乙女心
次の日の朝。仲豪から大量の服が届いた。
狭い室内は、昨日二つに割った。といっても、部屋を割るように渡した紐にボロ布をかけただけだ。メイが寝台を、思遠が脚と背もたれのついた長椅子に寝る事となった。
メイは、自分が椅子に寝ると言ったが、着替えやらの都合も考えれば布で囲うことができる寝台はメイが使った方が合理的だと思遠が主張した。そして彼は、狭い長椅子に膝を折って寝た。そのため今朝は体がギシギシと音を立てている。
「足の踏み場もないってまさにこれだね。あっ、呉疾医、この服が入ってる木箱で寝台がつくれそうじゃない?ちょっと厚さが薄いかな?」
子供が入れそうな箱を開けると、色とりどりの服が収められていた。
仲豪の手配した服は、一般市民が着ることができる最高級の服だった。市井で浮かない程度の、しかし最新の流行を捕えた真新しい麻の服だ。思遠は、昨日買った服を着ているメイを見て、無性に恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にして俯いた。薄汚れてはいないが、色は褪せはじめている、どこにでもある服だ。
「それは脱いで、こっちの服を着て良いですよ」
「え、いやよ。着替えめんどくさいじゃない」
メイは、服を奪われまいと、自分をぎゅっと抱きしめた。
「し、しかし、こんな良い服ですよ。私に遠慮せず、こっちに変えたらいいですよ!」
「着替えがあるのは有難いけど、逆にこんな流行の先端でござい!みたいなの着にくい。色鮮やかすぎる。心がついていかない。呉疾医の買ってくれた、こっちのが落ち着く。おばあちゃん発色」
「慰めてるんですか?貶しているんですか」
「どっちでもない、本心」
「え、普通だったら、どうして県令が私にこんな素敵な服を⁉とか、そういう反応をするのでは? よく知りませんが乙女心が高鳴るみたいな?」
「乙女心もうない。しわくちゃ。お洒落の為に我慢したくないし、別に注目を集めたくもない。むしろ呉疾医の服着て男装してた方が楽しかった」
「貴女、本当に変な人ですね」
「ありがとう」そう言いながら、メイは箱の中を雑に漁った。
「半袖のシャツとかないのかなぁ」
「短足の鮭とは?」
「なにそれマズそう。というか良いこと思いついた!むしろ、この服売ったら、おばあちゃん発色の服、沢山買えるし、豪華に食事できるんじゃない」
メイは色めきだった。お粥で誤魔化されている胃が、グーグーなった。
「駄目ですよ。県令ですよ。ここで一番偉い人ですよ。その服売るなんてあり得ないです」
「ちぇー、燕県令は庶民が分かってないですね。こんなの似合うわけないし、服は食べられませんよ」
いや、似合うだろう。そうボソッと呟いた思遠は、溜息をついた。
「仕方ない。ありがたく、明日から着るか」
「……僕は、燕県令に同情します」
「え? どうしてよ」
「なんでもないです。それより、僕は店に行きます」
「店? え? 事件の捜査じゃないの?」
メイは、家を出ようとする思遠の腕を、掴んで止めた。
「僕の役目は終わりました」
「でも、でも、このままじゃ、娘さん牢屋の中だよ」
「……そう、ですね」
「だから、調べてあげようよ」
「僕にも仕事や、生活がありますので」
思遠は、腕をひかれても振り返らず、メイが居る方向からすら顔をそらした。ゆるく半分だけ結いあげた髪が、ふわりと流れた。
メイは、大人しく手を引いた。
「そうだよね。確かにそうよ」
「……」
メイの言葉には、思遠を責めるような声色は一切含まれていなかったが、それが逆に思遠の表情をゆがめた。
「じゃあ、私は、今日は仕事を探しに出かけてくるわ」
「それは……どういう」
今度は出ていこうとするメイの腕を思遠が追いかけたが、彼女は駆け出し「一銭も稼げなかったらごめんね」と振り返って笑った。
「あっ、あの」
貴女にかかる金銭は、すでに県令からもらった、そう伝えたかったがメイの背中はもう遠くへ行っていた。
「貧民窟へ行くのか? 大丈夫かな」
あの貧民窟は、官吏たちも避けて通る。独自のルールがあるようだった。
思遠もこれまで、足を踏み入れたことは殆どない。
あそこの顔役の男として有名な、任侠と面識があるから、いくら何でも襲われたりなどされないと思うが。
思遠は、店へと向かう間、何度も後ろを振り返っては、ため息をついた。
「どうやって、諦めさせればいいんだ……縁坐で一族死罪なんて聞いたら、絶対面倒なことになる――」
ついに、思遠は道で頭を抱えてしゃがみこんだ。




