メイさん
「メイですか」
「そう、呼び名がないと不便だからと、県令が提案してくれた。僕にもよく分からないが、異国の字らしい」
思遠が記憶を辿りながら、見よう見まねで地面に『メイ』と書いた。その字は、まさに仲豪が書いたそのものだった。
メイは、大して興味もなさそうに「へー」と、その字を踏み消した。
「ちっとも慣れ親しみないなぁ」
「おっ、おい!失礼だろう!」
「えー、そもそも、何でさっき一瞬会った人に名前決めて貰うの? だったら私、呉疾医につけてもらいたい。なんかないの?ほら、元カノの名前とかでいいよ。あっ、元カノって前に付き合っていた女性ってことね」
「居ない!」
「居ないの⁉」
「当たり前だ」
「当たり前なの?」
「そうだ、婚前に交際などしない。そもそも、僕は結婚なんて無縁で結構だ」
「今のちょっと、ダジャレっぽかったよ」
「もういい。とにかく貴女は、今日からメイさんです」
メイの口から出てくる単語が理解できないことに慣れて来た思遠は、流すことを覚えた。
「ちょっと待って、もう一回名前呼んで」
「……メイさん?」
「はーい」
メイは、満面の笑みで返事をして、「呉疾医に呼ばれる、メイさん悪くないかも」とご機嫌に歩き出した。思遠は、指をむずむず動かして、難しい顔をした。
「呉疾医、今日は何食べる? お粥?」
「食材の買い出しの前に、寄る場所があります」
「どこ?」
「生地を買いに行きます――いえ、貴女、裁縫はできますか?」
「裁縫?雑巾とか縫うやつ?」
「絶望的ですね。仕方ありません。とりあえず綺麗な古着を買いましょう」
「ん? 服買ってくれるってこと? 呉疾医!」
喜びのあまり、メイが両腕を広げ思遠に抱き着こうとしたが、「近づかないでください!」と拒否されたので、思遠の代わりに何もない空間を抱きしめた。
「呉疾医は可憐派?知的派?それとも、妖艶な感じがすき?」
無視して歩く思遠に、メイが問いかける。
「なんとなくだけど、全部好きそう」
思遠のコメカミが、ピクピクと動いた。
「私はねぇ……そうだなぁ、頑丈で汚れが付きにくくて、着やすくて、動きやすい服が好き」
「多分ですけど、かつての貴女は、ヒラヒラした、動きにくい服を着てたと思いますよ。多分ですけど」
「呉疾医、メイさんって呼ばないの?」
「普通、呼びません」
「何のための名前よ」
「名を呼びあうのは、相当親しい友人や、恋仲の男女くらいでしょう」
「へー、じゃあ、呼ばないけど、教えてよ呉疾医の名前」
「貴女の家族が見つかって、お別れするときに餞別として教えて差し上げます」
ふふん、と勝ち誇ったように思遠が鼻で笑った。




