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拝啓

 

 お姉ちゃんへ

 

 おはようございます。昨日、というよりも今朝はゆっくり休めましたか。私はお姉ちゃんが帰ってからは全く眠れませんでした。目が冴えて仕方ないので、居ても立ってもいられずにペンを取ってこの手紙を書いています。これは後朝の文というものになるのでしょうか。本当なら帰った後お姉ちゃんから出すのが礼儀というものなのでしょうが、この際細かいことはよしとしましょう。今はなんだか細かいことにかかずらっていられない気分です。全身がざわざわして、どきどきと鼓動を感じて、身体の内側から揺さぶられているような、焦りにも似た感覚が充満して、気を逸らせているかのようです。

 身体を抱き締めてみると、今でもお姉ちゃんの触れた場所が熱をもって感じられるかのようです。重ねた肌のふくらみも、絡ませた指の感覚も、触れた唇の感触も、全てがじんじんと甘く痺れたような感覚に変わって、酔う、とはこういう感じなのかと思わせます。お酒の精にあてられたかのように、お姉ちゃんにあてられて私はすっかり酔わされてしまいました。この心地よい酔いが醒めてしまう前に、昨夜のことを思い返して手紙にしたためておこうと思います。

 お姉ちゃんは今私がどんな格好でこれを書いているか想像できますか。お姉ちゃんが見たら頭を抱えるような、あられもない格好のままで机に向かっているんですよ。お姉ちゃんが昨夜最後に見た姿のまま、毛布だけ羽織って机に向かっていると聞いたら、優しいお姉ちゃんは風邪をひかないか心配するかもしれません。まだ十月なので暖房こそ入っていませんが、ちゃんと暖かくしているので大丈夫です。靴下も履いたままですしね。それとも何か別の心配でもしているのでしょうか。私にはさっぱり見当もつきませんが。

 昨夜は本当にとても良い晩でした。恥ずかしくて終わった後はお姉ちゃんの顔も見れないものと思いきや、自分でも驚くほど冷静に状況を理解して、噛み締めて、心地よく甘い酔いに浸ることができました。息を整えながらお姉ちゃんの方を向くと、お姉ちゃんの方こそ私の顔を見られないかのように背を向けてしまっていたので、お姉ちゃんを捕まえると、私は無理やりこちらを向かせました。姉としていろいろと思うところがあったのか、難しい顔をしていたお姉ちゃんでしたが、そんな顔じゅうにキスを落とすとすぐにふにゃふにゃした表情に解けてくれたので、私は満足してお姉ちゃんの胸に顔を埋めました。

 最初は遠慮がちに私の頭を撫でてくれていたお姉ちゃんが、私の毛先を弄ぶ余裕を見せるようになってから、私はお姉ちゃんの手を取って話し始めました。私はこんなに自分が甘え上戸になれるのかと、自分でも驚くほど甘い言葉を並べて、お姉ちゃんを恥ずかしがらせてしまいました。私の睦言にお姉ちゃんがなかなか返事を返してくれなかったので、私はお姉ちゃんの胸に再び顔を埋めました。早鐘のように響く鼓動を感じて、私は自分の鼓動がお姉ちゃんよりずっと落ち着いているのが分かりました。私の身体が自分で思っている以上に甘える態勢に入っていることすらも、多幸感に満たされた頭で冷静に捉えることができました。

 お姉ちゃんは先に手を出してしまった責任をずっと感じているようで、私が甘えてもなかなか身も心も開いてくれず、また、私の心が分かるのが恥ずかしいのか、話をするときも倣いを使わずにいました。私は何の気なしにお姉ちゃんの尻尾に手を触れると長く伸びた上毛を指で弄びました。くすぐったかったのか腰を引いたお姉ちゃんを追いかけて身を寄せると、お返しにお姉ちゃんが私の髪をわしゃわしゃと崩してきました。それから一度深く口付けると、ようやくお姉ちゃんの表情もほころんできましたので、私はお姉ちゃんの顔に頬ずりしました。

 お姉ちゃんは私が思っているように、この夜を良い夜だったと思ってくれているのかどうか急に心配になってきた私は、直接聞いてしまうとまたお姉ちゃんが恥ずかしがってしまうと思ったので、繋いだ手に指を絡め、視線でこの不安を訴えました。上目遣いでじっとお姉ちゃんを見つめていると、お姉ちゃんも察した様子で少し目を泳がせ、それからじっとこちらを見つめ返し、指を動かすと、公徳心と責任感のある普段のお姉ちゃんからは想像もつかない甘い言葉を次々と繰り出しました。真面目な顔をしてそういうことを言うお姉ちゃんに若干気圧されましたが、すぐに心地よく酔いの回った心に言葉が染み入って私の表情がほどけてくるのが感じられました。

