次元門の向こうの救世主
ラントラン魔王国の国境にある小さな村ウルフランに、荷馬車が二台入ってくる。
「村長はどこにいる? 今月分の食料を持ってきた。ラントラン魔王国の魔王ラベスディレ二世(凶兆の奈落)様のご慈悲に感謝するがよい。」
魔王軍騎士の鼻持ちならない声が村に響き渡る。
すると村長が出てきて、魔王軍騎士の前でひざまずいた。
「どうか食料を増やしてください。村の住民全員が食べて生きていくには、あまりにも足りない量なのです。」
村長は魔王軍騎士に訴える。
荷馬車に積まれている食料の量は、見なくても明らかだった。
馬車の中を見る必要すらなかった。
空の荷車は騒々しいという言葉の通り、村へ入ってくる馬車からはずっと前から空荷の響きがしていた。
「何だと? この生意気な村長め! 食料が足りないなら、今あるものを節約して食べろということだ!」
魔王軍騎士はそう言うと同時に村長を蹴り飛ばした。
「ぐあっ!」
村長はそのまま蹴られて力なく後ろへ転がったが、うめき声さえ満足に出せなかった。
「ちっ! 今月の税をさっさと持ってこい! 辺境の村だけあって臭いがひどいな!」
魔王軍騎士は用事を早く終わらせて帰りたいと思っているだけだった。
そもそも二台の荷馬車の両方に食料が積まれていたわけではない。
実際の食料は荷馬車一台の半分をようやく満たす程度だった。
しかし帰る時には、税を二台の荷馬車いっぱいに積んで帰るつもりでいた。
村人が持ってきた税の箱を荷馬車に積んでいた部下が、魔王軍騎士へ向かって首を横に振る。
「村長! 今月の税はなぜこんなに少ないのだ?」
魔王軍騎士が村長をにらみつける。
「もうこれ以上持っているものはありません。どうか今月はこれでお許しください。」
村長は頭を下げ、丁重に願い出た。
「どこで税をちょろまかそうというのだ!」
しかし魔王軍騎士は剣を抜き、村長へ向かって振り下ろした。
「やめて!」
その瞬間、魔王軍騎士の右側から女性の声が聞こえたかと思うと、女性が駆け寄って体当たりした。
普通であれば、魔王軍騎士も多少は衝撃を受けて押し戻されるはずだった。
しかし女性の押す力はあまりにも弱かった。
結局、魔王軍騎士は体がぶつかった感触を感じただけで、逆に女性の方が弾き飛ばされた。
「生意気な。どこで無礼を働く!」
すぐに魔王軍騎士は左腕を振り、ぶつかってきた相手へ拳を放った。
「ドスッ!」
「うっ。」
顔面にまともに拳を受けた女性は短い悲鳴を上げ、そのまま吹き飛ばされて力なく地面に倒れた。
魔王軍騎士は腕を振るったものの、ほとんど力は込めていなかった。
それにもかかわらず、女性は大きな打撃を受け、地面に倒れたまま体を動かせない。
「やれやれ。どうやら誰が上で誰が下なのか、もう一度見せてやる時のようだな。」
魔王軍騎士は女性の首筋を右手でつかみ、軽々と持ち上げると、左手で腰の短剣を握った。
「よく見ておけ。ラントラン魔王国に逆らう者は皆こうなるのだ!」
魔王軍騎士の声が村中に響き渡る。
「ふむ。こうなるということか。」
レダースは魔王軍騎士の言葉を冗談半分に真似してみた。
「コール。ライトニングランス(雷槍)。」
レダースが攻撃魔法の呪文を唱える。
「ぐっ!」
ライトニングランスを受けた魔王軍騎士は、その衝撃で手に掴んでいた女性を放した。
そして魔王軍騎士は、ライトニングランスの残留雷撃による継続ダメージを受け、その場にひざまずいた。
「ふむ。なるほど。属性の問題か。」
ライトニングランスの雷は魔王軍騎士と女性の両方を覆ったが、残留する雷撃の継続ダメージを受けたのは魔王軍騎士だけだった。
レダースの予想どおり、魔王軍騎士に捕まっていた女性は雷属性攻撃無効の特性を持っていた。
「まあ、常識だからな。」
そう言うとレダースは再び魔王軍騎士へと向き直る。
「その程度で死ぬことはないだろう。そろそろ立ち上がったらどうだ?」
「お前は誰だ? この村の住民ではないようだが。」
立ち上がった魔王軍騎士は、疑いの目でレダースを見つめる。
「だが、魔王軍に手を出した以上、後悔させてやる。」
そう言うと魔王軍騎士は自らの兜を脱いだ。
「デュラハンか。」
レダースの言葉どおり、兜を脱いだ魔王軍騎士には頭がなかった。
デュラハンはこれまで抑えていた魔力を全力で解放する。
闇のオーラがデュラハンの身体を包み込み、魔法防御壁を形成した。
さらにその闇のオーラには、耐性のない者へ恐怖を与える強化効果まで備わっていた。
村人たちは恐怖に駆られ、デュラハンから離れようとして逃げ始める。
