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ノア・アーク ― 神々と人が生きる方舟 ―  作者: ヤノチャン
十九章 太陽系侵攻

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202/212

冥王星へ行け!


― 冥王星へ行け! ―


― 太陽系・航行宙域


戦場を離れた宇宙空母ノアは、ゆっくりと航行を続けていた。進路、冥王星。


先ほどまで激しい砲撃が繰り広げられていた宙域は、すでに遥か後方へと遠ざかっている。艦体に残された無数の傷だけが、そこに戦いがあったことを物語っていた。


焼け焦げた装甲。損傷した砲塔。


一部が失われた外部設備。

そして、まだ修理の終わっていない護衛艦隊

それでもノアは止まらない。

巨大な艦体は、静かに宇宙を進んでいた。


――ゴォォォ……。


艦内機関室に響く、低い機関音。

戦闘が終わったことで、艦内の空気も少しずつ変わっていた。

避難区画にいた住民たちは、順次それぞれの生活へ戻り始めている。


学校では授業が再開され。工場では作業員が持ち場へ戻る。港では、傷ついた艦艇の修理が続いている。

戦争は終わっていない。

だが、今だけはノアに静かな時間が戻っていた。


― サターン艦隊


ノアの後方を航行していた二十隻のサターン艦隊。


その多くに、大きな損傷が残っていた。

十隻近い艦艇が失われ、残った艦艇も無傷ではない。

艦橋で神帝サターン・ジュウが前方を見つめていた。

通信士が報告する。


「前方に土星宙域への航路を確認。」


ジュウは静かに頷いた。


「……ここまでだね。」


副官のサテラ・レアが振り返る。


「はい。これ以上の航行は艦隊の負担が大きすぎます。」


ジュウはしばらく沈黙した。


正面スクリーン。そこには、遠ざかっていくノアの姿が映っている。


傷だらけになりながらも前へ進んでいる。


「ノアへ通信。」


「はい。」


通信が繋がる。


『こちらサターン艦隊総督、神帝サターン・ジュウ。』


少し間を置いて、ノアから返事が来る。


『こちらノア、統合司令キドウ・ヒメナ。』


ジュウは静かに口を開いた。


「今回の戦闘、支援要請に応えることができてよかった。」


『こちらこそや。ほんま助かったよ。』


「……ですが、我々の艦隊もかなり消耗しました。冥王星への応援は不可能と判断し土星へ帰還します。」


『分かってる。』


ヒメナの声は落ち着いていた。


『ゆっくり休み。』


「はい。」


ジュウは小さく笑った。


「では、また。」


『ああ。またな。』


通信が切れる。


サターン艦隊は進路を変更した。


一隻また一隻とゆっくりノアから離れていく。

その姿を、ノア艦橋のスクリーンが映し出していた。


チョウカが呟く。


「……帰られましたね…。」


ヒメナは頷いた。


「せやな。」


「かなり疲弊していましたからね。」


「うん。」


ヒメナは遠ざかる艦隊を見つめる。


さらに時間が経つ。今度は、ノアの横を航行していた黄金の艦隊が進路を変えた。


金星王・神帝ビーナス・キング率いるキング艦隊。

戦場で圧倒的な数を誇った黄金の艦艇群が、少しずつノアから離れていく。


艦橋スクリーンに、キングの姿が映る。


「ヒメナさん。」


『なんや?』


「私たちも、ここまでです。」


『そっか。』


「別の戦地から救援要請が来ています。」


ヒメナは少しだけ笑った。


「忙しいなぁ、キングは。」


キングも笑う。


「お互い様ですよ。」


「……せやな。」


二人の間に、短い沈黙。


そしてキングが言った。


「ノアも……気をつけて。」


ヒメナは正面を見つめたまま答える。


「キングもな。」


「では。」


『ああ。』


通信終了。


黄金の艦隊は大きく旋回する。

数え切れないほどの艦艇が、一斉に進路を変えていく。キング艦隊もまた、別の戦場へ向かって消えていった。


ノアの周囲から、艦隊が消えた。


右にも左にも後方にも、もう味方艦隊の姿はない。

あるのは、果てしなく広がる宇宙だけ。


そして宇宙空母ノアは再び単独航行となった。

艦橋のスクリーンには、目的地が表示されている。


《目的地:冥王星》


ヒメナはそれを見つめた。


「……冥王星か。」


オダイが横から答える。


「はい。」


「遠いな。」


「遠いけど近い方ですね。」


チョウカもスクリーンを見る。


「三日後には目視できるでしょう。」


シャルル・レンが口を挟む。


「問題はノアの状態だろ。」


艦橋の全員が黙る。


シャルルは続けた。


「艦体損傷。主砲冷却。護衛艦も修理中。乗員の疲労も相当だ。」


「……せやな。」


ヒメナは椅子に深く座り直す。


「冥王星までは、しばらく時間がある。」


「その間に修理と休養ですね。」


「ああ。」


ヒメナは前方を見る。


― 宇宙空母ノア・幹部専用休憩室 ―


艦橋から少し離れた場所。

そこには、ノアの幹部と神帝たちが使用する専用休憩室があった。戦闘の緊張から解放された室内は、静まり返っている。


壁面には大きな窓のようなモニター

外の映像がリアルタイムで映し出される。


そこから見えるのは、果てしない宇宙。

星々が、ゆっくりと後方へ流れていく。


部屋の奥。


ひとりソファに横になっていた。

神帝プルート・メイン、両手を頭の後ろに置き。

何をするでもなく、ただ天井を見上げている。


「……。」


目を閉じる。

すると、頭の中に浮かんできた。

故郷"冥王星"


遠い。太陽系の果て。

太陽の光さえ、他の惑星とは比べものにならないほど弱い場所。


静かで寒くて。そして自分が生まれた場所。

メインはゆっくりと目を開けた。


天井を見る。


「……冥王星。」


小さく呟く。


その言葉だけで、胸の奥に何かが込み上げてくる。


ノアに乗って何度も宇宙を駆け抜けた。

たくさんの星を見た。たくさんの人に出会った。

そして、たくさんの戦場を見てきた。


それでも冥王星だけは違う。

どれだけ遠くへ行ってもどれだけ長い時間が経っても自分の中から消えることはなかった。


メインは身体を起こす。

ソファに座り窓の外を見る。


「……次は冥王星か…」


誰に向けた言葉でもない。故郷に向けた独り言。


冥王星には家族がいる。友人がいる。

昔の仲間がいる。

自分が神帝になったことで故郷の人々からは遠い存在になった。


神帝それは人々にとって特別な存在。


「……久しぶりだね…」


― 宇宙空母ノア・艦橋 ―


「冥王星まで、あとどれくらいですか?」


通信士が航法士へ確認する。


「現在の航行速度で約二日です。」


「二日……。」


ヒメナは小さく息を吐いた。


「二日か。」


スクリーンには、暗黒の宇宙が広がっている。


戦場から離れ。仲間の艦隊とも別れ。

ただ一隻で太陽系の外縁へ。

その先にある冥王星へノアは、静かにそこへ向かっていた。


(続)





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