心配性な男
思遠の借りている部屋は狭い。この地域では、豪族の住むような屋敷を“宅”、平民の住む住居を“家”と呼んでいるが、思遠の住んでいる地域の家は、もはや小屋に近かった。貧民街よりは、よほど人間らしい生活ができるが、最低限の設備しかない。いわゆる低所得者の多い地域だ。
結局、あれから女は遠慮なく食し、あまつさえ酒を注文した。そして、満腹になると店で船をこぎ始めた。「うそだろ……一杯しか飲んでないのに⁉下戸なのか」じゃあ、なぜ飲んだ、と文句を言いながら、思遠は仕方なく女を背負い、家まで帰って来た。
男なら、そこらへんに置いてきただろう。しかし、さすがに若い女性を置き去りにするわけにはいかない。送っていく家も分からない。
「なんで、こんな事に……」吐く息と共に愚痴が止まらなかった。
しかし、その度に、先ほどまで彼女が真摯に働いていた姿が浮かび、その体を背負いなおした。
「頼むから、家で死ぬのだけは勘弁してくれ……」
一台しかない粗末な寝台に女を寝かせ、靴を脱がせ上掛けを掛けた。そして、自分は椅子に腰かけ机に伏せた。燭台に火を灯し、ひと息つくと、すぅ、すぅと女の寝息が聞こえてくる。
「そうえば、女性と二人で夜を過ごすなんて、良くないのでは?」
突如、閃いて外に出ようかと立ち上がった。思遠は、奥手な男だった。医官として勤めていた時代、同僚たちが女性のいるお店に繰り出す時も、ひたすら本と医学と向き合っていた。女という生き物とは、患者の女性としか接してこなかった。
家から出ようとしたものの、今度は患者としての彼女が気になり、その寝息を確かめに行った。
頭の外傷が悪化して、大きないびきをかき出すのでは?
心配になり、頭上にあげている女の片腕に目をやり、脈を取った。
「脈状は、細く、やや弦……血虚、寝不足か」
「……んん」
「っ⁉」
女の体動に、思遠は慌てて寝台から離れ、隠れた。そして、隠れている自分に疑問を抱いた。
「僕の家だぞ……」
蚊の鳴くような小さな声で文句を言う。
「まったく……なんて、迷惑な」
すっと立ち上がり、威張るように胸を張って、もう一度寝台を覗き込んで、蝋燭を近づけて、彼女の顔色を窺った。
まぁ、問題ないだろう、と頷いて、再び机に戻る。
そして、ズズズ――片手で机を引きずり移動させ、椅子を手に取った。
彼女に背を向ける配置で、ドカッと乱暴に腰かけた。
何かあればわかるように――彼女の寝息に耳を欹てた。




