19
拝啓
お姉ちゃんへ
この度は全日本障害者馬術新人選手権大会聴覚障害の部での優勝おめでとうございます。お姉ちゃんの実力ならば当然の結果とも言えるかもしれませんが、優勝は優勝、おめでたいことです。「白龍」号もよく頑張ってくれました。ご褒美に大好物の蜂蜜をいっぱいあげてやってください。優勝楯はもう悠季子さんにも見せてあげましたか。連絡は既にしていると思いますが、乗馬服で楯を持った写真なんかも送ってあげると喜びもひとしおなのではないかと思います。どうせなら私が撮ってあげましょうか。お姉ちゃんの携帯より私の携帯の方が画質がいいですから、私の携帯で撮ってお姉ちゃんに送ってあげます。うちのお母さんにもどうせなら送ってあげると喜んでくれると思います。私から送るよりも、お姉ちゃんから何か一言添えて送ってあげると喜ぶと思います。
分母の小さい障害種別の新人戦とはいえ、コンセルヴァトワールから上野さんに続いて二人も優勝者が出るのは例の無いことだそうで、先輩方も顧問の先生方も大層喜んでいました。日頃から練習を見て下さっているトレーナーさんたちは上野さんやお姉ちゃんの実力をよく知っていますから、喜びに浸るというよりはむしろ自分の確信を強めたというような反応を見せていましたが、上野さんやお姉ちゃんのことをトレーナーさんたちなりに祝福しているのだとは思います。それだけではなく、根岸の競馬場を貸してくれている中央競馬や、補助金を出してくれている馬術協会の方からも、馬術振興の成果としてお祝いの言葉が寄せられているそうですから、すっかりマネージャーが板についてきた灯子さんに聞いて一つ一つ確認しておいた方が良さそうです。
実際、あれは見事なドレッサージュでした。新人戦であそこまで綺麗なパッサージュのできる高等部学生はいないでしょう。大抵は馬の技量に任せて誤魔化しが入るところですが、お姉ちゃんはちゃんと指示が出せていて、修正も利かせられていて、「白龍」号との息がぴったりと合わせられていましたね。私などはまだ歩様の切り替えにも苦労する身ですが、お姉ちゃんはやすやすとハーフパスまで決めて見せて、最早羨ましいと思う気にもなれません。まだ始めて七ヶ月しか経っていないのですから、多少覚えたてて荒削りな点はあって当然ですが、それをおくびにも出さず淡々と規定の運動をこなしてみせるのは人馬共に素晴らしいの一言です。
総合馬術の上野さんと馬場馬術のお姉ちゃんとでは単純に比較や並置できるものではありませんが、二人とも同じくらいすごいことをやっているのだなと傍目には思います。二人とも私の自慢の姉と友人です。上野さんにはみんなでお祝いをあげたので、お姉ちゃんにもみんなでお祝いをあげようと思います。私が音頭を取るので、何が貰えるか期待して待っていて下さい。来月の忘年会は二人の祝賀会も兼ねて盛大に催されるそうで、それも今から楽しみなことの一つに数えていて下さい。私には縁遠い話ですが、優勝とはかくもおめでたいことなのですね。
どこからどうして新人戦の結果など聞きつけたのか、会長さんまでお姉さんの優勝おめでとうと私に言ってきました。今度会ったらお姉ちゃんにも直接お祝いの言葉を頂けると思いますので、そのときはちゃんと倣いを使ってその声に反応してあげてください。筆談よりその方が会長さんも喜ぶでしょう。障害者のスポーツ分野での活躍なんて会長さんの好きそうなテーマですから、プロパガンダに使われないように距離感は気を付けてくださいね。この間も視覚障害のある稲塚さんがトロンボーンのコンクールで入賞したのを、機関紙からSNSまで使って盛んに書き立てたのがプロパガンダのいい例です。いくら聖園会の目標には共感すると言っても、あそこまで露骨に持ち上げられたらむしろ恥ずかしいぐらいです。
コンクールと言えば、来月の合唱コンの練習はいかがですか。四組は『瑠璃色の空の下で』でしたか。作曲科や楽理科、プロデューサースクールの集まるクラスで曲目の決定がずいぶん紛糾したと聞いていますが、落とし所が江川太郎左衛門だったというのはどうなのでしょう。もっとこう、ドイツ語の讃美歌のような曲にならなかったのでしょうか。私たちは歌わないのですが。一組は『蒼鷺』です。こちらは特に問題なく決まりました。私はお飾りですが指揮科の方から指揮者の役を譲って貰いました。指揮者としてみんなの前に立つのは初めてですが、教わりながらなんとかやってゆこうと思います。お姉ちゃんはもちろんピアノ伴奏の座を射止めたとと聞いています。お姉ちゃんほどの名手に伴奏して貰えるクラスの皆さんが羨ましいです。
