静かなる異変②
― 静かなる異変② ―
― 特殊保安部隊 ―
――宇宙空母ノア・機関区域。
ゴォォォォォォォォ……!!
遠くからでも、機関区域全体を揺らすような低い音が響いている。
二号主機。四号主機。
未だ炎は消えていない。
赤い警告灯が一定の間隔で明滅し、分厚い隔壁の向こう側からは、消火設備が作動する音が断続的に聞こえてくる。
しかしそこから少し離れた、通常の整備員がほとんど立ち入らない区画。
一つの扉の前に、五人の男女が立っていた。
全員、黒を基調とした特殊装備。
防護服に通信機、顔には小型酸素マスク。
そして腰には、通常のノア保安隊とは異なる装備が携行されている。
彼らの腕には、同じ部隊章。特殊保安部隊。
ノアの内部で発生した重大事件。
その際にのみ投入される、
神帝ヤザキ・タカヤのスカウトにより集められ
厳しい訓練を乗り越えた特殊任務専門部隊だった。
その先頭に立つ女性が、一歩前へ出る。
特殊保安部隊隊長ジンノ・レナ。
レナは隊員たちを一人ずつ見渡した。
そして、低い声で告げる。
「これから機関区域に入る。」
全員の視線がレナへ集まる。
「決して姿は見られるな。静かにやれ。」
レナの声には、普段の保安隊員に対する指示とは違う緊張感があった。
「我々は反逆者を決して許さない。神帝様に鍛えられた私達に敗北など許されない。」
隊員たちは無言で頷く。
レナが携帯端末を開く。
ノア機関区域の立体図が空中に表示された。
巨大な主機、整備通路、放射能区画、非常用隔壁。
そして一号主機。三号主機。
レナが二つの地点を指で示す。
「第一班は一号主機にて待機。」
「了解。」
第一班長クロガワ・ライジが短く答える。
「第二班は三号主機にて待機。」
「了解。」
第二班長ミズキ・リンも頷く。
最後にレナは、自分の後ろに立つ隊員たちを見る。
「第三班は私と来い。」
第三班長ミカゲ・コウイチを先頭に隊員たちが一歩前へ出る。
レナは再び立体図を見る。
「今の所、反逆者がいるかどうかも分からない状況だ。一人行動はするな。お互いが確認できる距離を維持しろ。」
炎の向こう。無数の整備員と消防隊員。
誰が味方で誰が敵なのか。
現時点では何も分からない。
だからこそ。
レナは声をさらに落とした。
「……だが、私はいると思う。」
その言葉に、空気が変わった。
「二号主機と四号主機。ほぼ同時に爆発したらしいじゃないか。偶然で片付けるには、出来すぎている。」
レナは全員を見渡す。
「私が実行犯ならあと二機も狙う。」
一瞬だけ間を置く。
「必ず、もう一度動く。」
レナは立体図を閉じた。
「絶対殺すな。生け捕りだ。」
レナは扉へ向かう。
「何者なのか。誰の命令で動いているのか。
何を狙っているのか…」
扉のロックが解除される。
ピッ。重い隔壁がゆっくりと開いていく。
その向こうから、熱気と煙が流れ込んできた。
ゴォォォォォ……!!
レナはマスクを装着する。
「さぁ……行け。」
「了解!」
五人がそれぞれの方向へ散っていく。
第一班は左側一号主機へ。
第二班は反対側三号主機へ。
そして第三班はレナと共に機関区域のさらに下。
船底へ…
足音が暗闇へ消えていく。
― 一号主機・警戒区域 ―
「第一班、入る。」
班長ライジを先頭に第一班の五人が消火用隔壁の脇を通過する。
一号主機。ノアの四基ある主機の一つ。
現在も稼働可能な状態にある。
だからこそ今ここを失うわけにはいかなかった。
第一班長が手を上げる。
全員停止。
「……。」
周囲を確認するが誰もいない。
聞こえるのは遠くの火災音だけ。
「異常なし。」
ライジが小声で報告する。
だが、その瞬間。
後方にいた隊員が手を上げた。
「……待ってください。」
全員が振り返る。
「どうした?」
隊員は床を指差した。
そこにはごく小さな黒い跡が残っていた。
「これは……煤じゃありません。」
班長がしゃがみ込む。
手袋をした指で床を確認する。
「……油?」
「違います。」
隊員が答える。
「機械油なら、この場所に付着する理由がない。」
班長の表情が変わる。
「採取しろ。」
「はい。」
特殊容器が取り出される。
誰かがここを通った。
それだけなのか。
それとも誰かが何かを仕掛けた後なのか。
第一班は一号主機の周囲を慎重に進んでいく。
― 三号主機・電力供給区画 ―
一方。第二班も三号主機へ到着していた。
三号主機は、他の主機とは少し構造が違う。
ノア内部の電力供給を担う重要区画。
