ある翅の手記と独白
こちらは、現在連載をしております『醜くも綺麗な一瞬』という物語のep.696に独白をプラスしたものです。これだけだと、何のことか全く分からない内容となっておりますので、ご注意ください。
いつもと同じく、かなり陰鬱で歪んだ内容です。
《シュジャ:年齢八十七歳 :柄『斑』》
え、どうして斑模様の者たちを狙ったのか?
だって、あんな奴ら、死んで当然じゃないですか。
《石板》でも、そんな声が多いですし……あっ、『シシキさん』ってご存じですか?そうです!《石板》を通じて、様々なことを発信されている方です!!
シシキさんも、「斑模様は――」っていつも仰っていますから。
本当、その通りだと思います。
寄生虫なんですよ。斑って。……そりゃあ、「全員がそうじゃない」とシシキさんも言っていましたよ?でも、あれって『保険』ですよね?
そう言っておかないと、騒ぐ奴が出るから。
え、そうじゃない?本当だから?
はぁ?おかしいのはアンタのらの方だろ!?
……あ、すみません。つい、声を荒げてしまいました。
というか、こんなこと聞いてどうするんですか?
死んだ十五人が生き返ることはないんですよ?
えっ、その十五人の中にシシキさんの家族がいた?
でも、シシキさんの柄は……ああ、柄家族なんですね。初めて知りました。
じゃあ、今頃、喜んでくださっているでしょうね!
己の手を煩わせることなく、斑を減らすことができたんですから。
四六時中、目の前にいる、目障りな斑が消えたんですから!
はい?泣いている?どうして?……だって、斑ですよ?
ええ、自分の模様も斑です。ここ数年、シシキさんや《石板》の声を聞いて、ずっと罪悪感に苛まれてきました。夜も、眠れなくなるほどに。
何度も《石板》に、「申し訳ございません」って書き込んだんですよ?
はは、こんなゴミが返事を期待するだなんて、笑っちゃいますよね?
でも、返事がなかったお陰で「こんな柄、存在したらいけない。生きてちゃいけないんだ。……せめて、お役に立ってから死のう」という思いが固まったんです。
え?『返せ』と怒っている?
どうして?……何度も言うようですが、斑ですよ?
それに、本当にその斑を大切に思っていたのなら、もっと《石板》で釘を刺してから発言をしていた筈ですよ!間違えないようにって。
本当は、こうなることを望んでいたんじゃありません?
でも、あっちには家族や世間体がありますからね。
自分は、失うものがありませんから。
ほら、恋人や友人を斑なんかが作るなんて烏滸がましいでしょ?
そんなことより、刑の執行はどうなりますか?
十日後、鶸虫の刑ですか!やった!!
きっと、シシキさんも来てくれますよね?
よくぞ斑を減らしてくれた、って喜んでくれるかなぁ?
弱いくせに回復力だけはいっちょ前にあるから、本当、大変だったんです。
痛い痛いって泣き喚くし、五月蠅くて、五月蠅くて。
ああ、今からとても楽しみです!!
……そんなこと言いますけど、じゃあ、どうすれば良かったんですか?
■■■
《チバシ:年齢四十二歳:柄『帯』》
え、目玉柄の夫婦を殺した理由?