声楽科のクラスが常に上位を取る訳でもないらしいのがコンセルヴァトワールの合唱コンの不思議なところです。あるいは壮大なレクリエーションプログラムであるが故に、技術的な正しさや美しさだけではない、クラスの一体感や曲目選択の面白さのような別の評価基準が用いられているのかもしれません。どのみち県民ホールの大ホールを学校行事のために貸し切るなんてことはコンセルヴァトワールでないとできなかったことでしょう。レクならレクで楽しみきりたいと思います。二組の灯子さんに五組の上野さんはあまり乗り気でなかったようですが、歌える方々には歌えてしまうなりに憂鬱があるようです。特にプロデューサースクールの上野さんは入試でソルフェージュも通っていませんから、歌唱に対しての苦手意識も強いようです。
コンセルヴァトワールのクラスは七年間変わりませんから、大学部のクラスほど上位を取る傾向にあるのは当然ですが、一回生のクラスだって上位を取ることも優勝することだってできなくはないはずなのです。そう言っていたのは国語の佐々木先生です。あまりにもざっくばらんとした性格の先生ですが、私はあの先生の言うことは結構的を射ていると思います。要するにイベントの目的を考えて臨めということが言いたいのだと思いますが、その目的は開催事項の冒頭に明示してあるのですから、結局ちゃんと対策をして臨めという単純明快なことを言っていることになります。うちのクラスの合唱部員たちがそのあたりは熱心なので、ちゃんと調べて練習に反映させてくれることでしょう。
合唱コンの舞台では制服を着なければなりませんが、コスプレみたいで私はあの制服はあまり好きではありません。高島屋で仕立てるには仕立てましたが、入学式の後は箪笥に吊るしっぱなしにしています。箪笥の容量を圧迫しているので、実家に送ってもいいとさえ思っていたところです。緑が基調のブレザーが社会主義国家の陸軍軍人を思わせるのはまだいいとして、ワイシャツの襟と袖に刺繍が入っているのが恐ろしくダサいです。制服を常用している人もいる中で失敬な話ですが、私には到底理解できないセンスです。これならまだ詰襟と芋っぽいセーラー服の方がまだましだったというものです。京都のコンセルヴァトワールは確か完全私服制でしたから、横浜もそれに倣ってしまえばいいのにと思います。
あの制服で四十人、舞台に並んで合唱するのを想像してみてください。漫画原作の映画のワンシーンか、社会亜主義国家の国家的行事か、どちらにせよ自分がそこに立つと思えば悪い夢のような光景ではありませんか。それともまさか整理整頓の好きなお姉ちゃんは案外あの制服を気に入っていたりするのですか。もしそうだったら申し訳ないことですが、それでもやはり私にはあの制服はセンスのいいものとは思えません。それを承知で入学したのだろうと言われても、あの制服が着たくて入った訳ではありませんし、指揮者だからと言って一人だけなんとか私服で通す道は無いのでしょうか。無いのでしょうね。残念です。
お姉ちゃんへのお祝いの手紙なのに、結局いつもの近況の話題になってしまい申し訳なく思います。申し訳ついでにもう少し話を繋いでみると、お姉ちゃんはもう来春の高校生作曲コンクールにエントリーするという話は本当ですか。この間富田先生に会ったときに伺いました。一回生の内からコンクールに出るなんて、いかにも音楽学生らしいことではありませんか。曲目は何で臨むのでしょうか。お姉ちゃんの得意なリートやソナタですか、それともコンチェルトやシンフォニーに挑戦するのですか。管弦楽法はまだ習い初めでほとんど独学に近いと思いますが、ちゃんとスコアは書けますか。お姉ちゃんには余計な心配とは分かっていても、お姉ちゃんが初めて世に出る機会ですから、不安になってしまいます。
これまで私に作ってくれた曲だったり、学校の課題で作ってきた曲を聞けば、お姉ちゃんが全国に通用する実力を持っていることは明らかですが、それでもクラリネットソナタやピアノソナタ、単声部のリートといった比較的シンプルな編成の曲しか聞いていない以上は、大編成の管弦楽についての実力は未知数です。正直に言えばお姉ちゃんの強みを活かせる領域で勝負すべきであると思いますし、コンセルヴァトワールにはあと六年も在籍するのですから、徐々に複雑な曲目に挑戦してゆけばいいというのは素人考えでしょうか。ともかくも最初は激戦が予想されるとは言え、ピアノソナタやクラリネットソナタで挑戦するのかいいのではないかと思います。
