ、江戸くん」
誰かの耳元で、慶介の声が至近距離で返した。「私は、本当のシナリオを始めたばかりだよ」
――カチャリ。
銃鉄を起こす音が、漆黒の部屋に鳴り響いた。




