16 焼き鯖の押し寿司
「おはようございます。焼き鯖の押し寿司、大人気でした!」
「それは良かったわね。おはよう光明君」
サラマンダーの前に居た奥さんが、振り向いてこちらを見た。
「それで、可能なら詳しい作り方を教わってきて欲しいと言われたんですが、可能ですか?」
「構わないわよ」
僕は、話していて重大なことに気がついた。昨日って、水曜日だしお店休みだったのではないだろうか? だから、調理場に調理担当の山田さんや他のパートの人が誰も居なかったのだろうと。
「あの、昨日って、本当はお店休みで、僕のために用意して待っていてくださったんですか?」
「あら、気付いちゃった?ふふふふふ」
社長の奥さんが笑っているところに、社長がやってきた。
「気にすんなー。あの後たくさん作って、何処かへ持って出掛けて行ったから、半分以上自分のためだったと思うぞ」
「そうなんですか?」
「あら、バレちゃったのね」
商店街の婦人会の集まりに差し入れしたらしい。
「詳しい作り方は、どこから教えたら良いかしら?」
「組み立てた時お話しされていた、ガリの作り方からお願いします」
「良かった。鯖の釣り方からだったらどうしようかと思ったわ」
「え」
冗談を言ったらしい。僕が呆気に取られていると、社長が笑っていた。
「鯖は、塩サバを買ってきて焼いたら良いわ。ガリもお手軽に作るなら買ってきたものでも良いし、旨味を足したいなら、白炒り胡麻をご飯に混ぜると良いわね。高菜の代わりに大葉を使ってラップフィルムで巻けば、家庭でも簡単に出来るわよ。お店のは、生鯖をさばいて塩サバにしてあるんだけど、そこから説明する?」
教えて貰えるなら、聞いてみたい!
「一応聞くだけ聞いても良いですか?」
笑顔で頷いていた。応じてくれるらしい。
「良いわよ。買ってきた生の鯖は三枚下ろしにして、腹骨等もすきとり、身を崩さないように骨抜きで小骨を抜きます。半身に対して小さじ1くらいの塩を身側が多めに両面に振りかけます。トレーにキッチンペーパーを敷き、その上に鯖をのせ、冷蔵庫で一晩置き、滲み出た水分を綺麗に拭き取り、皮を上にしてサラマンダーで焼きます。家庭なら、魚焼きグリルとかオーブントースターでも焼けるわよ」
「え、オーブントースターですか?」
魚の切り身が、食パンと場所を争っている何かシュールな絵面を想像した。
「付属の天板にクッキンクシートを敷いて焼けばくっつかないし両面焼けるし。ただし、あまり使うと焼いた食パンが魚臭くなるけどね」
それは、母に怒られそうな気がする。先ほどの絵面に母が加勢して、食パンが勝った。
「ガリは、新生姜を用意して、綺麗に洗って、薄切り用スライサーで繊維にそって薄切りにして、2分程茹でてからしっかり水を切って、塩を振りかけて少し待って、さらに水分をしっかり絞って、瓶に入れて軽く解して、少し甘めの甘酢を作って熱いうちに漬け込んで、2~3日置くと良いわ」
「新生姜って、普通の生姜とは違うんですか?」
「出来たばかりの色の綺麗な柔らかくて辛みの少ない生姜よ。新生姜に対して普通の生姜は、ひね生姜と呼ぶわね。今売っている新生姜はハウス物ね。露地物は9月から10月頃出回るわ」
生姜は新旧で名前が変わるらしい。
「八百屋さんで売っていますか?」
「八百屋でもスーパーマーケットでも売っていると思うわよ」
「探して買ってみます」
放課後。
学校の帰りに新生姜を買い求め、家で作ってみることにした。
「ただいま。光明何作っているの?」
キッチンで新生姜を洗っていると、母が帰ってきた。
「あ、おかえり母さん。ガリ、新生姜の甘酢漬けだよ」
「へえ。習ったの?」
僕の横から覗き込んできた。
「うん。あのさあ、甘めの甘酢って、どうって作るの?」
甘酢の配合を聞いてくるのを忘れてしまったことに、今さら気がついたのだ。
「基本配合の砂糖を増やしたら?」
「あ、そんなんで良いんだ」
母は、僕が見たことがないスライサーを出してきた。
「これ、薄切り幅が調節出来るから、ガリを作るなら使うと良いわよ」
「ありがとう!」
「手を切らないように、注意して使ってね。手伝いが必要な時は声をかけてね」
「うん」
綺麗に洗ったつもりだったけど、大きく切り分けたらまだ汚れが残っていた。もう一度洗い直す。
枯れた感じのところや、茎の先端を切り捨て、すっかり綺麗になった新生姜を、たて向きにスライスしていった。
厚みがあるうちは簡単だけど、薄くなってくるとスライスするのが少し怖い。手を切らないように細心の注意を払い、一塊あった新生姜を全てスライスできた。
電子ポットから鍋にお湯を注ぎ、鍋をガスコンロの火にかけた。すぐに湯が沸き、スライスした新生姜をきっかり2分間茹で、ザルにあけた。
菜箸で新生姜をザルに広げ、塩をかけ、少し混ぜてから放置。
甘酢の材料を量り、砂糖は酢の半量よりも大分増やしてみた。大体100対75くらいだ。少し白だしの素も加え、鍋に用意した。
新生姜をギュッと絞り、水分を捨てたところで瓶を用意していない事に気がついた。
「母さーん」
「どうしたの?」
右から振り向いて呼んだら、左側にいたらしく、すぐそばで返事をされ少し驚いた。
「保存瓶って有る?」
「ガリを入れる瓶?」
「うん」
「耐熱性のジッパーバッグに入れて作ると、空気に触れずに良いわよ」
耐熱100度のジッパーバッグを出してきてくれた。しかも、適当な容器を使い、ジッパーバッグが自立して口を空けるようにセットしてくれたのだ。
「ありがとう!」
「どういたしまして」
僕は絞ったガリをジッパーバッグの中に入れ、鍋の甘酢に火をかけた。
沸いた甘酢を注ぎ入れジッパーを閉めると、空気がたくさん入ってしまった。液体だけなら空気も簡単に追い出せるけど、液体が入ってきてのびのびと大きくなった新生姜が邪魔で上手く空気が抜けない。
「空気を抜きたいの?」
「うん。何か方法がある?」
母は、細いストローを持ってくると、ストローを袋の端に挟み、ジッパーをギリギリまで閉め、ストローから空気だけ抜くと、ジッパーバッグを上手く閉めた。
「凄い!」
「これね、慣れるまでは、間違って中身吸っちゃうのよ」
2日後の昼(土曜日)
ご飯を炊き、前日に買ってきた塩サバを魚焼きグリルで焼き、ご飯を酢飯にし、ラップフィルムに、焼き鯖、作ったガリ、紫蘇、白ごまを混ぜた酢飯を重ねてのせ、包み込んだ。
手で押さえるのは無理がありそうなので、のり巻きの巻きすで巻くようにして押さえ込んでみた。そのまま30分置き、一番切れる包丁でおっかなびっくり切ってみた。
最初の一切れは上手く切れた。包丁を濡れ布巾で拭い、次も切っていく。想像よりは綺麗に切れていく。慢心したのか最後は崩れてしまったけど、おおむね上手に出来た。
「母さん、作ってみたから食べてみて」




