伍
「さて、数珠は此の奥か……」
社に入った途端、魔徒以外の気配を感じていた。
気配は二つ在った。其のどちらも、並の手練れではない。今の自分では、手に負える様な相手では無いのは瞬時に理解った。
其の内の一つが、此方に接近していた。緊張が全身を駆け廻る。下手をすれば、瞬きの遑も無く殺され兼ねない。香流羅は懸命に、生き残る術を探った。全身を伝う冷や汗と、焦りばかりが纏わり附く。
「珍しい事も在るな。此処に、人間の来客が在るのか?」
何時の間にか、もう一つの気配が背後に在った。
振り返り身構える。
「止めておけ。私達に、闘う意志は無い。其れに、お前では勝てん」
魔徒では無い。人でも無い。此の気配は、神に近しかった。邪悪な氣は、全く感じられない。
「お前等は一体、何者だ?」
警戒を強めながら、攻撃の機会を窺う。不用意に掛かれば、此方が死ぬ事に成る。
其れだけの手練れが、二人も居る。闘うのは得策では無かった。だが、退く訳には往かない。
「按ずるな。私達は、敵ではない。見ての通り私は、半神半人の半端者。其処に身を潜ませているのは、私の従者だ。菴、姿を現せ!」
女に言われる儘に、狐面を付けた小柄な女が姿を現した。全く隙が窺えなかった。
「私の名は舞織神楽。一応、今の世に馴染む為に、女子高生と謂う奴をやっている。此処は、一時的に寝床として使っているだけだ」
邪気や悪意は、全く感じられなかった。
女の言葉を信じる訳ではなかったが、嘘ではない様だ。其の人懐っこい笑顔に、自然と心が緩みそうに為る。
「俺は此の奥に在る物に、用が在る。通らせて貰うぞ」
「別に止めしないが、止めておいた方が身の為だ。此の奥には、魔徒がうようよ居る」
気配から、十や二十ではない事は解っていた。此処に来るまでに、随分と体力が消耗している。
だが、退く気は無い。
「忠告は、無用だ。何が在ろうが、俺は目的を果たさねば為らん」
「なら、菴を連れて行け。きっと、役に立つぞ」
信用は出来ないが、此の先の気配から、一人では危険なのは解っていた。
「面を取れ。素顔を見せん奴は、信用ならん!」
「此れで、満足か?」
狐面を取ると幼い顔が、顕わになった。
妹の刹那よりも、幼い。仏頂面で在ったが、可愛らしい顔をしている。
僅かだったが、香流羅の警戒が緩んだ。正確には、油断しているのだ。其れが、命取りに成る。
「直ぐに警戒を解いては、いかんな……」
僅かに生まれた隙を衝いて、菴は小太刀を抜いていた。
太刀筋が、見えなかった。気付いた時には、喉元に切尖を突き付けられていた。菴が其の気で振り抜いていれば、首を斬り落とされていただろう。
——成る程な。
自分の弱点は、油断をする所に在る様だ。
神と同じ言葉と刃を向けられて、今の自分では二人に勝てない事を悟る。
「菴、刀を納めよ」
女に従う菴。主従関係は明白で在った。
「そう言えば、御主の名を聞いて無かったな?」
微笑を浮かべる女。
美しい顔をしていた。此方を見据える瞳には、穢れの一切が感じられない。
「御法院香流羅だ」
「では、香流羅よ。無事に帰って来る様、呪いを掛けてやろう」
女が手を翳すと、香流羅の全身を温かい光が包んだ。今の所、二人は自分に味方してくれる様で在った。
菴を連れて、香流羅は社の奥深くへと消えて行った。