 お姉ちゃんは身体を起こすと、私の枕元にやってきてぽんぽんと膝を叩きました。お姉ちゃんから膝枕なんてどういう風の吹き回しだろうかと思いつつ、ありがたく乗せてもらうことにすると、お姉ちゃんは私の頭を撫でながら微笑みかけました。私も見上げたお姉ちゃんに微笑み返すと、お姉ちゃんは私のお腹に手を置いてぐるぐると回すように撫で始めました。頭と体の両方を撫で回され、お姉ちゃんの両手で甘やかされている感覚が気持ちよくて喉を鳴らしていると、お姉ちゃんは目を細めて喜んでいるのが分かりました。目を閉じて気持ち良さに浸っていると、お腹の上にしゅうこ、と書いてお姉ちゃんが私のことを呼びました。片目を空けて応えると、お姉ちゃんは唇だけでおやすみ、と言って、頭を撫でていた手で私の目蓋を閉じると、お腹をとんとんと優しく叩き始めました。掌の温もりを感じながら優しいリズムに身を任せていると、疲れ切っていた身体は沈み込んでいくように眠りへと誘われてゆきました。

 私が薄々と目を覚ましたとき、明け方の日の光が窓から差し込んで、部屋の中を薄明るく照らしていました。一人でベッドの上に寝ているのに気付いて、私の大好きな香りも温もりもそこには無いと分かったとき、私はふっと目を見開いてお姉ちゃんを探しました。お姉ちゃんは足元に立って私の様子を見ながら服を整えていて、私が起きたことに気付くと、ベッドの端に腰かけて私の頭を撫で始めました。私が目を細めてそれを堪能していると、お姉ちゃんは腰を上げてその場を立ち去ろうとしました。私はお姉ちゃんの手を捕まえて、行かないで、と走り書きしましたが、お姉ちゃんは私に布団をかけ直すと、そのまま背を向けて部屋を出て行ってしまいました。

私は寂しさや悲しさよりも、お姉ちゃんは帰った後でどうするのだろうと考えました。シャワーでも浴びに行くのか、そのまま部屋に帰って寝てしまうのか、どちらにせよ私に一晩中膝枕をしていたお姉ちゃんもゆっくり休めるといいなと思いました。私は布団の中で体を丸めて、お姉ちゃんのことをぐるぐると考え続けていましたが、やがて蓑虫のように毛布にくるまって起き上がると、先程お姉ちゃんが腰かけていた場所の隣に腰を下ろしました。目覚まし時計を見ると五時半を少し回ったぐらいで、頭の中ではもう一眠りしてもいいかと思いつつも、身体は完全に眠りから覚めてしまいました。お姉ちゃんが触れた箇所に手を触れると、じんわりと熱を持って昨晩のことが思い出されました。

 暖かなこの感覚を、酔い、という言葉で自覚したのはこのときのことでした。身体の芯から痺れるようなじんわりとした熱が手足の指先にも頭のてっぺんにも回って、口内に満ちる唾液までもが熱いお湯のように舌を浴して、自分の内側から高まる熱で全身が恍惚とした感覚に包まれ、私は思わず後ろに倒れ込みました。今日は学校がある日だというのに、それに備えて一寝入りすることなどは最早考えられませんでした。この熱を逃すまいと気が逸って、遮二無二机に向かってペンを取りました。お姉ちゃんにこの熱を伝えたくて、本当ならお姉ちゃんの部屋まで追いかけて抱き締めたいぐらいでした。

 冷たい廊下と階段が私たちを隔てていなければ、私は本当にこの熱を伝えに走って行ったかもしれません。お姉ちゃんはどんな気分で明け方の寮内を歩いて行ったのだろうと思うと、お腹の奥がずんと重くなる感覚がしました。お姉ちゃんも同じ熱を秘めて自室に帰って行ったのでしょうか。それともお姉ちゃんは私と同じようには私に酔ってはくれなかったのでしょうか。部屋に戻ったお姉ちゃんがちゃんと身体を休めてくれているといいなと思うのも本心ですが、今頃同じような熱を抱えて恍惚に浸っていて欲しいというのも偽らざる本音です。こうしてペンを取ってお姉ちゃんに語りかけることで、悪い方へ振れそうになる心を揺り戻しているというのもまた事実です。

