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迷探偵 始動。

 貧民窟にやってきた勇み足は、井戸の前で止まった。

「で、何からしたらいいの?」

 現場の井戸は、蓋が閉まっている。

 ここで、一人の女性が亡くなった。だけど、世界は何も変わっていないように思える。

 それは、そうだ。

 貧民窟では、毎日誰かしら死んでいる。

 安定した仕事も家族もない、飢えた人間が集まっている。死んでも誰も弔ってはくれない。明らかに殺された様子だったから、女は事件になった。そうではない病や飢えで死んだ者は、城壁の外に運び出だされ、ほかの用途で掘られた大穴に放り込まれ埋められる。

 

「困ったぞ。捜査ってなにするの?犯人ってどうやって突き止めるの?」


 メイは井戸の周りを、ぐるぐる回った。

 そもそも、自分はどうして此処に倒れていたのだろう? 顔を顰めて、記憶を絞り出そうとしたが、何も出てこなかった。


 「何も出てこないってことは、何も見てないとか? 私が此処で殴られたのか、他で殴られたのかもはっきりしないしなぁ。とりあえず」自分と彼女を分けて考えよう、そう決めて、私の事は置いておいて、と左の物を右へ置いておく動作をした。


「そもそも、井戸の君の名前は?」

 この周辺で暮らしていたなら、だれか知っているのでは? メイは、誰か近くに居ないかとチラチラ見まわしたが、人気(ひとけ)は無い。

「よし、聞き込みよ!まずは、殺された女性が、どこの誰だったのか情報を集めよう」

 やることが決まれば、即座に行動。

 メイは、貧民窟に足を向けた。


 貧民窟は、都市の中心部とは違い、大通りなどない。ひしめき合う、手作りの掘っ立て小屋。その家とも呼べない代物は、人の背丈ほどの高さしかない。素人には二階建ての家など作れない。そんな技術があれば、まともに働ける。その場しのぎの粗末な家だ。しかし、快適な良い小屋など作った日には、自分よりも強い者に奪われるのは火を見るよりも明らかだ。

 むせ返る糞尿交じりの異臭と、敵意の混じった視線。

 ここは、世間から切り離された、別の都市が広がる、貧民の世界。

 

「なんでだろう……すごく、すごく居心地が良い。この嗅ぎなれた、ちょっぴり酸っぱい、おしっこのにおい。この、なんなのよって視線。懐かしい……なんでだろう、なつかしい。片づけたい……」


 メイが胸を押さえながら歩いていると、すぐそばの寝床の(むしろ)が少し開いて、ぶっと老人の口から何かが飛んできた。咄嗟に飛びのき、直撃をさけたものは、木の実だ。寝そべったまま、ニヤニヤ笑う老人の口には殆ど歯が無い。見えるのは黒く溶け残った数本だけだ。


「おっちゃん……」


 まじまじと見つめてくるメイを、老人が面白そうに笑っている。その目は、悪意で濁っている。今度は石ころでも飛ばしてやろうかと、地面を枯れ木のような手で探りだした。


「こんな硬いもの食べられないでしょ、もっと何でもふやかしてから口にいれなよ」

 老人より先に石を拾い、飛ばされた木の実を石を乗せて踏みつぶした。出て来た実は、どんぐりに似ていた。

「これ、食べられるの?」

「……おっ……おぉ」

「生で? 煮る?すりつぶす?」

「に、にる」

「おっけい。だれか火を使ってたら頼んでみる。おっちゃん、名前は?」

「う、うるせぇ」

 老人は、背を向けて目を閉じた。その後頭部に頭髪は無い。犬小屋より少し広い程度の場所に、丸まって寝て過ごしているようだ。

「それでさぁ、うるのせいさん。私ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「うるせって言ってんだろ」

「うん。ごめんごめん。うるせっの旦那。この前の夜に井戸で殺された女性の事なんだけどね」

「うるせーは名前じゃねぇ!」

 頭を起こしてメイの方を見て怒鳴った老人は、はぁはぁと息をきらしている。

「まぁ、貴方の名前は秘密で良いんだけど、井戸で殺された女性の名前しらない?」

「知るか!俺は枯れた井戸なんていかねぇ」

「そっか、枯れた井戸の方に行く人は少ないのかぁ。目撃者少なそうだよね。あの女性、あの辺がねぐらだったのかな?」

 メイは構わず、色々と聞き出そうとしたが、老人は筵を引っ張って、隙間を塞いだ。

 その後は、何を話しかけても、返事は無かった。


「早速、失敗してしまった」



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