15 カラオケに行こう
「一抹君! 今度皆でカラオケに行くんだけど、一緒に行かない?」
学活のあと、前の席の市瀬君が声をかけてきた。
「誘ってくれてありがとう。予定はいつ?」
「一番多忙なのは一抹君だから、むしろ予定を聞いてから決めようと思ってさ」
最初に予定を確認してくれたらしい。何ともありがたい。
「そりゃありがとう。月水金は8限まで、火木は9限までだから、それ以降なら皆に合わせられるよ」
「なら、月水金のどれかで皆に予定を聞いてみるよ」
「ありがとう。よろしく。期待して待ってる」
「うん。期待してて!」
市瀬君は、その場で数人に話しかけていた。僕は少し遠い教室に移動なので、返事をしている人を横目に慌てて教室を出た。
来年は、僕も音楽系の何かを取りたいと思う。必須の選択授業で、書道、音楽、美術に分かれるところ僕は書道を取ったので、これから書道の教室に行く。市瀬君は、音楽らしい。作曲や楽器の演奏が大変だと言っていた。
翌日には、決定を教えてくれた。
次の水曜日に18:30現地集合で、場所がよく分からない人は、18:20校門の前に集合となった。僕は場所が分からないので、校門前に集まって連れて行って貰う予定だ。現時点での参加者は、6人らしい。週明けにならないと予定が分からない人がいて、その人が参加になると7人になるそうだ。
非常に楽しみだ。友達とカラオケだなんて初めてだし、勉強とアルバイトばかりで、高校生らしい青春も楽しまないと。ってポロっと漏らしてしまったら、横で聞いていたクラスメイトが「ちょー、一抹って、そういう感じなんだぁ」と、変に感心されてしまった。どうやら僕は、割りと怖がられていたらしい。カラオケや遊びに誘っても来ないタイプだと思っていたそうだ。
まあ確かに、生徒会を断ったし、いつも忙しいけど、遊びに興味がないわけではなく、何でもしっかりやってみたいので、中途半端になることをしたくないだけなのだ。
「あの、一抹君もカラオケに参加するの?」
「その予定だけど」
クラスの女子から尋ねられた。もしかして参加者なのかな?
「カラオケ好きなの?」
「好きかどうかは分からないよ。何せ初めてだから」
「え? 初カラオケなの!?」
「うん、そうだけど……」
もしかしてダメなのかな?
「そうなんだぁ。一緒に楽しもうね!」
「うん。ありがとう」
初めてはダメなのかと、一瞬焦ってしまった。この女子は確か、河相良子さんだと思う。
歌は大事だ。転生先で苦労したけど、日頃から歌っていないと歌えなくなる。つまり、どんなにたくさん曲や歌を知っていても、音楽を伝えられなくなるのだ。楽器は、基礎を習いたいと考えているけど、何を習うのが最適か検討中だ。平民が手に取れる楽器には限りがあるだろうし、構造的に考えても、打楽器、弦楽器、吹奏楽器、鍵盤楽器の順ではないだろうか。
「一抹ぅ、楽器の経験は?」
「義務教育のリコーダーと鍵盤ハーモニカくらいだよ」
「中学の部活は?」
「1年時はサッカー部だったんだけど、事故で入院した期間が長くて補習受けてたから、部活免除されてた」
「なにそれ! 免除とか有るんだ!?」
「2年生のほとんどは、入院していたからね」
「そんなに酷い怪我だったの?」
「半年目覚めなかった」
「え、えー! そりゃ、大変だったね」
「まあ、親が大変だったよ。僕は、その間長い夢の中だったからね」
「どんな夢見てたの?」
「異世界に転生して、何もできなかった夢」
「なんだそりゃ?」
聞いていた回りの全員が、興味をもって聞き耳を立てていたらしく、分かりやすく首をかしげていた。
「高魔力持ちに生まれたけど、前世が無能すぎて前世無双できなくて、知識をくださいって神に願ったら、こっちの世界で目が覚めた」
横で聞いていたクラスメイトが「おおー。なんかスゲーな」と言って感心していた。
「あ、この場合の前世って、中学生なのか。そりゃ、本人は何でも出来るつもりで、何も出来ないよな」
「うん。当時は特に阿呆だったからね。学年で、下から数えて2~3番だったよ」
皆、あれ?という顔をした。この学校の偏差値は高い。
「え、そこから『ここ』に入ったの!?」
「うん。頑張った」
「凄いね。あ、だから、選択たくさん取ってるの?」
「うん。学費も変わらず、材料費だけで習い事が習えるからね」
「成る程!俺も来年工芸系何か取ろうかな」
「何かが出来上がるのって、楽しいよね」
「そう考えれば、習うのが正解だな」
チャイムが鳴り席に着くと、担当教科の先生がやってきた。