 昨晩は本当にいい夜でした。夢のような一夜でしたし、それが夢でないことはこの身体が覚えています。単に私たちの関係がまた一つ前進したというに留まらない、もっと本質的な変化がそこにはあったのだと思います。大人になってしまえば、たかがその程度のこと、という話かもしれませんが、十六歳の私たちにとってその意味はとてつもなく大きなもので、二人だけでこの先抱えておけるものかどうかも分かりません。察しのいい灯子さんなど、私たちが尋常一様の姉妹でないことは薄々勘付いている様子ですが、今日の部活でお姉ちゃんに合うときの反応次第では、今晩何があったかまで見抜かれてしまうかもしれません。上野さんの前ではともかく、灯子さんの前ではどうにかして二人とも平静を装いましょう。

 今六時半を回って、部屋の中もだいぶ明るくなってきました。部活の朝練などでもう活動を始めている学生も大勢いる頃です。私たちも夢のような一夜から覚めて、新しい一日を始めるときがやってきました。朝ごはんをちゃんと食べて、元気に学校へ行きましょう。食堂のいつもの場所でいつも通り来てくれるのを待っています。ちゃんと着替えてから行きますので、あまり匂いは気にしなくてもいいのではないかと思います。がちがちに緊張して来てはいけませんからね。いつものように泰然とした態度をしていて下さい。むしろ私の方が顔に出やすいのではないかと心配するかもしれません。案外顔に出ない方だと自分では思っているんですけどね。

 もっとも、意識的に平静を装ったところで、十六歳の私たちにとって大きすぎる経験を積んだことが、音楽や手綱捌きに影響しないとは言い切れません。今日は月曜日なのでお姉ちゃんもピアノのレッスンがあるでしょうし、私も普段通りバンド練習があります。一夜を共にしただけで音楽的成熟がもたらされれば苦労はない話ですが、いつまでも今夜のことを意識しすぎてしまうと音にも運指にも出てしまいそうで、聞く人が聞けば瞭然に分かってしまうかもしれません。馬たちも敏感ですから、匂いや態度のわずかな変化からどんな反応を見せるか分かったものではありません。うちの馬たちが一角獣のように敏感であったなら、お姉ちゃんほど騎乗が上手くても乗せてくれなくなるかもしれません。

 会長さんや聖園会の皆さんにも今日は会わないようにした方が賢明かもしれません。会長さんには二人一緒にいるところを見られたら即座に何があったか見抜かれてしまうでしょうし、柘植さんや峯村さんも勘の鋭いところがありますから、何かあったことぐらいは簡単に察してしまうでしょう。誰にいつまで秘密にしておくかはまだ分かりませんが、あまり大っぴらにできるような関係でないのも分かっています。少なくとも親に言えないような関係である内は、あまり他の人に察させない方がいいのではないかと思います。人前でいつも以上にべたべたしないのは昨日の今日では心苦しいことかもしれません。私だって今日は一日中お姉ちゃんに甘えて過ごしたいぐらいです。

 今日のお昼はどこで食べる予定ですか。予定が無かったら、今日は私とご一緒してくれませんか。人目に付かない場所を知っているので、そこで二人きりの時間を過ごしましょう。朝ごはんで午前中の活力を得て、お昼ごはんで午後のやる気を出して部活まで持ちこたえます。部活の後は四人で帰ってくるにしても、今日だけはその後二人とお別れして私たち二人で過ごせませんか。本当なら夕飯にどこかデートに行きたいぐらいなのですが、誕生日に散財して間もないですから、それは我慢するようにしましょう。でもお姉ちゃんは寂しがる妹を一人で寝かすはずはありませんよね。今日は私がお姉ちゃんの部屋にお邪魔してもいいですか。なるべく散らかさないように善処しますから、じっくり甘えさせて下さい。

 そろそろ七時です。まず一番にお姉ちゃんの部屋の郵便受けにこの手紙を投函して、それから朝の支度をして、食堂に向かわなければなりません。一体私は何時間しか寝ていないのでしょう。それはそのままお姉ちゃんが膝枕してくれていた時間になる訳ですが、お姉ちゃんは帰った後少しでも休めているのでしょうか。やっぱりお昼休みには人目に付かない場所で一緒にお昼寝でもしましょうか。貴重なお昼時間を一緒に過ごしたいのはやまやまですが、お姉ちゃんを振り回してばかりなのも段々気が引けてきました。お姉ちゃんの方から何かしたいことがあったり、一人になりたいと思うことがあれば、携帯の方に連絡してください。

 ドアを開ければ新しい一日が幕を開けます。新しい私たちを、新しい友達、新しい学校、新しいセカイが待っています。どうかこの一日がお姉ちゃんにとって良き一日でありますように。また蛇足ながら、私自身がお姉ちゃんにとって良き恋人であれますように。


 敬具

 

 十月二十日朝

  

 秀子


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