何度も言ってんだろ?友人を死に追いやったからだって。
見ての通り、俺たち帯は他の三種類の柄よりも鱗粉が綺麗だ。
艶も光沢も、何もかもが違う。それが、誇りでもあり呪いでもあった。
友人は、……どちらかと言うと、鱗粉の輝きが弱い方だった。
だから、同じ帯柄にもよく揶揄われていた。
薬や手入れの本を読み漁っていたが、なかなか……な。
けど、卑屈にならずいつも笑っていた。
もしかしたら、自分自身を励ましていたのかもしれない。
……そんなときだった。
目抜き通りにある劇場の壁に、レイって人の絵が大きく張り出された。
ああ、すっごく美しい翅を持つ人。
その壁紙の前を、友人が通りかかったときだ。
レイの絵を眺めていた目玉柄の夫婦と出くわしたんだ。
「綺麗ねぇ」
「全員がそうじゃないが」
夫婦は、通りがかっただけの友人に、嘲るような視線を向けた。
言葉の重さも知らずに。
後から知った話だが、友人は、レイの絵を見かけた親戚からも「それに引き換え」「同じ帯柄なのにねぇ」と言われていたらしい。
そこに、追い打ちをかけるように……。
友人は、翅をなんとか綺麗にしようと躍起になった。
異常なまでに食に気を遣い、今まで以上に周囲の目を気にするようになった。
時には、違法な薬に手を出したりもしたらしい。
それで、どんどんやつれていったよ。
けど、原因を作った連中は、何も知らずにのうのうと暮らしていた。
友人は心を病んで、命を絶った。
俺は、それを救えなかった。
できることは、きっかけを作った連中に罰を下すことだけ。
……最初は、殺す気はなかったんだ。
やっと見つけ出した目玉柄の夫婦。
謝ってもらえれば、それでよかった。でも――。
『帯柄に限った話じゃなく、最近の若者の翅に対するこだわりは異常だな』
『そうよねぇ。もっと、ありのままの翅を大事にしないと』
お前らみたいな連中の所為だろ。
そう思った瞬間、視界が白くなって、気づいたら死んでたんだ。
ああ、二人しか殺せなかったことが悔やまれる。
俺の刑は……四日後。…………そっか。
ああ、確かに俺は人殺しだ。
でも、あいつらだって――。
■■■
《カフ:年齢五十六歳:柄『■■』》
《ツリガ:年齢(死亡時)五十四歳:柄『目玉』※元・無地》
え?私の書く小説は、無地が優遇されている気がする?
確かに、そうですね。
どのお話の中でも、心優しく穏やかな無地の主人公が虐げられます。
《石板》に書かれているような心無い言葉を浴びせかけられます。
学者然とした人に、事実と統計を突き付けられ「やっぱり無地は――」「無地っていうのは――」と、何もしていないのに心と体を傷つけられる。
でも、最終的には救われ、他の柄たちは痛い目を見る。……どんなに惨い内容でも、無地だけは救われる。そんな展開ばかりです。
ふふっ、そんな展開ばかりですから「この作者、いつもこれだな」「流石にもういいよ」「引き出しがないのかねぇ」と一部からは言われています。
ですが、私はこの展開以外で話を作るつもりはありません。
お話の中で、心行くまで他の柄たちを惨い目に遭わせ続けます。
よく「社会派な作品を気取りたいのか?」「世の中を風刺したいなら、もっと歴史を辿るべき」というお手紙をいただきます。
まぁ、他の三柄の方からすれば、怒られている気持ちになりますよね。
そう言いたい気持ちは分かります。
ですが、そんな高尚な目的は、つめの先ほどもございません。
そんなくだらないお題目の為に書いているんじゃない。
ただただ、溜飲を下げたいんです。
だって、どれだけ風刺を籠めたって、アイツらは変わりはしないでしょう?
あの人を殺した事実にだって、気づいていないのに。
ああ、憎くて憎くて仕方がない。許せるものか。
……はい。楽しい生き方でないことは重々承知です。
ですが、切り離すことができないんですよ。
どうして?
……お前らのせいで私の大切な人が死んだから、と言ったらどうします?
ああ、『お前ら』なんて、こんな言い方よくありませんね。
でも、事実です。
力が強い、丈夫だから、と面倒事や辛い仕事を押し付けられ、別の無地が起こした事件であっても、なぜか白い目で見られる。なぜか、距離を取られる。
『無地なのに、こんなのも持てないの?これもあるのに――』
『無地なんだからさ、もう少し頑張ってくれよな。この後――』
持ち上げられもしない柄たちから、こんなことを言われるんです。
それに――。
『体調不良?無地って体が丈夫なんじゃないの?』
『こっちは、無地みたいに何でもできる訳じゃねぇんだ』
おかしいですよね?……限界だったんです。
ははは、「そんなことで?」ですか?
あーあ、せっかく不快にさせないように、一番マシな言葉を選んだのに。
思い至れない柄に、無駄な気遣いをしてしまいました。
……で?こんな話を聞くために、病院まで来られたんですか?
違いますよね?