後日(週明け)
「明後日のカラオケ楽しみだな」
「何か持ち物とかって有る?」
「そうか、カラオケ初めてらしいな」
「うん」
「自分が歌いたい歌を考えておくの以外なら、お金くらいだぞ。タンバリンとか無料で借りられるし、飲み物も食事もなんでも売ってる。持ち込みも出来るから、飲み物を持ち込む人と、フリードリンクを頼む人に分かれるかな」
「持ち込みって、食べる物もOKなの?」
「お店に設置があるのはフリードリンクの機械だけで、食べ物は厳密には、入り口の売店で買う映画館みたいな方式だから、違法な物以外大丈夫」
「へえ。じゃあ、なにか持っていこうかな」
「そうなの? 期待しておくよ」
期待されたので、火曜日の昼までのアルバイトの時に社長の奥さんに相談してみると、水曜日の集合時間の前の空き時間に寄ったら良いと言われた。短時間で作ることが出来る何か秘策があるらしい。
翌日。
授業が17:50分に終わり、走って店に行くと、扉の先には用意を終えたらしき社長の奥さんが、ニコニコで待っていた。
「さあ、光明君、焼き鯖の押し寿司を作るわよ!」
「はい!」
時間的に、社長は既に仕込みに入っているので、邪魔にならないように店の方で作るらしい。
切れ目の入った押し寿司の型、酢飯、焼いた鯖、高菜の漬け物、ガリ、押し寿司をしまうパック、全てが揃っていて、作るだけに用意されている。
焼いた鯖は生の鯖ではなく、塩サバと言う軽い塩漬けの鯖だそうだ。
「まずは、型に皮目を下にした鯖を面が埋まるように2枚のせます」
「はい」
しっぽ側が細いので、上手く面が埋まるように組み合わせた。型が3つ有るので、同時進行で作っていく。
「少し甘めのガリをのせ、高菜を広げてご飯を包み込むようにのせます」
「はい」
このガリも、お店で仕込んだものらしい。社長の奥さんは簡単そうに作っていたけど、ご飯の量などが結構難しい。
「おうちで作るときは、大きい高菜が用意できないと思うので、紫蘇の葉でも良いです。押し寿司の型がなければ、ラップフィルムでも、パウンドケーキの型にクッキングシートでも良いです」
何とか追い付き、形になった。
「形になるように押し、少し置いてから軽く濡らした包丁でカットします。ラップフィルムで巻いたときは、ラップフィルムごと切ると、形が崩れずに切れますが、切りそびれのラップフィルムが残ったりしないように、良く研いだ包丁を使ってください。今日は置く時間がないので切って貰います」
時間を置いてからでないと、切りにくいらしい。なので、今日は社長が切ってくれるそうだ。
僕がじっと見ていると、社長は簡単そうに切り分けて、パックに詰めてくれた。
「おう、出来たぞ」
「ありがとうございます!」
18:20の待ち合わせに間に合うように、走って学校へ戻ると、市瀬君が校門の前で待っていてくれた。
「市瀬君、お待たせしました」
「どこ行っていたの?」
学校の外から来た僕を不思議に思ったみたい。
「アルバイト先に、ちょっと作りに」
「えー、出来立ての何か?」
「うん!」
カラオケのお店まで少しだけ歩き、学生証を店員に見せ、部屋に案内された。
「一抹君が、何か作ってきたらしいよ」
「え、何々?」
「あ、仕込みはしてないけど、仕上げだけ手伝った焼き鯖の押し寿司です」
「お寿司なのに、焼いた魚なの?」
河相良子さんが、不思議そうに聞いてきた。
「うん、生じゃないよ。僕も食べたことはないんだけど、お弁当で売り出すと、一番に売れて無くなる程人気なんだよ」
「へえ。味見させて貰える?」
「社長の奥さんが、みんなで食べられるようにって、2人前持たせてくれたから、まずは一切れ。美味しかったら、残りも食べれば良いと思うよ」
「じゃあ、一切れ貰い。モグモグ……何これ! 物凄く旨い!」
食べる前は、食べられるかを心配していたけど、一切れ食べたあと、残りを誰が食べるかで争奪戦になった。
最初12切れあり、参加者は7人だ。残りは5切れ。平和にじゃんけんをして勝者が決まり、焼き鯖の押し寿司は歌を歌う前に食べ終えてしまった。
「なあ本来、1人前が一抹君の分で、もう1人前を分けるんだったんじゃないのか?」
市瀬君が、今気付いたように呟いた。
「確かに。良し、一抹君の分の食事は、みんなで分けよう!」
「それが良いな」
それぞれが用意していた食べ物を、みんなが分けてくれた。
歌の方は、1曲歌ったあとは みんなの歌を聞いて感心した。みんな上手いのだ。慣れなのかな?僕も慣れたら上手くなるのかな?




