捌
「さて、そろそろ終わりにしようか」
静かに言葉を紡ぐ竟。残された時間は余り無い。しくじれば、死を意味する。時が制止した様に、静かだった。
己の名は、終りを意味する。終り——詰まる処、其れは命の終焉を指す。
闇に墜ちた物は皆、等しく生にしがみついた者達だ。己が冠する名は【終焉】で在る。
闇に墜ちた者。
闇に染まりし者。
其れ等の者に、終焉を齎す為に自分は存在する。
闇を斬り、闇を照らす一筋の光。『最強』を携えて、金色に耀く獅子。
【金獅子】の名を、先代から引き継いだ時から、己の使命は決定付けられている。
今の己は戦騎、其の物だ。
戦騎と同化し、鬼神化している。間違い無く『最強』の存在と謂えるだろう。
金色に染まり耀く大剣を構えて、靡隕螺を見据える。
靡隕螺の纏う炎は、どす黒く染め上がっていた。其の炎の密度は、異様に濃い。靡隕羅とて、無事では済まない高温を纏っている。全く、化物染みた男だ。戦騎騎士でも無いのに、如何にして此れ程の力を有したのか理解に苦しむ程だ。
一撃を放つ時間しか、今の自分には残されていない。
だが、其れで充分だ。
一撃、在れば——全てが、事足りる。
先に動いたのは、靡隕螺の方だった。
灼熱の炎が己を捉える依りも早く、金色の大剣が靡隕螺を斬っていた。
炎は消え、喚装は完全に解けていた。
全身を包む途方も無い虚脱感に、僅かにだか竟は安堵していた。未だ人で要られた事に、安心していたのだ。
業火に染まる血飛沫を上げて、靡隕螺は倒れていた。意識を失いながらも、小刻みに痙攣している。
間も無く、其の命は終わるだろう。
「糞っ垂れがぁッ!!」
短剣を握り締めながら、背後を振り返る。
何時の間にか、出狗が息を吹き返していた。今の自分に、闘う力は殆ど残っていない。だが其れでも向かって来るの為らば、退く訳には往かない。
「未だ……俺は、死んでない……。さぁ、続きをやろうッ……」
息も絶え絶えに、死に損ないの態で出狗が睨み付けていた。
眼が死んでいない。此の男は何れ、強く成る。生かしておけば、脅威と成り得る。
——全く。大人しく寝てれば良い物を何故、立ち上がって向かって来るのかが解らなかった。
「其れが、侍って物よ……坊や」
突如として、聞き覚えの在る女の声が、竟の耳を掠める。
「勘弁してくれよ、全くッ……今日は、厄日か?」
声のした先には、月詠が居た。
【皇渦陸仙】の一人で在る。
「靡隕螺……貴方、男の癖して、案外だらしないのね?」
ゆっくりと靡隕螺に歩み依ると、月詠は蹴飛ばした。
「……ッ?」
どう言う訳か、靡隕螺まで蘇生して立ち上がる。
「あらぁ……坊や。何を驚いているのかしら。私は術士よ。くたばり損ない共を、ちょっと蘇生させただけじゃない?」
妖しく嗤う月詠。
此の上なく厄介だった。
此方は満身創痍。
加えて戦騎の喚装は、暫く出来そうに無い。
此の面子を相手取るのは、自殺行為だった。
其れに、月詠の使う術は得体が知れない。単細胞の靡隕羅とは違って、頭も切れる。どう贔屓目に見ても、勝ちの目が見付からない。
「安心なさい、坊や。此れ以上の争いは無用。間も無く『器』は、覚醒するもの。其れに、手負いの獅子は恐いわ……」
妖艶な笑みの奥には一体、何が見えているのだろうか。
【先詠の月詠】には、未来を詠む能力が在る。
此の上なく厭な予感しかしない。
「ほら……貴方達、帰るわよ」
臨戦態勢を執って、此方を睨み続ける出狗と靡隕螺。先程から、ずっと機を窺っている。
僅かでも気を抜けば、襲い掛かって来るだろう。
『此の借りは、必ず返してやるッ……必ずだ——良いな?』
出狗と靡隕螺の声が重なる。
空間が歪み出していた。
「間も無く彼の御方が、復活なさるわ。坊や……其れまで、長らえた命を大事にする事ね」
耳障りな高笑いを残して、三者は共に消えた。
朦朧とする意識の中で、校舎に目を遣る。此の奥から無数の魔徒の気配がした。其れに混じる様にして、神聖な存在を感じた。恐らく《捧ぐ者》が居るのだろう。自分が鬼神化した時に、慥かに詩が聴こえた。祷りの籠った詩だった。自分が闇に墜ちなかったのも、詩の影響が大きい。
未だ、倒れる訳には往かない。
辛うじて意識を繋ぎ止めながら、竟は歩き出していた。
確かめなければ為らない。此の騒ぎの元凶が何を意味しているのか、自分は知らなければ為らない。




