悪夢・終
こちらは、現在連載をしております『醜くも綺麗な一瞬』という物語に登場する、とある人物たちが見ている悪夢の話となっております。
これだけだと、何のことか全く分からない内容となっております。
ご注意ください。
ぐずっと鼻を啜る音が聞こえ、叶望は目を開けた。
何処かの学校の教室で、クラスメイトと一緒に成淵の鉱物を採集している。
授業参観なのか、周りにはたくさんの人がいた。
皆、顔はぼやけていて分からないが、隣に座っているのが夢なのは分かった。
(……ああ、地域交流の一環だったっけ)
異常な状況に疑問を持つことなく、叶望はぼんやりと思う。
「うぅ……、こんなの無理ぃ。できないよぉ。ていうか、こういうのは男子の仕事でしょ。残りやってよ!」
一度目の鉱物採集のときに聞いた言葉。
じわり、じわり、と錐を持つ手に力が籠った。
何人もの人間が、夢に向かい静かにスマホを掲げている。
……ああ、写真や動画を撮られている。
きっと、切り抜きやショート、何かしらの動画にしてロべチューブに上げられるのだろう。……どのくらい、再生されるのかな?万はいくよね?
周りの子は、みんな真面目にやっているのに。
この子一人の行いのせいで、『全』にされる。
対立感情を煽るようなコメントが溢れて、別のところに飛び火して。
『少子化』『結婚しない若者』の文字が頭を駆け巡る。
ああ、きっと、流れ流れて、いつかはお父さんの目に留まる。
そして、……私は謝らなければならない。
こいつ一人のせいでっ!!
錐を振り上げ、夢の首に突き立てる。
血と一緒に、叫び声が吹きあがった。
うるさい。金切り声で喚くな。「これだから」って言われるだろうが!
「だってわたし、お姉さんみたいな男女じゃないもん。自分ができるからって、いい子ちゃんぶらないでよ!」
お前みたいな存在がいるから、そうならざるを得なくなっただけだ!
お前らが、父の機嫌を悪くさせるからっ!!
ほら、今度はこっちにスマホが向けられた。
きっと、『やっぱ女は怖いわ』『女の敵は女』と言われる。
お前のせいでっ!!……私なんか間違っている!?
対立感情を生む原因を発生させるような奴、殺して然るべきでしょ!?
ああ、本当に言葉を届けるべき奴には何一つ届かなくて、なんで私ばっかり理不尽に届けられないといけないの!?……どうして、謝らないといけないの?
ああ、目の前のコレも、対立を煽った連中も、みんな大手を振って天寿を全うするんだ。自分は関係ありませんみたいな顔で。……ズルい、ズルい、ズルい。
息を切らして顔を上げると、驚いた顔をした兎火君のお母さんがいた。
その隣には、化け物を見るような目をした美月ちゃん。
……うん。ここで死のうか。その方が幸せだよ。
こんな『綺麗』な子が、あんな世界を知らなくていい。
でも、今はどこで何を見るか分からない世の中だから。
それに、『あちら側』に行ってしまう可能性も否定できない。
お腹の子だってそう。『綺麗』なままでいようよ。
次に目に飛び込んできたのは、血の海だった。
《成淵の鉱物採集のときから、ずっとこうしたかったんだよね?》
《笑顔で接していても、夢のこと何も許しちゃいないだろ?》
《だって、こういった奴らのせいで、お前は苦しんでいるんだから》
《一回で満足した?『こちら側』に来れば、思う存分殺させてあげる》
《分析者気取りのロべチューバ―も、スノドロの奴らも》
《お父さんも、……青葉さんもね》
《火で炙っても、殴り殺しても、何度でも生き返らせてあげる》
《貴方の気が済むまで、永遠に。だから――》
何処かから、絶え間なく声が聞こえてくる。
私の手には、いつの間にかペティナイフが握られていた。
目を閉じ、耳を澄ます。
そして、声のする方に向かって思いっきりナイフを突き立てた。
◇◇◇
「……本当にごめん。弱みに付け込むような真似をして」
涼多の謝る声が耳に届き、奏はバッと顔を上げた。
疑問符を浮かべたまま左右を見回すと、古びたパソコンが目に入った。
確か、家族で使っていると言っていたパソコン。
(ああ、そっか。話があるって言われて、涼多の家に来たんだっけ……)
化生界のことも何もかもを忘れたまま、奏は耳を傾ける。
「……本当にごめん。弱みに付け込むような真似をして」
もう一度、涼多は悲痛な面持ちとともに謝罪をした。
……ああ、お前もそうなんだな。
結局は、俺が『一軍』だと『カースト上位』だと思っていただけ。
これが無かったら、俺が楽譜を踏みつけていたとき、どうしたんだ?