確かに、無地を優遇していることは認めますが、柄の傾向やらなんやらに関しては、しっかり調べあげてから執筆しています。
ですが、取材のために色々な柄の話を聞くうちに、疲れてしまったんです。
どの柄も苦しく、その柄特有の悩みを持っている。
でも、いがみ合っている者たちの声の方が目立ってしまう。
そして、そちらの『声』の方がウケがいいんです。
誰も彼もが、「どの柄にも、『適材適所』ってものがあるのに」と言いながら、「こんなのもできないのか。やっぱり○○柄は――」と嘲り嗤う。
後から後から、煽る者が現れる。
止めようとする者たちの声は……届かない。
そして、そんな者たちから《石板》を取り上げることもできない。
取り上げれば、別の被害が起きてしまうでしょうし。
…………確かに、『少数』なのかもしれません。
ですが、影響力はある。
そして、別の『少数』は切り捨てられてしまう。
どうにもならないから、と蓋をされて『いない者』とされる。
考えれば考えるほど、どうでもよくなってきたんです。私と同じ考えの目玉柄の方と出会えたこともあり、その思いはますます強くなっていきました。
『子供に、この柄嫌だ、と泣かれてしまって……』
疲れ切った顔で、目玉柄の人はそう言いました。
『そう言われても、どうすることもできない』
『申し訳なさだけが募る』
ですが、『柄変』の手術をするには、年齢が届いていません。
したところで、『幸せ』になれるか分かりませんけど。
私が至った結論は、『卵のまま死ぬこと』でした。
ええ、ええ、自分本位なのは重々承知しています!
ですが、これだけ言っても、《石板》をどうにかすることは無いんでしょう?
そのままなんでしょう?
だから、卵を溶かしてしまうしか、方法はなかったんです!
この言葉だって、律儀に記録はしていても、誰にも伝わらないのでしょう?
下手に伝わると、《石板》が怖いですもんね?
……そういうところですよ。
……私は、自分のしたことに後悔はありません。
あの人の笑顔を思い浮かべながら、死んでゆこうと思います。
はぁ、目玉柄の人には効いた毒でも、私の柄には効かなかったですね。
あの時、ちゃんと死ねていれば、こうして話をしなくて済んだのに。
■■■
カフの言う通り、記録したところで意味はない。
どうせ、数年後には燃やされている、形だけの紙切れだ。
彼らの発言が公にされることはない。
刑場で声高に叫んでやる、と息巻いている奴もいたが、それもできない。
彼らは全員、口を縫い付けられた状態で刑に処されるからだ。
そう、なにもできない。なにも……変わらない。
ただ、狂いゆく世界を嘆き、死んでゆくだけ――。
……でも、正直なところ、自分は彼らに感謝をしている。
特にシュジャだ。
シシキの茫然自失とした姿を思い浮かべると、今でも笑みがこぼれる。
理由は単純。アイツのせいで、自分の知り合いは心を病んだからだ。
会話をすると、事あるごとに「……ごめん」を挟んでくる。
主張をしてごめん。生きていてごめん。でも、死ぬのは怖い、と。
無理に遊びに誘えば付き合ってくれるが、顔が晴れることはない。
「斑なんかが、楽しむなんてダメだよ。……いらない存在なんだから」
そう言って、無料奉仕に近いことをして日々を送っている。
だが、稼がないと生きてはいけない。
お金を貰ってごめん。ごめん、ごめん、ごめん、ごめんなさい。
やった仕事に見合った分の金を貰ってもこれだ。
まっ、シシキからすれば、「勝手に病んだだけ」なんだろうが。
でも、シュジャのように《石板》や家に手紙を送っても、返事が返ってくることはなかったんだから、多少の『罪』はあるんじゃないか?
そもそも、アイツは自分の家族(斑)になんて言っていたんだ?
お前は別だから、とでも言っていたんだろうか?
感化される者の存在を、シュジャのような存在を考えなかったのか?
