うちの助手
「ど、どうしたら……」
思遠は、その場にとどまり、狼狽えていた。魏泰は面白そうに笑い、貧民窟の人間たちは、巻き込まれたくないとばかりに散った。
「逃げきれるの?」
「どうでしょうか、外に出られればあるいは……」
この国では都市は城壁で囲まれ、その出入りには、門番によって見張られている門を潜る必要がある。しかし、この都は他の都市とは少し趣が違う。最初から計画されて作られた、整えられた都市と違い、商業の発達とともに徐々に外に広がっていった。都市の中を、大きな運河が通り、小さな川も何本も流れている。そのことにより、都市は発展しているが、大きな川はリスクも背負っている。つい先日、大雨による影響でいくつかの護岸が削られ川を通している城壁が数か所、壊れた。
「……あっ」
思遠が、小さくつぶやいた。
狐顔官吏と、少年官吏はもう姿が見えなくなって、豚顔官吏は、少し先で地面に座り込んでいる。
「どうしたの?」女が問うと、思遠が彼女に耳に顔を寄せた。
「いえ、城壁の門を閉じるように指示しなくていいのかなぁって思って」思遠の言葉に、しー、と指を立て女が頷いた。
「全く、何て事をする!」
息がやっと整った豚顔官吏が、娘に向かって歩いてくる。相手は老人だ。すぐに捕まって戻ってくると考えているのか豚顔官吏に焦りはみられない。娘は、地面に膝をついてギュッと体を縮こまらせている。
「殺人犯を逃亡させたお前も同罪だ!」
豚顔官吏が足を上げて、娘を踏みつけるように蹴ったので「ちょっと何すんのよ!」と女が豚顔官吏に突進した。
「やめろ……」思遠の静止の腕は間に合わず、肩を押された豚顔官吏は体勢をくずし尻もちをついた。
「貴様!」
豚顔官吏が腰に下げた刀に手をかけた。それでもなお、女は顎を引いて官吏を睨みつけた。
「すいません。すいません。まっ、待ってください」
追いついてきた思遠が謝りながら頭を下げている。
「う、うちの、助手が大変失礼な態度を……申し訳ありません」
女の前に立ち、再び深々と頭を下げる思遠に、女も冷静になったのか、しゅんとして顔をそらした。
「官吏に逆らうとは良い度胸だ。一緒に捕まえたっていいんだからな!」
「本当に申し訳ありません。すぐカッとなるみたいで」
「だからってなぁ!」
「なぁ、官吏さん。こんなことしてて良いのか?」
会話の外に居た魏泰が、ひょいと参入してきた。
「は?」
「下手人が逃亡したんだ。あれだろ、報告しねぇとならないだろ?色々とよ」
「っ⁉」
豚顔官吏は、飛び上がった。
そうだ、大変だ。と右往左往したのち「呉疾医、その女を牢へ連れて行ってくれ、俺は行く!」と走り出した。
「は、はい」
気は進まない様子で思遠が頷いた。
ちらりと娘に目をやると、起き上がった彼女は神妙な様子で頷いた。




