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お母さんへ


 拝啓


 学園のポプラが綿毛を散らし、雪のごとく降り積もるこの頃、ますますご清祥のことと存じます。前回お便りを頂いてから一月が経ち、ようやく身の回りも落ち着いてきました。この間の近況については携帯の方で伝えていた通りですので、書きたいことはあるのですが、重ねてお伝えすることは止そうと思います。いつも長い手紙を書いて寄越すのはそろそろご迷惑と思いますので、今回は用事のない、手紙らしい手紙でも書いてみようと思います。

 相変わらず私もお姉ちゃんも私も心配になるほど元気にしています。作曲科の勉強だって簡単ではないのに、、お姉ちゃんは馬術部も聖園会の活動も皆勤賞で、いつ寝ているのかと心配でなりません。私反対に厩舎作業の疲れで毎日復習もできずに寝てしまっているのも問題ですが、それはまたおいおい慣れてゆくことと考えて気長にやっていこうと思います。

 馬術部の方は連休明け以降、本格的に引き馬から一人乗りをする練習に移り、自転車の補助輪が外れたような気分です。従順な馬たちばかりなのに、なかなか指示を聞かせられなくて難しいです。お姉ちゃんや上野さんは上達が早くて、もう一人で輪乗りに加わろうという勢いなのに対して私と鈴木さんはまだまだ先輩に付いてもらわないといけません。馬が疲れるので一日四十分しか練習できないのもなかなか難しいところです。鈴木さんなど、もう私は裏方だけやっていたいとか、マネージャーになりたいとか弱音を吐いています。赤毛人なのに毛人の得意な馬術が苦手なのも不思議なものですが、一番上達が早い上野さんも純人なので、この辺りは単純に個人差が出るというだけのことかもしれません。

 来月には大学部の先輩方が関東学連大会に出場されるので、週末は馬事公苑まで応援に行ってきます。応援と言っても声出しや鳴り物は厳禁ですので、行って見ていることしかできませんが、実際の競技の様子を初めて見られるので今から楽しみにしています。私が楽しみなのはクロスカントリーのある総合馬術です。東京二十三区内でクロスカントリーができるなんて、私は初めて知りました。新歓で入部当初にクロスカントリーの競馬を観に根岸の競馬場に連れていってもらいましたが、あれを先輩方がほかの学校の学生と競うのかと思うと、胸が熱くなります。

 来月にはまた、新人バンドとオーケストラの演奏会も開かれます。私が出るのは吹奏楽バンドの方です。オーケストラの方は指揮も指揮科の学生が務めるのに対して、私たちの方は福地先生が指揮を執ることになっています。まだ独り立ちできない子供扱いされているというよりは、ちゃんと高名な先生に監督してもらえているということなのでしょうが、そこで比べられるといい気はしないものです。福地先生が指揮するからいい演奏はできて当然、一回生が指揮するから大目に見てもらって当然、などと思われては演奏する側のモチベーションにも差し障ります。

 等々力の先生のところではピアノとしか合わせたことがないので、私にとってはこれが初めてのバンドになります。私と違ってほとんどが中学で吹奏楽部を経てきたからか、みんなバンド感覚が鋭くて、短い練習でも曲の完成度が上がっていくのが感じられます。私はまだまだついていくのに精一杯ですが、アンサンブルのレッスンでバンドマスターの窪田さんと仲良くなれたので、個人的にアドバイスをもらいながら何とかやっていっています。演奏会が終わった後は一回生バンドもオーケストラも一旦解散してしまうのですが、窪田さんと同じバンドなら吹奏楽バンドを続けてもいいかなという気になっています。お姉ちゃんも最近は私のために吹奏楽曲を書くつもりだと言ってくれているので、期待して待ちたいと思います。

 お姉ちゃんは最近作品番号一番に当たるピアノソナタの制作に取りかかっています。これまでにも私に送ってきた未発表の曲が十三曲ほどありますが、公式に記録される学校課題としての第一番ということで気合いが入っています。放っておいたらリストのロ短調ソナタのような大作が生まれそうな勢いで五線紙を散らしていて、少なくとも演奏に三十分はかけさせるつもりらしい気合いの入れようです。厳格な四楽章構成の他にも色々と条件が付いているにもかかわらず、お姉ちゃんの発想は自由そのもので、いきなり雷鳴のような低音部の和音から始まり、モチーフを陰鬱に展開させ、ロマン主義の幻想文学を彷彿とさせる遍歴の末に驟雨のようなカデンツァ到る道のりは全く物語的です。これまでの曲も純粋音楽というよりは、物語性のある標題音楽に近いものが多かったので、それがお姉ちゃんの作風なのかもしれません。今回は寝る前にポーでも読んだのでしょうか。

 私も将来演奏家を目指すならば、作り付けでないカデンツァを吹くためにも作曲法の履修が欠かせません。いっそのこと自分でコンチェルトでも書けた方が自己プロデュースの上では良いのかもしれません。曲も書けるヴィルトゥオーゾを目指すような時代ではありませんが、スタジオミュージシャンになろうがコンサートミュージシャンになろうが、作編曲を自分でこなせることは、一つの価値になることでしょう。あまり高望みしても後で恥ずかしくなるだけかもしれませんが、勉強してみることには価値があるはずです。

 星野先生のレッスンも楽譜に沿って行われるばかりでなく、即興の要素も取り入れていて、瞬発力が求められます。等々力の先生のところではあまり理論には触れなかったので、感覚で即興をやると、今何も考えてなかったでしょうと叱られます。教わる前からやれと言われるのも理不尽なものですが、そう言った後はちゃんと理論から教えてくれるのは飴と鞭が効いています。結果的にレッスンの半分ぐらいは座学に充てられているような気がして、こういうときは座って吹く楽器で良かったな、と思います。

 下らないことを言っていないで、ちゃんと練習しなさいと言われるのも分かります。お姉ちゃんにも練習中、あまり気を散らさないで、と言われることがあります。等々力の先生のところではレッスンの半分くらいは先生のお喋りに付き合っていたので、私にとっては練習中ずっと集中しているよりはこちらの方が自然なのかもしれません。そうすると星野先生のレッスンの進め方は存外私に合っているのかもしれません。あるいはちゃんと星野先生が私に合った進め方を考えてレッスンを組んでいるのかもしれませんが、いかにコンセルヴァトワールの先生とはいえ、流石にそれは結果論というべきでしょう。

 ともあれ、来月の演奏会はこうした練習の成果を発表する最初の機会ですので、ぜひ観に来てください。。オーケストラやピアノアンサンブルもあって面白いと思いますし、撮影・録音可能なので、最後方から大砲のようなカメラを抱えていても叱られることはないと思います。流石に三脚を持ち込んだら怒られるかもしれませんが。車で来たら、近くに駐車場が無いので、根岸の競馬場にある駐車場に停めてもらうか、もしくは電車とバスで来てもらった方がいいかもしれません。根岸の競馬場からだと結構歩きますが、バスもいつになく混みそうな予感がします。どちらにしても不便な場所ですが、おして来てくれると嬉しく思います。

 また話が長くなりそうなので、今日はこの辺りで切り上げようと思います。今回もお付き合い頂き誠にありがとうございました。今後も近況については携帯の方で伝えてゆきたいと思いますので、そちらは引き続きお付き合い頂きたく思います。日差しも強くなり初夏への移ろいが感じられますこの頃、何卒体調にお気をつけてお過ごしください。それでは失礼致します。


 敬具

 

 五月十八日

 

 秀子より


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