静かなる異変③
― 静かなる異変③ ―
― 三号主機・船底 ―
―宇宙空母ノア・機関区域。
タッ、タッ、タッ、タッ!!
第三班の足音が、長く暗い通路に響いていた。
レナを先頭に、第三班の隊員たちが走る。
通路の壁には赤い非常灯。
その向こうからは、二号主機と四号主機の火災による低い振動が伝わってくる。
ゴォォォォォォ……!!
ノアが苦しんでいるようだった。
「止まれ!」
レナが突然手を上げる。
第三班が一斉に停止しレナは前方を見つめる。
数十メートル先。
そこには、三号主機へと続く船底側の整備通路がある。
そしてその角から一瞬だけ人影が見えた。
「……いた。」
レナが呟き隊員たちが一斉に銃を構える。
「動くな。」
レナは片手を上げる。
人影が止まった。暗闇の中に一人。
黒い作業服。手にはデバイス。
その人物は、こちらを振り返った。
顔は見えないがその手元にあるものを見た瞬間、
レナの目が鋭くなる。
「……それ。」
相手の手には三号主機の制御系統へ接続するための端末。そして、その端末にはノアの機関区画設計データが表示されていた。
「そこのお前!動くな!」
レナが銃を構える。
「その場で手を上げろ!手を上げながらゆっくりと膝を付け!」
相手は動かない。
そしてデバイスを操作した。
レナの表情が変わる。
「……やっぱり、お前か。」
レナは確信した。
二号主機。四号主機。
そして、今ここにある三号主機の設計データ。
「お前が主機爆破事件の犯人だな。」
相手がゆっくりとこちらを見る。
その顔には恐怖も罪悪感もない。
ただ冷たい目がこちらを見つめていた。
レナが一歩前へ出る。
「動くな。」
「……。」
「武器を捨てろ。その端末も捨てろ。」
相手は答えない。
レナの指が引き金へかかる。
「最後通告だ。」
「……。」
「抵抗するなら撃つ。」
その瞬間相手がデバイスを持った腕を動かした。
レナの判断は速かった。
パンッ!! 乾いた銃声が、船底へ響き渡る。
一発。その弾丸は相手の左足を狙って放たれた。
「……っ!」
だが相手は咄嗟に身を引いた。
弾丸は足元の床を掠め、金属壁へと突き刺さった。
キィン!!火花が散る。
レナは即座に次の一発を放つ。
パンッ!!今度はデバイスへ。弾丸が直撃する。
ガシャァン!!相手の手からデバイスが吹き飛んだ。
床を滑り、壁へ激突する。
「デバイスの破壊に成功!」
第三班の隊員が叫ぶ。
レナは銃を構えたまま叫ぶ。
「こらっ!動くな!」
しかし相手は懐から銃を取り出した。
「撃ってくる!」
パンッ!!パンッ!!パンッ!!
乾いた銃声が連続して響く。
第三班が一斉に身を伏せる。
ガンッ!キィン!ガンッ!弾丸が壁や床に当たり火花が飛び散る。
しかし一発も当たる事は無かった。
「……。」
レナは壁際から相手を確認する。
相手は必死に銃を撃ち続けている。
だが照準が完全に定まっていない。
弾道も滅茶苦茶だ。
全く違う方向へ弾丸が飛んでいく。
「……射撃は素人か。」
隊員の一人が言う。
「油断するな。」
レナが答える。
「素人の弾でも当たれば死ぬ。」
「了解!」
相手がさらに撃つ。
パンッ!!パンッ!!
しかしまた外れる。
レナは壁から身を出す。
一瞬、相手と目が合う。
「……。」
レナの表情が変わる。
「絶対に逃がさないよ。」
相手が後退する。
その先にあるのは三号主機の船底区画。
巨大な主機設備が、暗闇の中にそびえ立っている。
レナは即座に通信機を開く。
「こちら第三班!」
ザッ。通信は明瞭だった。
さっきまでのノイズが嘘のように消えている。
レナは一瞬だけデバイスを見る。
先ほど撃ち抜いたことで、通信障害を起こしていた何らかの装置も破壊されたのかもしれない。
だが、今はそれを考えている時間はない。
「敵は三号主機船底。第三班が交戦中!」
通信機の向こうから即座に返答が入る。
『了解。』
レナは続ける。
「第一班、第二班はその場で警戒!」
『了解。』
通信が切れる。
レナは再び前を見る。
敵は逃げている。
第三班の隊員たちが構える。
「隊長、追いましょう。」
「当然だ。」
レナが走り出す。
「三号主機には絶対に近づけさせるな!」
「了解!」
第三班が一斉に走り出す。
― 三号主機・船底区画 ―
敵は必死に逃げていた。
タッ、タッ、タッ!!巨大な配管の間を抜ける。
壁面には警告表示。
《高温注意》《高圧配管》《立入禁止》
そのさらに奥。
三号主機の巨大な構造体が姿を現す。
高さ数百メートルにも及ぶ巨大設備。
まるで一本の巨大な塔のように、ノアの艦体内部を貫いている。その船底側。通常の整備員でさえ、許可なしでは立ち入れない区域。
そこへ反逆者が侵入している。
「止まれ!!」
レナの声が響く。敵は振り返らない。
「止まれと言っている!!」
パンッ!!レナが威嚇射撃。
弾丸が敵の横を通り抜け、壁へ突き刺さる。
敵は一瞬だけ振り返る。
その顔には焦りが浮かんでいた。
しかしまだ逃げる。
「……。」
レナは走りながら考える。
(次は何をしようとしている?)