「税を徴収するためにデュラハンを送り込むとは。パワーバランスがどうなっている世界なんだ。だがまあ、確かにデュラハンの能力なら、この程度の村は一人でも十分だろうな。」
レダースは、デュラハンを税の徴収に使うのは無駄だと思った。
「静かに終わらせるのは、ひとまず無理になったな。だからといって、来たばかりで英雄になるつもりもないんだが。」
魔王軍騎士が魔法大剣を召喚すると、レダースは軽く舌打ちした。
「コール。レティアス。」
レダースが呪文を唱えると、レダースの左右に二つの次元門が同時に開き、二人の戦士がその中から現れた。
「レティア・クルス。アルカノス賢者の呼びかけに応じます。」
「レティア・アルス。アルカノス賢者の呼びかけに応じます。」
瞳の色だけが異なる、まったく同じ双子の戦士だった。
レティア・クルスは赤い瞳を、レティア・アルスは青い瞳をしている。
それ以外は武器も服装も姿もすべて同じであった。
「レク。レア。この場所では俺のことをレダースと呼べ。」
レダースは左右を交互に見ながら、普段使っている愛称で二人に言った。
「承知しました、レダース様。」
やはり二人は同時に答える。
「そしてレダース様。アルガ様からの伝言です。元気に過ごしてこいとのことでした。」
レアが無表情のまま言う。
「アルガ様の表情は?」
レダースは突然慌てた。
「はい。目以外は完全に笑っておられました。」
「そ、そうか。目以外は。」
レアの言葉に、レダースの心へ恐怖が押し寄せる。
「はい。目以外は。」
レアは現実逃避しようとするレダースの心に、念押しの判を押した。
「ええい! こうなった以上、利子まで付けてしっかり過ごしてやる。行け、レク。」
「はい、レダース様。」
レダースの命令に従い、レクは剣を抜いて魔王軍騎士へ向かって振るった。
「コール。シャイニングソード。」
レクは自身の剣に、デュラハンの邪悪なオーラと正反対の光属性魔法を付与して剣を振るう。
レクが素早く振るった剣によって、デュラハンのオーラはあちこちで引き裂かれ、飛び散った。
そもそもデュラハンはレベルの高いレクの相手にならないことは明らかだったが、それ以前に剣術においてもすでにレクに押されていた。
「ぐっ。」
レクの連続攻撃の前に、ついにデュラハンは左膝をつき、その場に崩れ落ちた。
「降伏を勧めることはできないだろうな。」
そんなデュラハンを見ながらも、レダースはすでに降伏を勧めることを諦めていた。
魔王軍は種族の特性上、たいてい不浄な魔法を使う種族である。
例えば、生きている種族に対しては治療魔法であっても、同じ魔法が魔王軍に対しては攻撃魔法となる。
魔王軍は、生者と共に暮らすには雰囲気そのものが異なっていた。
「よくも魔王軍に逆らったな。死ね。貴様らはその死によって罪を償うのだ。」
そう言い終えると、デュラハンは自らの身体に魔力を集め始めた。
「ちっ。デュラハンの自爆魔法か。」
デュラハンは自ら魔力のリミッターを解除し、身体が壊れるほどの魔力を蓄積している。
そして圧縮された魔力は、デュラハンの身体が耐え切れなくなった時に爆発し、広範囲にわたる甚大な被害を与えることになる。
ただし、デュラハンの自爆魔法は発動までに時間を要する魔法呪文だった。
「ひぃっ!」
デュラハンの自爆魔法が発動し始めると、一緒に来ていた魔王軍兵士たちは爆発に巻き込まれないよう慌てて逃げ始めた。
税を積んでいた荷馬車さえそのまま置き去りにして逃げていく。
それほどまでに魔王軍兵士たちは切迫していた。
「レア。」
レダースがレアを呼ぶ。
「コール。十二面体・光の断絶の盾。」
レアはレダースの呼びかけに応え、魔法の呪文を唱えた。
まもなく、レアの左腕に装備されている盾が輝き始め、デュラハンは十二面体の光のキューブの中へと閉じ込められた。
「死ねぇ!」
デュラハンの最後の叫びとともに、自爆魔法が発動する。
「ドォン!」
そして、デュラハンは爆発した。
デュラハンが爆発すると同時に、その身体に蓄えていた魔力も一斉に解放された。
もし自爆魔法が本来の威力のまま放出されていたなら、ウルフラン村程度は一瞬で跡形もなく消え去っていただろう。
しかし幸いにも、レアが魔法によって形成した十二面体のキューブが柔軟に大きさを広げながら爆発の威力を吸収していた。
光のキューブの中で、黒い竜巻が恐ろしい勢いで渦巻く。
その渦はしばらく続き、やがて勢いを失い、十二面体のキューブの中で静かに消えていった。
「レク。村の状況は?」
レダースは右後方で待機していたレクに尋ねる。
レダースはすでにデュラハンの魔法が発動した時点で、レクに村の状況を確認するよう指示していた。
