26 実山椒の佃煮
「マスター、妻の田舎から送られてきたんだけど、これどうやって食べるの?」
何やら段ボール箱を持ち込んだ客が、その中から小さな緑色の実がたくさん入ったビニール袋を取り出して見せてくれた。
「お、実山椒か。奥さんどうしたのよ?」
「内緒だけどな、痔の手術で入院中。実家には言ってないらしい」
「それは、お大事に。そんで、これどうしたいの?」
「俺に出来そうなら作ってみるけど、難しいならお願いしたい」
「難しくはないけど、かなり面倒くさい」
あ、無理だな。と言う顔をしていた。
「面倒ならお願いしたい」
「報酬は?」
「それを半分と、この中から選んでくれ」
僕も一緒に箱を覗き込んでみた。中には山菜がたくさん入っている。
「タラの芽は天ぷらにすれば食べられる。ミズもさっと茹でて簡単だな。蕗はどうする?さっと茹でて、水にさらしながら皮をむいて、そんで調理だな。筍の処理は知ってるか」
社長は、さらっと下処理方法を説明していた。
「どれも無理そうな。ははは。俺、実山椒の佃煮が食べたいんだけど、他全部置いていくから頼まれてくれない?」
「奥さんには許可取ったのかよ?」
「無理そうならマスターに作って貰えって、妻に言われた」
「そうかい。今日は無理だから、作っておくよ。タラの天ぷらだけ食べていきな」
「ありがとう!」
社長は、ささっとタラの天ぷらを作っていた。
「なあ、一抹君、明日の午前中に実山椒の佃煮を作るの手伝わないか?」
「はい!手伝います! それって、山椒の実なんですか?何か、良い匂いがしますね。ミカンの皮みたいな」
「ミカン科だからな」
翌日の日曜日の午前中。
「母に話したら、ぜひ覚えてきて家でも作って欲しいと言われました」
「お袋さん忙しいから、こういうのを作ってる暇がないんだろうな」
僕の母は、朝から晩まで仕事をしている印象が、他人からもあるらしい。実際に、いつ休んでいるのだろうと僕も思っている。
「まずは、大まかなゴミを取り除いたら水で洗う。湯を沸かし、5~6分ほど茹で、冷水に取り、1時間くらい水にさらす」
「まだ面倒そうな所はありませんね?」
「そうだな。さらしている間に、ボールに水を張って枝から実をもいでいく。ボールを3つ用意して、枝付き、枝無し、作業用と使い分けると良いぞ」
「茹でる前に取ったらダメなんですか?」
「それでも良いぞ。ただ、茹でても結構取りにくいが、茹でる前は、さらに取りにくい」
小さな粒を枝から外すのは、確かに面倒そうだなぁと、このときは軽く考えていた。
「まあ、やってみよう」
「はい」
社長は、枝付きのまま重さを量っていた。200gほど有り、「丁度良いか」と言っていた。
「100gずつに分けたから、最初からやってみると良い」
「はい」
水に入れて洗い、汚れを落とし、沸騰した湯で5分程茹でた。
ざるで湯を切り、ボールの水に放つ。
「この、枝を取るわけだが、軽く引っ張ると取れるのは大きい枝だけで、この実から直接出ている枝は取れない。多少は入っていても良いんだが、なるべく取り除くのが望ましい」
「はい」
実際にやってみると、なかなか取れない。小さくて扱いにくい上に、実と短い枝が強固にくっついている。
「うわ、本当に取れませんね」
「これでも、茹でてあるから少しはましなんだよ」
「確かに大変だぁ」
きちんと取り除いたつもりでも、実として取り分けたボールを見たら、枝付きの実が入っている。
「うわ、なんで?」
「その程度なら、構わないぞ」
カランとドアベルが鳴り、誰かが来た音がした。
「あの、忘れ物を取りに来たんですけど、何か作っているんですか?」
パートさんだった。
「実山椒の佃煮の予定だ」
「うわ! 私も手伝ったら、味見させて貰えますか?」
「そりゃ大歓迎だ」
「家に電話してから手を洗ってきます!」
聞こえる電話は、楽しそうに作ることを報告していた。
「何をしたら良いですか?」
「この、実から出ている枝を取り除く作業だ」
