玖
叫び声を上げながら、刹那は魔徒に挑み掛かった。
だが並以下の動きでは、当然ながら魔徒は捉える事は叶わない。
祈りの詩の効果からか、魔徒は反撃して来ないが、依然として途を遮っている。
眼前の魔徒を斃さなければ、萌の元には行き着け無い。
そして何時、魔徒が凶暴性を取り戻すかも解らない。
急がなければ、成らなかった。萌を助けたい一心から、刹那は剣を振るい続けた。
少しずつ削られていく体力。次第に凶暴性を取り戻しているのか、周囲を取り巻く邪気が強まっていく。
萌を助けたい。
既に数体の魔徒が、神楽や菴を襲い出している。
——必ず、護るんだ。
刹那の腕を、小さな魔徒が噛み付いていた。
激痛が迸った。
複数の魔徒が、刹那を襲う。
次々に凶暴性を取り戻す魔徒達。
「嫌ぁッ……痛いッ……止めてッ!!」
悲鳴を上げる萌。
遂には魔徒が、萌に喰らい附いていた。
「萌ッ……!!」
絶望が、静かに刹那の心を撫でていく。
萌を喪いたくない。
——絶対に、嫌だ。
自分は、どうなっても良い。自分の全てを捧げてでも、萌を救いたい。
其の想いが——祈りが、刹那の力を目覚めさせる。優しく目映い光が、刹那を中心に瞬いた。
其の場に居る全ての魔徒が、行動を停止させていた。
「刹那ちゃん……《正者の剣》を、私に衝き立てなさい!!」
何時の間にか《正者の剣》が、暉耀いていた。
謂われる儘に、《正者の剣》をタリムに衝き立てた。
白く穏やかな暉が、刹那の背に戦騎の翼を喚装させていた。純白の翼が、とても美しい。優しい暉に包まれていた。不思議な感覚に捉われていた。自分の身体を、強い力が流れ込んでいるのが理解った。
「貴方の誠の祈りが……《正者の剣》を通して、私に力を与えてくれたわ。此の儘、私に身を預けていて」
「解ったわ。だから、萌を助けてあげて。御願い!!」
タリムの翼が、羽撃いた。
僅かに浮かび上がる刹那。
「刹那ちゃん。祈りを籠めて、詠い続けていて。其れが、私の力に成るわ」
——萌を護りたい。
皆を護りたい。
其の想いが、祈りと成った。祈りは暉と成り、力と成った。
其の力は、戦騎の力を大幅に増幅させる。
タリムの翼から、無数の羽根が四方八方へと飛散した。
校舎内に存在する全ての魔徒に目掛けて、羽根は弾丸の様に飛び交っていく。白い光の筋が、幾重にも折り重なる其の様は美しかった。複雑に飛び交うタリムの羽根が、次々に魔徒の群れを撃ち滅ぼして往く。刹那の行く手を阻んでいた大きな獣も、萌を取り囲んでいた魔徒達も、悉く滅して往く。
戦騎の羽根も又、霊石が用いられている。刹那の祈りに依って、更に硬度を増しているのだ。羽根の弾丸が、全ての魔徒を捉え討ち砕いていく。そして祈りの詩に依って、等しく浄化されて往く。
全ての邪気が消えて、刹那の喚装は解けた。
全身を包む虚脱感。
萌の無事を確認して、安堵する。
神楽も菴も、どうやら無事の様だ。
萌の傷を、癒さなければ成らない。
「待ってて、萌……今、そっちへ行くわ!!」
「其れは止めておけ」
突如、背後から声を掛けられる。
「貴方はッ……?」
現れた男に、刹那は見覚えが在った。
夢の中に顕れる光の騎士だ。幾度となく繰り返し、夢に現れている。遠い過去の記憶に、靄が掛かってはいるが、男の姿だけはハッキリと憶えている。
「月詠が言っていた『器』とは、矢張り君だったか」
優しい眼差しを、刹那に送る光の騎士。そして、腰に提げた短剣を引き抜いた。其の刃が、無慈悲な光を放っている。
「彼女をお前達に、渡す訳には往かない!」
愕然とする刹那を他所に、光の騎士は萌へと斬り掛かる。
「止めて!!」
刹那の悲鳴と共に、金属音が成り響く。
「遅れて、済まない!!」
突如として顕れた羅刹が、光の騎士の剣撃を受け止めていた。
「何故、止める。お前も、騎士の端くれだろう?」
「刹那の友を斬る事は、此の俺が赦さんッ!!
真っ直ぐな視線を、光の騎士に向ける羅刹。其の眼には、迷いの色は感じられない。
「俺にも曾て、友がいた。そいつと刃を交え、最期には刺し違えた。今は後悔している。だからこそ、刹那が友だと信じる者を、斬らせる訳には往かない!!」
「ふん……だが、其の女は人では無い。魔徒どもを操って、此の騒ぎを起こした元凶だ!!」
羅刹の短剣を払い、間合いを取る光の騎士。
「譬えそうだとしても、萌を斬らせない!!」
庇う様にして、萌の前に立ち開かる刹那。
「刹那……貴方、どうして?」
萌が不思議そうな眼差しを向ける。
「どんな事が在っても、私達は友達だよ……萌」
刹那の頬を、涙が伝う。
「貴方、言ってたでしょう。周りに、どう思われたって構わない。だって私は、私で居たいものって。私は……彼の時の貴方の言葉に、救われたんだよ。嘘だらけに囲まれる教室の中、貴方だけは本心を曝け出して、凄いなって思ったの。貴方のあの言葉に、嘘は無いって信じてる。私達は、ずっと友達だって信じてるわ!!」
刹那の真っ直ぐな瞳。
萌の頬を、涙が伝っている。
「私は……」
目を伏せる萌。
「此処は退け。手負いで勝てる程、俺は甘くは無い」
羅刹が戦騎を喚装していた。
光の騎士は短く溜め息をついて、短剣を鞘に納めた。
「勝手にしろ……」
踵を返す光の騎士。
「ごめんね、刹那……」
俯いた儘、萌が呟いた。
空間が歪んで、萌の姿が消えた。