「デュラハンの自爆魔法による被害はありません。デュラハンに捕まっていた女性も無事です。重傷者はおらず、軽傷者が数名出ただけです。ただ……」
「お姉ちゃん、私ピアだよ! しっかりして! ミリティエお姉ちゃん!」
レクが言葉を切ったその時、ピアの泣き声が聞こえてくる。
レダースはその泣き声を聞き、小さくため息をついた。
「ただ、村全体が栄養失調ということだろう。」
事実、その通りだった。
レダースの言葉どおり、村人たちは長い間まともに食事を取れず、全員が栄養失調に陥っていた。
レダースはピアを最初に見た時から、すでに彼女が栄養失調状態であることを見抜いていた。
何日もまともな食事を取っていなかったらしく、森の中を必死に走り回っていたこと自体が奇跡のように思えるほどだった。
ピアが姉と呼ぶミリティエも同じだった。
デュラハンが片手で軽々と持ち上げられるほど、ミリティエも栄養失調によってひどく痩せ細っていた。
実際、どれだけデュラハンが怪力を持っていたとしても、普段の状態であればミリティエを片手で持ち上げることなど不可能だった。
というのも、ミリティエは獣人族の中でも、竜の血が流れる竜人族との混血だったからである。
ミリティエを心配するあまり、ピアの猫耳はぎゅっと縮こまっていた。
ピアは獣人族の中でも、猫の血を引く猫人族との混血である。
レダースから見れば、種族の異なる二人が姉妹のように暮らしているのには、きっと何か理由があるのだろうと思えた。
「レア。ご苦労だった。」
レダースは褒める。
「ありがとうございます。レダース様。」
デュラハンが完全に消滅すると、レアは自身の《十二面体・光の断絶の盾》の魔法を解除し、レダースに向かって頭を下げた。
「栄養失調はどうしますか?」
レクは村を見渡しながら尋ねた。
「はぁ……どうするも何も、へそくりを放出するしかないだろう。」
ウルフラン村の状況を知らないふりをして通り過ぎるには、レダースはすでに深く関わりすぎていた。
もちろん、逃げ出した魔王軍兵士たちの次の行動も気がかりだった。
もし彼らが再び戻ってきて村人たちを虐殺するようなことになれば、後味の悪い夢を見ることになるのは間違いなかった。
「しかし、今ここで次元門を開けば……。」
レダースは言葉を濁した。
「はい。百パーセント確実にアルガ様に首根っこをつかまれて連れ戻されることになります。そして村は救われますが、レダース様の生死については保証できなくなります。」
レアは知りたくもない事実をはっきりと言い切った。
「やはりそうだろうな。間違いなくアルガ様の執務室と強制接続されるんだろう。」
彼は何も言わずに夜逃げ同然で飛び出し、許可も取らず、振り返ることすらせずに去ってきた。
レダース自身が考えても、その代償が悲惨なものになるのは明らかだった。
「相手がアルガ様では、私たちもお力になれません。」
レクとレアはそう言うと同時に一歩後ろへ下がり、完全に第三者の立場へ回った。
「ちっ。薄情なやつらだ。」
レダースは憎らしい双子をにらみつける。
「褒め言葉として受け取っておきます。」
レクとレアはまったく同じように答えた。
「コール。オティウム・アルカ。」
仕方なく、レダースはオティウム・アルカへ通じる次元門を開いた。
「おお。その方法がありましたね。パチ、パチ、パチ。」
レアは称賛する意味で拍手をした。
「これで十分だろう?」
レダースが尋ねる。
「この村の規模なら十分だと思います。普段からレダース様が別荘に大量の食料を備蓄していたことが、こういう時に役立つのですね。先見の明がおありです。」
レクは感嘆した様子で言う。
「逃亡するときのためにため込んでいた欲も、良いことに使われる時があるんですね。」
レアも感心したように言った。
「お前たちな。本当に。言いたいことは山ほどあるが、まずは村の栄養失調を何とかするのが先だ。」
レダースは双子を鋭い目でにらみつけた。
すると双子はレダースの視線を避けるように、わざと別の方向へ目を向けた。
「はあ……まったく俺の運命も大変だ。」
レダースはため息をつきながら、近くにいた村人へ歩み寄った。
レダースの別荘であるオティウム・アルカへ通じるゲートから、ゴーレムが巨大なテーブルを運び出してくる。
ゴーレムが運んできたテーブルの上には、ありとあらゆる料理が大量に並べられていた。
村人たちは一人、また一人と食べ物の載ったテーブルへ集まり始める。
レクとレアも互いに顔を見合わせて肩をすくめると、食べ物を手に取り、村人たちへ配り始めた。