管弦楽に挑戦するに当たっては、それこそ上野さんにプロデュースして貰うとか、編曲に関する経験と知識を積んだ人に力を借りるとかして、何でも一人でやりがちなお姉ちゃんがそのこだわりを捨てて臨まなければならないような気がしています。お姉ちゃんには確かに才能があります。ですがそれは今のところ手の届く範囲での才能だと思います。ピアノも作曲も、お姉ちゃんが意のままにできる範囲のものです。少し手を伸ばして届く範囲がクラリネットソナタや馬術で、私やトレーナーさんたちといった専門家の力を借りて手が届く範囲なのだと思います。オーケストラという個人の手の届く範囲を超えた難物を相手にするには、理論や知識だけではなくて、誰かの力を借りなければならないのだと考えます。残念ながら今の私ではその役割を果たせそうにはありません。
私も作曲法をかじり始めたばかりですが、オーケストレーションはまだまだ先の目標に過ぎません。まずはカデンツァを自在に吹ける、弾けるようになることが目標です。そのために今は和声法や編曲法を苦心惨憺して学んでいるところです。これまで通り感覚だけでやっていたら到底お姉ちゃんの影を踏むことさえできないと強く感じています。それでもお姉ちゃんの挑戦に際して何の助けにもなれないことは、家族としても恋人としても心苦しいことです。私よりずっとお姉ちゃんに近い位置にいる上野さんが羨ましくて仕方ありません。お姉ちゃんに甘えることしか能のない女でいたくないと思っていても、見通し可能な将来に渡ってお姉ちゃんの役に立つ道が見えないのを知ると涙を禁じ得ません。
ですからどうかお姉ちゃんは私以外の人を頼ってコンクールに向けた準備を進めて行ってください。作曲科の先輩や先生でも構いませんし、上野さんでも他のプロデューサースクールの学生でも構いません。例え今の自分に手の届く範囲で勝負しようと考えたとしても、です。そうすることがこのコンセルヴァトワールにおける勝ち筋だとは思いませんか。お姉ちゃんがリセではなくコンセルヴァトワールに来た理由が私だけであって欲しくはないのです。灯子さんや上野さん、富田先生や林田先生のような人々との出会いこそがコンセルヴァトワールに来た理由になっていて欲しいと思うのです。そうしてその出会いをお姉ちゃんの成長のために使って欲しいのです。
私も試験の際にピアノ伴奏を灯子さんに頼んだりしていますし、副科のピアノの練習に付き合って貰ったりもしています。灯子さんとの出会いが私のコンセルヴァトワールに来た理由の一つになっていることは疑いありません。お姉ちゃんは周りの人々との出会いをそのように考えたことはありますか。何でも一人でできてしまえて、何でも一人で決めてしまいがちなお姉ちゃんだからこそ、もっと周りの人々に目を向けて欲しいのです。今のお姉ちゃんの世界に彩りが無いと非難する訳ではありませんが、周囲の才能に目を向けることで、お姉ちゃんの世界がより彩り豊かなものになると思っているからこそ、こう言っていることを理解してください。
どう言おうとしても月並な一般論しか並べられないのがもどかしいです。遂にはお姉ちゃんを説き伏せようとしているような文面になってしまいましたが、その意はほんの少しも無いのです。私はただ、お姉ちゃんがコンクールに出ると聞いて、その勝ち筋を一緒に探そうと思っただけなのです。お祝いの手紙の中でこうしたことを話すのは無遠慮だったのに違いありません。一度ちゃんと謝っておかないといけませんね。本当にごめんなさい。そのうえでやっぱり、お姉ちゃんにはその作家性を活かすためのプロデューサーが必要だと思うのです。私は何度も言いますが上野さんをお薦めします。何よりも意思の疎通が図れますし、作編曲の腕も確かだと聞き及んでいます。ルールを理解して攻略の筋道を立てるのが得意なことは馬術部でも活かされている通りです。
お姉ちゃんと上野さんが直接話をつけるのが望ましいですが、何でしたら私が間に入って交渉しましょうか。友達付き合いの延長としてではなく、上野さんの初仕事として依頼する訳ですから、報酬も用意して、正式な手続きも踏んで、契約書も取り交わさなければなりません。お姉ちゃんがやった方が遺漏無く進むかもしれませんが、私が言い出したこと、手を付け始めたことですので、最期までやらせて欲しいという気分もあります。上野さんがプロデューサーならば、私はせめてマネージャーの役割でも果たせて行けたら、少しは貢献できるのかなと思います。まずは私たちの方で上野さんにプレゼンテーションできる内容を詰めて、それから私が上野さんに手紙を書いて、契約できないかどうか聞いてみたいと思います。
内容が二転三転して、結局いつもの手紙になってしまいました。改めて障害者馬術新人戦の優勝に対するお祝いの言葉をここに述べさせてもらいます。本当におめでとうございます。家族として、恋人として、お姉ちゃんの今後の活躍を末筆ながらお祈りしています。今日も一日お疲れ様でした。明日もお姉ちゃんにとって良い一日でありますように。
敬具
十一月二十四日
秀子