その時レナの視界に一つの設備が入った。
三号主機の非常用制御盤。
「……!」
レナが叫ぶ。
「止まれ!」
敵が制御盤へ手を伸ばす。
「そこから離れろ!!」
だが敵の指が制御盤へ触れた。
ピッ。赤いランプが一つ点灯する。
レナの顔から血の気が引く。
「……一体何を…」
第三班の隊員たちが一斉に銃を構える。
レナが叫ぶ。
「全員殺すなよ!!生け捕りだ!」
レナは一歩前へ出て銃口を敵へ向ける。
「最後の警告だ…」
「……。」
「ここはノアだ。」
レナの声が船底に響く。
「お前一人の勝手で、五万人が暮らすこの方舟を壊させるわけにはいかない。」
敵はゆっくり振り返る。
そして初めて口を開いた。
「……ノアは。」
レナが睨む。
「……。」
「邪魔なんだ…」
その言葉に、レナの目が細くなる。
「何?」
敵は笑った。
「ダヴィンチ様の造る新しい宇宙にノアは邪魔なんだ!!」
レナが叫ぶ。
「黙れ!!」
ダッ!!レナが一気に距離を詰める。
第三班も同時に動く敵が再び銃を構えるが
今度は撃たせない。
一人が腕を払い。
もう一人が銃を蹴り飛ばす。
さらにレナが敵の腕を掴む。
「捕まえた!!」
敵が必死に抵抗する。
「邪魔をするな!離せ!!」
「絶対に離すか!!」
レナが力を込め腕を捻り上げる。
「全部話してもらうよ!!」
敵を床へ押さえつける。
ドンッ!!
「確保!!」
第三班の隊員が手錠を取り出す。
「拘束完了!」
その瞬間。ピピピピピピッ!!
三号主機の制御盤から異常警報が鳴り響いた。
レナの顔が変わる。
「……何!?」
隊員が制御盤を見る。
「隊長!」
「どうした!」
「三号主機の制御系統に……異常信号!」
レナは敵を見る。
「お前……何をした。」
敵は床に押さえつけられたまま不気味に笑っていた。
「……遅い。じきに三号も火の海だ…」
ピィィィィィィィ!!
三号主機船底の赤い警告灯が一斉に点灯する。
その瞬間ノアの艦体全体にかすかな振動が走った。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
レナが立ち上がる。
「……三号主機を確認しろ!」
「はい!」
「制御系統を切り離せ!」
「了解!」
第三班が一斉に動き始める。
拘束された男は、床に伏せられたまま笑っている。
「ハハハ!何をしても止めれんよ!お前達の墓場はここだ…」
ピィィィィィィィ!!先程よりも大きな警報が鳴り響く。
「さぁ…始まるぞ!見ておけ!ハハハ!」
「クソ…」
レナにはこれを止める手立てが無い。
三号主機を見上げる事しかできなかった。
その時何かが高速でレナの横を通り過ぎた。
「今のは…」
第三班のメンバー達はその高速体を目で追う。
バシン…鳴り響いていた警報音が止まる。
三号主機非常用制御盤と三号主機を繋ぐ設備が綺麗に切断されていた。
暗い通路から声が聞こえてきた。
「いや…ずっと見てたんだけどさ…詰めが甘いよ。レナ隊長。もう少しで三号までダメになる所だったじゃん。ありがとね…ノノカ…君の斬撃は美しいね。」
「神帝様…お安い御用です。」
通路を二人がゆっくり歩いてきた
「タカヤ様…なぜこんな所に…大神官様まで…」
「そりゃ、君達が心配だったんじゃん。
まぁ、来てよかったよ。」
「ご心配をおかけしました。」
「それはいいんだけどさ…この人が犯人?」
「はい、まだ身元までは分かっていませんが…」
「大丈夫だよ、調べてきた。」
「えっ?」
「君が付けてるカメラの映像から解析してね…
機関運用技術部隊カミヤ・シュウジ…」
カミヤは顔を伏せる。
「仲間もいるね…レナ?気づいてた?背後の…」
タカヤはレナの顔を見たまま腰の拳銃を手に取りそのまま発砲する。パァン…
すると主機の上部ハッチから一人の女性が堕ちてきた。
「あぁー!痛い、痛い!」
その女性は撃たれた腹部を押さえながら喚き散らしている。特殊保安部隊員達は皆振り向き女性を見つめる。
「君は通信衛星部隊・艦外通信科クオン・ミヅキ」
タカヤは淡々と続ける。
「あとは機関運用技術部隊クロセ・ゲンマ、通信衛星部隊シライシ・ケージ、保安部隊ミサキ・シオンの計五名…あとの三人もそろそろ捕まってるんじゃ無いかな?」
「なぜ…どうして…我々の存在を…」
カミヤは怯えた表情で聞く。
「それは…秘密…」
タカヤはサラッと返す。
「てか俺からも聞いていい?いつからダヴィンチ信者なんや?」
「ダヴィンチ様が神になられたその日からだ。」
「犯行の動機は……まぁだいたい分かるから答えんでいいわ。レナ…こいつら運んで…ヒメナさんが待ってる。」
「了解致しました。」
「し、神帝様…」
カミヤが話し始める。
「我々の処遇は…どうなりますか…」
「まぁ…知らんけどさ、テロリストやから処刑ちゃうか?知らんけどな。」
カミヤ・シュウジは青ざめた顔のまま引きずられ運ばれて行く。
タカヤは三号主機を見上げる。
「タカヤ様…特殊保安部隊はどうです?」
大神官オノダ・ノノカが話し始めた。
「ん……六十点かな!できたばかりの部隊にしてはいい方じゃないかな。けど再教育は必要。彼女達はまだまだこんなもんじゃない…と信じたい…」
タカヤはその後小さなため息を吐き歩き始める。
(続)




