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拝啓
上野・アイナ・ローマン=ナルヴィさんへ
霜秋の候、上野さんにおかれましてはますますご清祥のことと拝察申し上げます。
「蒼龍」号とのコンビもますます息を合わせ、人馬一体の境地に近づいているものと存じます。来月の学生総合馬術大会にもエントリーされて、大学部の学生と早くも手合わせの機会を得られたようですね。上野さんならば胸を借りるぐらいのつもりだとか、現在のレベルの確認だとかに留まらず、大学部の先輩方を退けて上位を攫ってゆくぐらいの気持ちで勝負に臨んでゆけばいいと思います。
上野さんには初めてお手紙差し上げます。普段から話す仲で改めて手紙を出すというのも何だかかしこまった感じがしますが、今日は折り入ってお願いしたいことがあって、あえて筆を執らせてもらいました。直截に言えば上野さんにプロデュースの依頼をさせて貰いたいという話です。プロデュースして欲しいのは私の姉である小椋麻優子です。姉が高校生作曲コンクールに出場するに当たって、戦略企画・立案・執行から楽曲制作、プロモーションまでを一気通貫に担って頂きたいと思っています。これは友達付き合いの延長としてではなく、上野さんの技量を見込んでの正式なお仕事の依頼です。恐らく上野さんにとっても初めてのお仕事になると思われますので、もちろん正式な契約書も交わしますし、成功報酬も用意させてもらいます。
いきなり何かと思われるのは当然です。まずは私たちの考えをご説明できればと思います。私たちの方では既に議論を重ねており、上野さんにプレゼンテーションできる内容を詰めてきました。この手紙の後で改めて対面でご説明したいと思いますが、生憎私たちは口が利けませんので、この手紙で可能な限りご説明した上で、詰めの質疑の機会を持てればと思います。こちらのペースで話を進めるようで恐縮なのですが、まずは私たちの話を聞いて頂ければと思います。
今年の十二月から来年の三月にかけて、東京で全日本音楽教育振興会主催の「第四十六回(二〇一四年度)高校生作曲コンクール」が開催されます。目的は「次世代の優れた音楽的才能を発掘、育成すると共に、国内外における活躍の場を提供することにより、これからの音楽教育の発展に寄与すること」とされ、十五歳から十八歳までの高校生・高専生を対象としています。十二月二十四日までに楽譜を提出して、譜面審査の上、来年の三月に本選演奏会が東京文化会館で催されます。一位から五位までが入賞、その他入選が通例三名、奨励賞が一名、審査員賞が一名決定され、来年の夏頃に入賞・入選作品披露コンサートが行われます。歴代の優勝者には山室慎一、井上伊佐夫、守屋健、長谷川公子といった、将来の有名作曲家が名を連ねる名門コンクールです。
課題曲は十分以上二十分以内の曲で、シンセサイザーを除いて使用できる楽器に特に制限はありません。ただし声楽を用いる場合日本語の歌詞(ヴォカリーズ可)で三声部までとなっています。提出可能なのは未発表曲に限られ、一人一曲までの制限がかかっています。例年の応募総数は約百六十名で、本選進出者数は十二名の狭き門です。姉は今回バスクラリネット組曲第一番でこれに挑戦しようとしています。編成はピッコロ一、フルート二、オーボエ二、クラリネット二、ファゴット一、ホルン四、トランペット三、トロンボーン三、テューバ一、打楽器(ティンパニ、トムトム、小太鼓、大太鼓、シンバル、シロフォン、ヴィブラフォン)、ピアノ一、バスクラリネット一、弦五部です。曲は三楽章構成で、それぞれ約五分、六分、九分の変ホ長調、ハ短調、変ロ短調の調性音楽となっています。
第一楽章は曲想を提示するフルートとクラリネットの絡み合う動機から始まります。ジャズ組曲風の第一主題、第二主題が提示された後、バスクラリネットの独奏が始まり、ソナタ形式で展開された後、コーダで華やかにクライマックスを迎えます。第二楽章はアダージョで、ミュートしたトランペットによる序奏の後、ピアノによるポリリズムの主題が提示され、和風のエピソードも挿入されながら楽器のかけ合いが続き、バスクラリネットのアルペッジョの中でオーケストラが主題を変奏し、一気に最終楽章にまで雪崩れ込みます。第三楽章はアレグロ、バスクラリネットの技巧的な独奏とピアノによる、まるでバスクラリネットソナタの小品のような提示部から始まると、嵐のような主題の展開へと続き、怒涛の勢いでフィナーレへと持ち込まれると、スラップスティックな祝祭的混乱に陥ったオーケストラをピアノとバスクラリネットが取りまとめるというポストモダンな香りを匂わせて終わります。
