本日の捜査は終了しました。
井戸から遺体を引き上げる作業は難航した。
井戸の深さは、大人の背丈3人分はあった。その底から、体の自由の利かない遺体を、どう引き上げたらよいのか。身軽な男が井戸に降り立った。中では「うー、寒っ!」と声が木霊している。
「すいません、確認なんですが、御遺体は硬くなってますか?」上から思遠が問いかけた。
「まぁ、そこそこだな」答えが返ってくると、豚顔官吏は「縄でくくって持ち上げる」と周囲の者に声をかけた。
「色々、分からなくなりませんかね」思遠が懸念を口にしたが、「他に方法がねえ!」と黙らされた。
それから、しばらくの時間を要し、やっと遺体は運搬用の板の上に寝かされた。
「うわぁ――ひでぇなぁ」
「そうですね」
関節の硬化が始まっている女性は、不自然なうつ伏せに寝かされた。
白い刺繡入りの服は、泥と血に染まり、皆からは、背中の斬りつけられた傷が見えた。そして井戸から落下した際のものであろう骨折も認められた。
「あ……」
女性の服を一部めくりながら観察していた、思遠がつぶやいた。
「どうしました?」
「あー、あのですね。この患者さん、湿疹が凄いんですけど」
「患者じゃねーだろうが」
「これ、あれです。感染るやつです」
思遠の言葉に、官吏二人が脱兎のごとく離れて行った。
「あー、疥癬……かな?」
二人の官吏とは逆に、女は思遠の側までやってきて遺体を覗き込んだ。
「ご存じですか?」
思遠が、目をまん丸にして訊ねた。
感染すると言ったのに近づいて来たことにも驚いたが、さもこの病を知っているかのような口ぶりに、もっと驚いた。
「見たことあります。この白い虫の跡みたいなの。大変だったこれ。シーツとか服とか全部熱湯で煮たり。お薬飲ませて、全身に軟膏塗りたくったり」
「記憶が戻ったんですか?」
「ううん。記憶は無いけど、知ってる感じ?」
「呉疾医! 我々はどうなりますか! その死体みたいに全身、ブツブツになるのか⁉」
「嫌だ、嫌すぎる!死ぬんですか?」
遠くから官吏が騒ぎ、女の引き上げに携わった貧民たちが体を搔き始めた。
「いえ、死にません。目に見えないくらいの小さな虫が皮膚の中に巣をつくって卵を産んで、夜な夜な、死ぬほど痒いだけです」
「いやだあああ!」
「落ち着いて下さい。どこかで体を隅々まで洗って、たくさん流して、湯につかって、そのあと着ていた服を煮てください。そうすれば大丈夫じゃないかな? 今のところ、僕、うつったことないです」
関わった貧民たちが動き出した。水汲みに行くぞ、俺は薪を用意する、と叫び声が聞こえる。
「我々は、急用ができましたので、あとは呉疾医にお任せします」
「ちょ、ちょっと!捜査はどうなるんですか!」
「明日、仕切り直しです!」
「そんな無責任な!」
思遠が彼らの背中に追いすがるように声をかけたが、二人は振り返ることもなく駆けて行った。