そのため、周辺には通常より多くの制御設備が存在している。
「ここが三号主機。」
第二班長リンが周囲を見る。
「配置につけ。」
「了解。」
隊員たちが散開する。
一人が制御盤を見る。
「……異常なし。」
「電力供給も正常。」
「冷却系統も問題ありません。」
第二班長は頷く。
「よし。」
その時。
カチッと小さな音がした。
全員が止まる。
「……今の音。」
「何だ?」
「右側です。」
全員が武器を構える。
暗い整備通路。
何もない。
数秒誰も動かない。
第二班長が手で合図する。
一人がゆっくりと通路へ進む。
カツ。カツ。自分たちの足音だけが響く。
そして通路の角を曲がった瞬間。
「……!」
隊員が止まった。
「どうした?」
「……誰か、いたような気がします。」
「気のせいか?」
「分かりません。」
第二班長が無線を手にする。
「第二班から隊長へ。」
――ザッ。
しかし返事がない。
「……?」
もう一度。
「第二班から隊長へ。応答願います。」
――ザザッ……。
ノイズだけが返ってくる。
第二班長の表情が変わる。
「通信障害?」
隊員の一人が天井を見る。
「この区画、通信設備は正常のはずです。」
「……。」
その瞬間。パッ。
機関区域の照明が一度だけ消えた。
「お前達その場に伏せろ。」
暗闇そして復旧。全員が周囲を見渡す。
「……何だ、今の。」
誰も答えられない。
― 機関区域・深部 ―
第三班。
その先頭をレナが歩いている。
彼女は一切無駄な動きをしない。
すべてを確認しながら進む。
後ろには第三班の隊員たち。
「隊長。」
一人が小声で呼びかける。
「何だ。」
「本当に犯人が内部にいると思いますか?」
レナは歩みを止めない。
「さぁな…けどいるんじゃないかな?」
即答だった。
「根拠は?」
「主機二基を同時に止めるには、それなりの知識が必要になる。」
「……。」
「ノアの機関構造を知っている人間。」
レナが振り返る。
「機関運用技術部隊の人間…かもね…
火災が起きた直後の混乱を利用して動ける人間。」
レナは再び前を見る。
「ノアの内部構造を知っている人なんて多くない…」
「……。」
「本当に厄介だよ。」
その時。
レナが突然、手を上げた。
全員停止。
「……。」
レナは前方を見る。
暗い通路には誰もいない。
だが床に何かが落ちている。
レナがしゃがみ込み拾い上げる。
小型の金属部品。一見するとただの機械部品。
しかしレナの目が細くなる。
「……これ。」
隊員が覗き込む。
「何ですか?」
「これは主機制御系の部品だ。
なぜだ…ここにあるはずがない。」
レナは部品を裏返す。
そこには、ごく小さな焼け跡。
「誰かが外したのか?」
レナは周囲を見る。
沈黙。第三班全員が身構える。
レナが通信機を取り出す。
「第一班、聞こえるか。」
――ザッ。
『こちら第一班。問題ありません。』
「第二班。」
――ザザッ。
『……こちら……第二……』
通信が途切れた。
レナの表情が変わる。
「……第二班、もう一度。」
――ザッ……。
『……隊長……こちら……第二……』
また途切れる。
レナは通信機を下ろした。
「……。」
そして静かに言った。
「始まったな。」
第三班の隊員たちが顔を見合わせる。
「何がです?」
レナは暗闇の先を見る。
「実行犯が動き始めた。」
その瞬間遠くでカチッと小さな音がした。
全員が一斉に振り向く。
しかしそこには誰もいない。
暗闇が長く続いていた。
レナは腰の装備に手を添える。
「第三班。」
「はい。」
「走るぞ。」
「了解!」
五人が一斉に走り出す。
タッ、タッ、タッ、タッ!!
炎の赤い光が壁を照らすノアの深部。
誰もいないはずの機関区域。
その暗闇の中で確かに誰かが動いていた。
そしてその手には一号主機と三号主機の内部構造を詳細に記したノア機関区画の設計データ。
「第三班、銃を構えろ。戦闘準備…」
(続)
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公開情報
・特殊保安部隊
ノア保安部隊とは別の部隊
神帝ヤザキ・タカヤによりスカウトされ訓練された
ノアの治安を守る精鋭部隊
・ジンノ・レナ 二十八歳 女性
特殊保安部隊隊長
・クロガワ・ライジ 三十一歳 男性
特殊保安部隊第一班長
・ミズキ・リン 二十三歳 女性
特殊保安部隊第二班長
・ミカゲ・コウイチ 三十五歳 男性
特殊保安部隊第三班長