そこまでできていながら、残り三週間余りの突貫作業で何を頼もうと考えているのか、と不審に思われるのは当然です。ピアノとバスクラリネットによる原曲版がほぼ完成して、後はスコアに起こすだけという状況ですから、単に完成させるだけなら後一週間もかからずにできることでしょう。ですが私たちは、今回の勝負に勝ちに行くために専属のプロデューサーを立てることが必要であると判断しました。理由は単純に経験不足を補い、マイナスをゼロに合わせてゆくことに加え、ゼロからプラスに持ってゆくためにコンクールという市場を分析し、戦略的見地から戦術、作戦次元を統制する参謀の存在が不可欠であると考えたためです。
上野さんにお願いしたいのは、今回のコンクールのニーズ分析と、それを基にした編曲プランの提示、譜面の装丁、推薦状の調達その他一切の楽曲プロデュースに付随する事項及び入選以上の結果を残した場合における楽曲プロモーションの一切となります。もちろん姉も私も上野さんが企画・立案した事項の執行を担うつもりではあり、上野さんにはその全体指揮を執って頂きたいと思っています。一つの楽曲を一からプロデュースして頂くのではなく、途中からの参加をお願いするのは、なんとも慌ただしい限り、かつ不躾なお願いであるとは承知の上で、是非とも上野さんの力を貸して頂きたく思います。
上野さんはこれまで音楽経営理論の他、経営戦略論、音楽事業論、音楽評価論、音楽表現行為論、作編曲理論、知的財産法、会計理論その他の学業において優秀な成績を修め、かつこれらの演習・ワークショップにおいても傑出した成績を修めているいるものと伺っています。二回生からは音楽経営論特別演習としてプロデュース実習が始まりますが、上野さんならば一回生の内から他者をプロデュースできるだけのポテンシャルがあると私たちは信じています。このことは何も私たちだけがそう考えているという訳ではなく、上野さんの主任指導教員である谷山先生も仰っていたことでもあります。
谷山先生は上野さんのことを非常に高く評価されていました。一回生の内からここまで優秀な学生は二十年に一度しか現れないとまで仰っていました。私たちが上野さんにプロデュースを依頼したいと相談すると、上野さんができそうならいいんじゃない、やってみれば、と二つ返事で承諾を頂けました。そのため後は上野さん次第です。これからの学業や部活動に支障が出そうならばお断り頂いても構いません。来月は学生総合馬術大会も控えていて大事な時期であるのも重々承知しています。そのうえで無理を押してお願いします。上野さんはそれが可能な人だと私たちは信頼しています。
思えば上野さんは最初に出会ったそのときから何でもできそうな雰囲気を漂わせていた人でした。仮入部で最初に出会ったときのことを覚えていますか。ジャージの似合わない、私より背の高いプラチナブロンドの美人さんに、私たちは驚いて、最初は留学生が来たのかと固まってしまいました。上野さんも口の利けないだんまりの姉妹に遭遇して最初はさぞ困惑された様子でした。お互いにファーストコンタクトが困惑から始まったことを考えると、今はずいぶん仲良くなれたものです。上野さんが、上野・アイナ・ローマン=ナルヴィ、上野でいいです、よろしくお願いします、と普通に日本語で挨拶され、頭を下げられたのを見て、ようやく話す心配もないのに私たちは安堵しました。
翌日の見学の合間に私たちは灯子さんから上野さんのことを紹介されました。英語のクラスで会話文のペアワークをしたとき偶然隣に座っていたこと、府中生まれのスウェーデン系日本人であること、初日の仮入部は一緒に弓道部を見学に行ったこと、物怖じしない灯子さんとはすぐに意気投合して馬術部に来たこと、などなど、上野さんが話さない内から全部灯子さんに聞いてしまいました。練習後の厩舎内見学で初めて「蒼龍」号に出会ったとき、サラブレッドより二回りも大きな青毛のヴェストファーレンに私たち姉妹が怖じ気づいていた時、率先して撫でに行ったのが上野さんでした。灯子さんもそれを見て、大きいね~、などと言いながら近付いていって危うく足を踏まれそうになっていました。