音律君って、意外と『アレ』なんだな、と思ったんじゃないのか?
俺は、前に一路さんが言っていた『祠にお供えされていたデスゲーム漫画』のことを思い出した。
クラスメイト全員参加のデスゲーム。
最後まで残った七人は、誰も彼もが悲惨な過去を持っていた。
だけど、主催者が『今日はゲームを行いません。美味しい料理でも食べて、ゆっくりしてください~』と出してきた料理を食べた一人が言ったのだ。
『昔、家族と行ったレストランで食べた料理を思い出すなぁ』
このセリフのせいで、このキャラは『同情ランキング』の下位になった。
『いい思い出もあんじゃん。ボンボンかよ』
『比べるもんじゃないのは分かるけど、他のキャラがね~』
『悲惨のインフレが酷いから、こういうのが一人くらいいてもいいんじゃね』
『それな。他の六人に及ばなくても、一応は可哀想ではあるし』
……話題作りのために調べていた際に見つけたコメント。
ハッキリ言って、気にしていたら始まらない些細なもの。
それなのに、未だ心の片隅で燻り続けている。
……あのキャラは、ここまで言われないといけなかったのか、と。
(「もし、俺が漫画のキャラでこんなデスゲームに巻き込まれたら、下位なんだろうな」なんて、悲劇のヒロインじみた思考になったな……)
つらつらと考え事をしている間にも、涼多の謝罪は続いていた。
だが、どれも金属音にしか聞こえず、何を言っているのか分からない。
首を傾げる俺の手には、何故か壺が握られている。
俺の家にある、やたらと派手な壺だ。
『音律君って、イケメンでお金持ちで人生バラ色だよね~』
『あーあ、世の中って不公平だぜ』
『分かる。私も親にピアノ習いたいって言ったことあるけどぉ~』
『前にチラッとだけ見たことあるけど、美人で優しそうな母さんだよな』
涼多の口から、よく知った別の声が流れてくる。
俺は「じゃあ、代われよっ!!」と涼多めがけて壺を振り下ろした。
部屋が血に染まり、音を聞きつけた涼多の両親が飛び込んでくる。
動かない涼多に縋りつき、必死に名前を呼んでいる。……いいなぁ。
涼多の父が顔を上げ、静かな怒りとともに俺を見る。
河原で見た優し気な笑みはどこにもない。
「やっぱりな。河原で挨拶をしたときは、涼多の手前言えなかったが、本当は、君みたいに性根のねじ曲がった『罪人』を涼多に近寄らせたくなかったんだ」
「涼多が何をしたっていうの!?うちの子をかえして!この人殺し!!」
「かくめいがおこって、おうじさまはしょけいされました」
黒い表紙の絵本を掲げ、美月ちゃんが笑っている。
他の二人も「めでたしめでたし!」と何故か晴れやかな笑みを浮かべている。
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい……っ!!
次に目を開けると、そこは血の海だった。
《本当は、こうしたかったんだよね?》
《『王子様』だから、笑顔で許すしかなかったってだけだよね?》
《酷くない?どんなに辛い目に遭っても、「でもな」って思われるの?》
《嫌でしょ?どんなに耐えても、「でもさ」「だけど」って言われるの?》
《憎いでしょ?何も知らずに、好き勝手いう奴らを殺したいでしょ?》
《こちらに来れば、お母さんも……弟も何度だって殺せちゃう!》
《目の前の、お前を利用しようとした涼多も例外じゃない》
《「ごめんなさい。殺してください」と願うまで、永遠に――》
何処かから、絶え間なく声が聞こえてくる。
俺の手には、さっき壊れたはずの壺が、綺麗なままの状態であった。
目を閉じ、耳を澄ます。
そして、声のする方に向かって思いっきり壺を振り下ろした。
◇◇◇
夢の中だけでも、自由に振舞えたら幸せだろうか……?




