表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノア・アーク ― 神々と人が生きる方舟 ―  作者: ヤノチャン
五章 三極対峙

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/102

湯煙モックもく


ー 湯煙モックもく ー


今日は生誕祭。


ノアもコロニーも、朝からどこか浮き立っている。

だが、珍しく、何も起きていない日だった。


警報もない、緊急会議もない、宙帝の影も見えない。


神帝モックは、いつもより早く目を覚ました。


「はぁー!静かだなぁー!」


天井を見つめ、ゆっくりと起き上がる。


今日は一日休み。


それだけで、なぜか胸が軽い。


「よし…!約束の時間までまだまだあるね!久しぶりに温泉にでも行くか!」


天然ではない。

もちろん人工温泉だ。

だが、重力制御と鉱物成分を精密に調整した特製の湯は、戦場帰りの身体には十分すぎる癒やしだった。


湯気の立つ大浴場。


白い蒸気の向こうに広がる静かな空間。


モックは肩まで湯に浸かり、ふぅ……と深く息を吐く。


「生き返る……温泉最高…部屋に欲しい…」


人工とはいえ、肌を包む温かさは本物だ。


戦場では常に張り詰めている神経が、ゆっくりほどけていく。


時間の感覚が曖昧になる。


気づけば、かなり長く浸かっていた。


「ん?なんだ… ボーッとする… 少し、入りすぎたかな?」


立ち上がった瞬間、視界がふらりと揺れる。


脱衣所を抜け、休憩所へ。


畳風のスペースにたどり着くと、モックはそのままごろんと横になった。


「ああ…のぼせた…」


完全に、のぼせている。


だがこれがまた、幸せだった。


頭がぼんやりする、身体が重い、顔が赤い、

この瞬間だけは何も考えなくていい。


神帝であることも、艦隊のことも、宇宙の均衡も。


今日は関係ない。


休憩所の隅で、子供たちがひそひそと話している。


「ねえ……あれ……」


「モック様じゃない?」


「ほんとだ……!」


子供達が笑顔で指をさす。


だがモックは薄目でちらりと見るだけで、また目を閉じた。


「……気のせいだ」


小さくつぶやく。


子供たちはくすくす笑う。


一人の子が近づいてきて、小声で言う。


「モック様ってなんか普通だね!」


その言葉に、モックは目を開ける。


少しだけ笑う。


「神帝ではあるがお前と同じ普通の人間だよ…普通で悪いか?」


「ううん!」


子供たちはぱっと笑顔になる。


その笑顔を見て、モックは思う。


守るべきものはこういう瞬間だ。


湯上がりでのぼせている自分を見て笑う、子供の無邪気さ。


外では祭りの音が聞こえ始める。


太鼓に歓声、祝福の音楽。


モックはまだ起き上がらない…


「ああ……これが幸福か……」


赤い顔のまま天井を見つめていると、足音が近づく。


影が差した。


「モック…またのぼせたの?」


呆れたような、しかしどこか優しい声。


神帝メインだった。


涼しげな装いのまま、腕を組んで見下ろしている。


モックは薄目で見上げる。


「今日は休みだ…たまにはいいでしょ。」


「毎回同じこと言ってるけど?」


メインは小さく笑い、隣に腰を下ろす。


「立てる?」


「……たぶん」


差し出された手を掴み、ゆっくりと起き上がる。


神帝同士とは思えない、なんとも気の抜けたやり取り。


だが、それがいい。


二人は温泉を出て、艦内の湖畔へ向かった。


人工重力と気候制御で作られた静かな水辺。

桜の花びらが水面に浮かび、ゆっくりと流れていく。


遠くで祭りの音が聞こえる。


湖面にはノアの外殻が映り込み、その向こうに星海が広がっている。


モックは深呼吸する。


「平和だねぇ〜」


「そうだねぇ〜怖いくらいに…」


メインは湖を見つめたまま答える。


しばらく、無言。


風が吹く。


花びらが二人の間を舞い落ちる。


「……今日は何もしない」


モックが言う。


「仕事の話も?」


「しない」


「宇宙の均衡も?」


「そんなの知らんっ!」


メインはくすりと笑う。


「じゃあ、何するの?」


モックは少し考え、湖の向こうの建物を指さす。


ガラス張りのドーム型施設。


「映画館!」


「え、意外…」


「たまには英雄譚じゃないやつを見る」


「恋愛ものとか?」


「んー……それは考えていない」


二人は並んで歩き出す。


湖畔の小道をゆっくりと。


祭りの音が遠ざかる。


子供たちの笑い声が風に乗る。


神帝である前に、今日はただの一人の存在として。


映画館のドアが自動で開く。


光が二人を包む。


静かな休日は、まだ続く。


(続)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