灯子さんが最大級に警戒する傍ら、好物である干し葡萄を挙げた上野さんは初対面から「蒼龍」号と信頼関係を築けたようでした。私はここが苦手で、半年以上経つのに未だ「剣龍」号との信頼関係構築に努めている途中です。財部先輩も、「蒼龍」号が初対面の相手にここまで心を開くのは珍しいと感心されていました。引き馬から一人乗りに移るのも、上野さんと「蒼龍」号は一番早く、更にはプロデューサースクールの成績も成績も優秀と聞いては、この人は一体何でもできる人なのか、と思ってしまっても仕方がないというものです。
何でもできる上野さんですから、新人戦で総合馬術を選ばれたのも納得が行きました。普通は高校から馬術を始めた一回生は総合馬術なんてできないものらしいです。馬との相当の信頼関係を築いていないとクロスカントリーなんて走れないそうですから。それに加えて上野さんは馬場馬術も障害馬術もできるのですから、未だに歩様の切り替えに苦労している私からすれば、天に愛された存在か何かかと思ってしまいます。そんな天に愛された上野さんは、同じく上達の早かった姉の方とよく話されるようになりましたね。タブレットの無いときでも、ハンドサインでやり取りしているのをよく見かけます。姉は私と二人でいるときも、今日は上野さんとこんな話をした、ということをよく話題に出すのです。上野さんと話すことが姉の日々の楽しみになっているようなので、これからも付き合ってあげてください。
こんな話をしていると結局は友達のよしみで引き受けてくれと切願しているのではないかと思われるのはむしろ当然で、ちゃんと利害損得で仕事を選ばせるつもりじゃないんだろうと思われても仕方のないことです。それならそれでも構いません。友達のよしみでお願いします上野さん、私と一緒に小椋麻優子を世に出して頂けませんか。麻優子は優れた作曲家であり、日本を超えて世界に出すべき存在です。音楽家としての私がその才能を保証します。ですがまだ私に宛てた小品と学校の課題しか書いたことがありません。それでも私は麻優子が世界に誇る存在だと信じています。それは家族だからでも構いません。まだ無名の麻優子が世界に打って出るには、自ら配信機会を企画するか、コンクールに出るかしかありません。いずれにせよ信頼できるプロデューサー役が必要になります。麻優子は今回後者を選びました。ならばその道で勝ちに行く他はありません。
他でもない上野さんにお願いするのは、色々理屈を並べても、結局のところは友達のよしみなのかもしれません。馬術という間接的な繋がりであれ、麻優子の才能を認めてくれる友達にプロデュースを頼みたいと考えるのは、私の中では自然な考えです。説得が最早理屈になっていないのは承知の上です。上野さんの経験が浅いならば、麻優子の経験も浅いのです。その麻優子が勝負に出るのです、どうか力を貸してください。プロデューサーは上野さんでなければならないのです。星の巡りが回ってきたと思って、受け入れて貰えないでしょうか。
土曜の部活のお昼休みにまた詳しく説明させて貰いたいと思いますので、そのときにお返事を頂ければと思います。猶予が短くて申し訳ありません。原曲版の譜面を添付致しましたので、そちらもご覧頂いた上でご判断頂きたいと思います。スコアも仮のものを土曜日までに用意したいと思いますので、是非、忌憚の無いご意見をお聞かせ願えればと思います。またその際に、上野さんがこれまでに演習やワークショップで取り組んできた作編曲課題の成果物等もお持ち頂けるとありがたく思います。部活中は音楽の話は殆どしないので、お互いにどのような音楽をこれまで作ってきたかは知らない訳です。なのでお互いにこれまでの成果物を見せ合いながら話を進められればいいなと思っています。お求めとあれば麻優子が過去に作ってきた作品も土曜日にお持ち致しますので、明日またお聞きしますね。
長くなりましたが、どうか前向きにご検討願います。明日もまた部活の時間にお会いしましょう。最後になりますが、これまでもこれからも、上野さんのますますのご成長、ご活躍をお祈り申し上げます。
敬具
十一月二十七日
新座秀子より




