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咎人の詩  作者: 81MONSTER(日本を代表する怪物)ポンコツ犬のタナトス
第十三話【正義】

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 賑やかな喧騒に紛れて、男の怒声が響き渡る。


 秘めやかなネオンに包まれたキャバクラの店内。其の奥のテーブルで、柄の悪い男がサラリーマン風の二人組と揉めていた。


 男の年は二十代半ばと言った処で在ろうか。仕立ては良いが、皺の付いたスーツに身を包んでいた。派手な色をした短髪。褐色の掛かった肌。厳つい顔を、憤怒の表情に歪めている。


 堅気の人間には見えない其の風貌。だが、ヤクザでもない。


 所謂いわゆる、半グレと呼ばれるチンピラだ。


「てめぇっ……今、俺の顔を見て、笑っただろがっ!」


「そんな事、有りません……」


 サラリーマン風の一人が、怯えた表情で声を震わせる。


 男に胸座むなぐらを掴まれて、サラリーマン風の一人は完全に萎縮していた。


 男に殴られたのか、白いシャツが赤黒く染まっていた。


 瓜倉燈かくらあかりは、慌てて男を取り抑えに掛かった。其の眼は正義感に溢れていて、恐れの感情は一分いちぶも無かった。


「君、止めなさい!」


「何だ、てめえ……やんのかよ。警察だからって、嘗めんなよ!」


 男は完全に酔っ払っていた。


 燈は店から通報を受けて、駆け付けて来た警察官で在った。大体の人間は、燈の制服を見た途端に大人しくなる。警察に逆らっても碌な事に為らないからだ。


 だが、男は逆上して、抵抗して来た。


「殺すぞ、くらぁっ……」


 殴り掛かる男。


 燈は難なく拳を左手で払い退けて、右手を男の腕に絡み付ける。半身を捻って、男の腕を後ろ手に廻して、抑え込んでいた。


 警察官は通常、柔道を会得しているのだが、燈の動きは古武術の物で在った。燈の実家は、江戸時代から在る流派の道場を開いていた。


 其の為、幼い頃から、兄と共に武道を習っていた。


「……いでででっ。解った、解った……解ったから、離してくれ!」


「暴行罪、及び公務執行妨害で逮捕します」


 燈は手際良く男に手錠を掛けていた。其の眼は真っ直ぐで、澱みは一切も無い。


 遅れてやって来たもう一人の警察官が、燈を見て溜め息をついていた。


「お兄さん、運が悪いね。こいつ……犯罪者と成ると誰彼、構わず逮捕するから」


「新垣さんは、甘いんですよ。犯罪を犯せば、どんな罪で在っても償わなければいけないんです!」


 燈は正義感に溢れた青年で在った。


 どんなに小さな悪で在っても、摘み取るべきだと考えていた。其れ故に、警察官の道を選んだのだ。


 其れなのに燈は、警察官と言う職業に憤慨していた。


 市民の平和を護り、悪を取り締まるのが警察官の仕事だ。其の警察官がヤクザと馴れ合い、互いの利益を貪り合っていた。


 相手が犯罪者で在っても、権力に靡き金に尻尾を振る同僚。正しい者が悪と看做みなされ、悪しき者が正者とする現実。


 不正が跋扈ばっこして、横領や汚職が闇に葬られる実体。其れ等の事柄に成す術がない無力な自分。


 そんな日常に吐き気がする程、腹が立った。何よりも、自分自身に腹が立った。


 ——なら、俺が総ての悪を裁いてやろうか?


「どうしたんだ、燈?」


「いえ、何でも有りません」


 何処からか、声がしていた。


 男を連行しながら、燈は不穏な気配に身構えていた。


 ——悪が憎いんだろう?


ああ、憎いさ……」


 燈は無意識の内に、声に答えていた。


 ——ならば、我を受け入れるが良い。そうすれば、全ての悪を一掃してやろう。


 燈の体を、黒いもやの様な物が覆っていた。だが周囲の者は、其れに気付いていない。


 どうやら、燈にだけ見えている様だった。


 ——どうした。我を受け入れよ。そうすれば、お前の望みは叶うぞ?


 聞こえて来る其の声は、正義とは対極に位置する様な気がした。


 何処かおぞましくて、邪悪な気配を感じていた。


 其れは燈に取って、尤も忌むべき存在で在る。


 声の気配は得体が知れないが、其の邪悪な本質を本能的に理解していた。


 悪に染まるつもりは、毛頭なかった。


「断る。俺は、悪には屈しない」


 淀み無い口調。迷い無き声音。


 己の正義に堅実で実直な燈は、正に警察官のかがみの様な存在で在った。


 故に警察官には向いていなかった。


 幾ら正当に己の正義を振り翳そうとも、社会に於いては異端と成ってしまうからだ。現代の日本人は、少数派マイノリティを敬遠する傾向に在る。皆、長い物には巻かれたがる。冒険を避け、無難を良しとする。堅実に生き、安定を求めるのだ。だからこそ、正義なんて事は二の次どころか、疎かにされて忘れ去られている。


 故に燈は周囲の人間から、変わり者として映っていた。


 規律や規則に縛られた警察組織の中では、燈の思想は危険視されてしまうだけで在った。


 もしも今が乱世の時代ならば、燈は間違いなく英雄に成れたで在ろう。


 しかしながら平時にいては、英雄とは危険分子と成り得た。


 故に燈には、出世の道は無かった。元より燈には、出世欲が無かった。


 在るのは、悪の根絶と言う使命だけで在る。


 悪が憎かった。


 気が付いた頃には、燈の周囲の靄は消えていた。


 男をパトカーに乗せて、真っ直ぐに見据える。一点の曇りも無い視線を受けて、男は狼狽うろたえていた。


「今更、後悔するなら初めからグレるな!」


 叱責を受けて、男は黙り込んだ。


「罪を償って、しっかりと公正しろ。お前は、だ若い。今なら、引き返せる。人に顔を背ける様な生き方はめろ!」


 男が何処でみちを踏みたがえたのかは解らないが、人生はやり直しが利く。


 死ぬ気で変わろうと思えば、どんな人間にだってチャンスは必ず訪れる。


 してや男は、未だ二十代だ。将来の可能性を己の手で潰すのは、余りにも勿体ない。


「アンタに、俺の何が解るんだ……」


 ぼそり……と、洩らす。其の声は、卑屈に染まっていた。はっきり謂って、男は負け犬だ。そんな男を燈は好きには為れない。


 酒の席で管を巻き、他人に暴力を振るう奴は屑だ。人の迷惑を顧みない人種に、明日は無い。愛の無い人間。自分の事ばかり考えている人間に、幸せは訪れない。目的意識も無く只単に、其の日を生きているだけの者には到底、光なんて差しはしない。


「お前みたいな負け犬、理解わかりたくもない。だが、悔しくないのか? 腹立たしくないのか? 糞喰らえな日常。底辺の世界で、野良犬の様に彷徨さまよう自分。夢も希望もなくて、真っ暗な未来。変えたいとは、思わないのか?」


 男は何も答えなかった。自分と重ね合わせて、余計に苛立ちが加速して往った。自分は負け犬なんかでは、絶対に終わらない。必ず事を成してみせる。


 男が只、拳を強く握り締めているのを、燈は見逃さなかった。悔しさが無い者に、希望は生まれない。


「おいおい……其れぐらいで、勘弁してやれよ」


 新垣が堪り兼ねたのか、制止の声を掛けて来る。


 燈は溜め息をついただけで、其れ以上は何も言わなかった。




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