……いや、考えはしたんだろうな。
だが、シシキは悪い意味で頭が良すぎた。
頭がいい奴が考える『暴走する者』しか、考えられなかったんだろう。
どれだけ他の柄を蔑もうと、それを外に出すことはない。
苛立ちを押さえ、己の野蛮さを自覚し、ちゃんと律することができる。
ときに《石板》内では激しい言葉を書き込んでしまうが、そこだけに留めることができる、誰にも害を咥えはしない『暴走者』。
昔だったらいざ知らず、最近は『暗い部屋で《石板》を眺めている』ような時代ではない。誰も彼もが《石板》を持っている時代だ。
それこそ、いつも笑顔で優しい隣人が、その顔のまま『○○柄なんてなくなればいい』と《石板》に書き込んでいるかもしれない時代。
シシキは、それを分かっていながら『分かる』事ができなかった。
まぁ、シシキの頭が良くても悪くても、どうでもいい。
巡り巡って、アイツの言葉は大事な存在を殺したのだから。
……ざまあみろ。
はははっ、こんなこと公の場で言おうものなら、自分も直ぐに処刑されるな。
とはいえ、気持ちが全く分からない、といえば嘘になる。
斑ではなく目玉柄の奴らにだが。
今でこそ、特殊な訓練や薬を打てば、光の強さを調整できる。
が、大昔はそうじゃなかった。
力の流し方が非効率的で、必要以上に翅が輝いてしまうことが多々あった。
他の三柄が翅を光らせられない分、目玉柄はかなり重宝された。
しかし、強すぎる光は、時に厄介な生物を呼んでしまうこともあった。
だから、『力の扱いが不安定な目玉柄は、夜で歩いてはいけない』『洞窟に立ち入ることを禁ずる』という決まりができた。
守るための決まり。
だが、時代の流れによって、それは大きく歪んでしまった。
『いけない・禁じられている=駄目なヤツ』と認識してしまう者や『他の柄や大丈夫な目玉柄だっているのに、差別だ』と叫ぶ者が現れ始めたのだ。
図書館にでも行って、少し調べれば分かることなのだが、認めると嘲りも叫びもできなくなってしまうからか、彼らはそうしない。
事実を伝えようとする者もいるが、型に嵌ってしまった『何か』を変えることは、もう容易ではない。……事実がどうのなど、意味がないのだ。
むしろ、どれだけ多くの者を苦しめられるか競っているかまである。
だが、今の法では『罪』に問われることはない。
《石板》を取り上げることだってできない。
それで、鬱憤を晴らしている者も確かにいるからだ。
あの言葉に込められている『怒り』が外に向くくらいなら、放置しておこう。それに、今更取り上げたところで、一度生じた『歪』が元通りになることもないのだし、と取り締まる側も半ば諦めてしまっている。
行き過ぎた者は罰せられることもあるが、反省するかどうかと言えば……。
それに、見た目こそ若いが、考えを改める……引き返せない年齢の者は多い。
自身の考え以外を認めようとしない、固まり切った『正義』。
それが、さらに『歪み』を生んでしまっている。
まっ、この『歪み』も、ほんの一部に過ぎないが。
ティサヤのことや柄変のこと、とにかく『歪み』の理由は多い。
はあ、ティサヤがどこにでも咲いてくれるような花だったなら、こんなに縛られることもなかったのかもしれないのに。
どれだけ時間が流れても、ティサヤが育つ土地も見つからなければ、代わりとなるような存在が見つかる訳でもない。
便利な道具や薬は作り出せるのに……皮肉だな。
あーあ、誰でもいいから、自分たち翅の種族を消してくれないかなぁ。
……なーんてな。
自分も結局、行動に移すことができない存在だ。
だって、あんな連中の為に手を汚すだなんて馬鹿げているし、処刑される直前に、思いの丈を吐き出すことだってできないんだから。
それに、自分の理性と常識が邪魔をする。
彼らにも、悩みがあり大切な何かがあり、人生があるのだから、と。
と、言い訳を重ねたわけだが、結局は我が身可愛さだ。
今の生活を壊したくない。……三日後には、レイの劇を見に行く予定もある。
その他にも、楽しみにしていることがまだたくさんある。
これらを天秤にかければ、自然と答えは出てくるものだ。
こうして、つらつらと考えを巡らせはするものの、最終結論は『自分の人生が充実してさえすればいい』になってしまう。
自己嫌悪に陥ろこともあるが、それも一瞬だ。
はっきりいって、考えるのが面倒くさい。
自分一人が何か言ったところで、変わることなんてないだろうし。
それなら、楽し事を満喫していたい。
……ただ、この調書は持っておこうと思う。
特に、これと言った理由はない。
だが、せっかく書いたものだし、何となく心に刺さったからだ。
机の奥にでも仕舞って、満足したら捨ててしまおう。
ああ、三日後が待ち遠しい!
風邪を引いたり事故に遭ったりしないよう、気をつけないと!!