「はい。これは、やりがいがありそうですね!」
何て前向きな発言。
社長はボールに水を汲みに行ってしまった。
「えーと、一抹さん、ボールが3つなのは何でですか?」
「枝取り前、枝取り後、手に貼り付いた枝を取り除く水です」
「どうもありがとうございます」
「えーと、僕の方が年下なので、敬語とかさん付けの必要はないですよ?」
「ふふ。でも私の方が後輩なので」
このパートさんは、確かに僕より後から入ったけど、小学生のお子さんがいるらしく、多分30代くらいだ。
「いやー、牧野さん、助かるよ」
「それは良かったです」
お名前は、牧野さんと言う。牧野さんは細かい作業に手慣れているのか、僕よりもかなり早かった。
「早いですね。何かコツとか有るんですか?」
「ビーズ細工とかするので、小さな物をつかむことに慣れているのかもしれません」
「成る程、枝を取り除く前提で作業を考えていましたが、まずは小さな物をつかむことを意識するべきだったんですね」
僕の発言にこちらを見て、一呼吸置いてから話し出した。
「頭が良い学校に行っているとは聞いていましたが、何やら解釈が、私の考えの及ばない世界観です」
なんだろう?僕の言葉が分からないと言う意味なのかな?
しかし、粒と枝をしっかりつかむことを意識して作業すると、少しだけ上手に取れるようになった気がした。
もくもくと作業を続け、1時間くらい経った頃、やっと枝が取り終わった。
「うわー、予想より大変だったぁ!」
「おつかれさん。一粒かじってみて、辛さ具合が丁度良ければそのまま煮るし、辛いようなら、さらに水にさらすんだが」
僕と牧野さんは、一粒食べてみた。
「ん? うわ、辛い。舌がビリビリする」
「大分辛いですね」
「そうか。ならもう少し水にさらしておこう」
ボールの水を変え、少し時間を置くことにした。水は多めに入っている。
「社長、質問しても良いですか?」
「お、何だ?」
「茹でる前に量って200gくらいでしたが、枝を取ったら重さが変わりませんか?」
「良いところに気付いたな。茹でると、だいたい枝を取る前くらいの重さになるから、まあ、丁度良いんだよ」
「そんなことが!? なんだか、良くできているんですね」
「1時間くらい置くから、蕗の皮剥きでもするか?」
「はい」
「あ、私も手伝います」
蕗は一番大きな鍋で、切らずにさっと湯がくように茹でていた。
「作業中以外は、水に入れておいてくれ。蕗のアクは軽い毒だから、しっかり水にさらす必要があるんだ。それに、下茹でが甘かったり、しっかり水にさらさないと色が悪くなったりするんだよ」
皮の剥きかたを教わり、蕗の皮も全部剥いた。
「皮を剥くから、長いまま茹でるんですね」
「そうだな。切ってしまうと、剥く手間が倍になるからな」
なんだかんだ1時間ほどかかり、蕗の皮剥きが終わった頃、社長の奥さんがやってきた。
「あれ?蕗剥いてくれたの?」
「ちょっと時間調整にな」
「えーと、太いのだけ貰って良い?」
「構わないぞ」
社長の奥さんは、なぜか太い蕗だけを選んで切って持ち出した。
「太さで何か違うんですか?」
「おはよう、光明君。太いのはお菓子に使おうと思ってね」
「蕗がお菓子になるんですか!?」
「簡単に説明すると、ここから何度か水を変えて茹でて、砂糖漬けを作ります。パウンドケーキに入れたり、ケーキの飾りに使ったりするのよ」
「和風のおかずしかイメージにありませんでした」
アンゼリカと言う名前で菓子材料売場に売っているのは、中身は蕗らしい。日本には、本物のアンゼリカは輸入できないそうだ。
「そろそろ実山椒を佃煮にするぞ」
佃煮自体は、とても簡単だった。調味料を量り入れ、焦がさないように弱めの火で煮詰めていくだけだ。
実山椒 100g
酒 45g
醤油 40g
味醂 55g
砂糖 10g
水 100ml
出来立てを少し冷まして食べさせて貰ったけど、ピリ辛で美味しかった。




