死命
― 死命 ー
― 太陽系・艦隊戦闘宙域 ―
宇宙が、燃えていた。
無数の閃光が暗黒を切り裂き、爆発した艦艇の残骸が戦場を漂う。その中心にいたのは宇宙空母ノア。
そして、その周囲を埋め尽くす黄金の艦隊キング艦隊とサターン艦隊。
「第二戦列を前進させろ!敵艦隊の左翼を包囲! 退路を断て!全艦、砲撃を継続!」
ビーナス・キングの命令が、旗艦の艦橋に響き渡る。
ドドドドドドドッ!!
金色に輝く艦艇群が一斉に砲火を放つ。
敵艦隊の左翼が爆発に包まれた。
一隻が沈む。続いて十隻。
さらにその後方で、数十隻もの艦艇が炎に包まれていく。
だが神格再編機関の艦隊も黙ってはいなかった。
「敵艦隊、正面より突撃してきます!」
「迎撃しろ!」
「駄目です! 敵艦隊、こちらの砲撃を無視して前進しています!」
「何だと!?」
キング艦隊の砲撃を浴びながらも、神格再編機関の艦艇は進み続ける。
その姿は、まるで傷ついた獣の群れだった。
一隻が爆発すれば、その後ろから別の艦艇が現れる。
一隻が沈めば、さらに別の艦艇がその穴を埋める。
しかし今度ばかりは、状況が違った。
キング艦隊の数は圧倒的だった。
左右から迫る艦艇群が敵の進路を塞ぎ、後方からは新たな戦列が押し寄せる。
神格再編機関の艦隊は、もはや自由に動くことすらできなくなっていた。
「敵艦隊、後退しています!」
「逃がすな! 包囲を維持しろ!」
キング艦隊の砲撃が続く。
ドォォォォォン!!
巨大戦艦が真っ二つに裂けた。
その爆発に巻き込まれ、周囲の巡洋艦が次々と吹き飛ばされていく。
「敵艦隊、損害拡大!」
「後方からの増援は!?」
「確認できません! 各方面の敵艦隊も、こちらへ合流できない模様です!」
戦場の主導権は、完全にキング艦隊へと移っていた。
そして、その戦場の奥深く。
神格再編機関大艦隊の旗艦もまた、激しい攻撃にさらされていた。
― 神格再編機関大艦隊・旗艦 ―
ドォォォォォン!!
艦体が大きく揺れた。
天井から火花が散り、壁面の照明が次々と消えていく。
「損傷報告!第三装甲区画、貫通!
機関部の出力が低下しています!」
「右舷砲塔、全損!」
「消火班を急がせろ!」
艦橋は怒号に包まれていた。
スクリーンには、炎に包まれた自軍の艦艇が映し出されている。
その数は、もはや把握できない。
いや。把握する意味すら失われつつあった。
サーディン艦隊。
宇宙空母ノアを数の力で飲み込もうとした大艦隊。
その巨大な群れが、今や黄金の包囲網の中で削り取られていた。
「将神様!」
一人の士官が叫ぶ。
「このままでは旗艦も持ちません! ただちに後退を!」
玉座に座っていたサーディンは、答えなかった。
「将神様!」
「……。」
サーディンはスクリーンを見つめていた。
そこに映るのは、次々と爆発していく自軍の艦艇。
そして、その向こうに見える巨大な方舟。
あれを沈めるために、どれだけの艦艇を投入したのだろう。
どれだけの兵士が命を落としたのだろう……
数え切れない…数えたところで、何も変わらない。
「……なぜだ。」
サーディンが呟く。
「なぜ……こうなった。」
そのときだった。
――ドォォォォォン!!
これまでとは違う、凄まじい衝撃が旗艦を襲った。
「うわああああっ!!」
艦橋が大きく傾く。
モニターが砕け、計器類が火花を散らした。
「何が起きた!?」
「敵主砲です!」
「敵主砲だと!?」
「ノアです! 宇宙空母ノアの主砲がこちらの旗艦を直撃しました!」
サーディンの顔から血の気が引いた。
「……ノアの主砲。」
その言葉を口にした瞬間、艦橋の前方が白い閃光に包まれた。
装甲を突き破った砲撃が、旗艦の艦橋を直撃したのだ。
「将神様――!」
士官の声は、最後まで続かなかった。
爆風が艦橋を飲み込む。
通信設備が砕け散り、計器盤が吹き飛ぶ。
火災が広がり、黒煙が天井を覆っていく。
やがて音が消えた。
いや…完全に消えたわけではない。
燃え上がる炎の音。
破損した配管から漏れ出す蒸気の音。
そして、どこかで繰り返される警報音。
それだけが破壊された艦橋に残されていた。
サーディンは、床に倒れていた。
ゆっくりと身体を起こす。
頭から血が流れ、軍服は焼け焦げていた。
目の前には先ほどまで命令を待っていた士官たちが倒れている。
誰も動かない。
誰も返事をしない。
サーディンは立ち上がろうとした。
だが、足元がふらつく。
壁に手をつき、どうにか身体を支える。
「……おい。」
返事はない。
「誰か……。」
沈黙。
「誰か、いないのか……!」
その声が、炎に包まれた艦橋に響いた。
しかし、答える者はいなかった。
先ほどまで無数の部下がいた場所。
自分の命令一つで艦隊が動き、幾万もの兵士が戦っていた場所。
そこには、もう誰もいない。
サーディンはゆっくりと顔を上げた。
大型スクリーンは砕け戦況を映すことすらできなくなっていた。
それでも、破損した窓の向こうには戦場が見えた。
燃え上がる艦艇。
四方から迫る黄金の艦隊。
そして、遠くに浮かぶ巨大な方舟。
サーディンは、その姿を見つめた。
「……あぁ。」
声が漏れた。
「終わった……。」
彼は、焼け焦げた壁に背中を預けた。
「私の大艦隊も……これでお終いだ……。」
かつて彼は信じていた。数こそが力。
一隻失っても、次の一隻がある。
十隻沈んでも、百隻が押し寄せる。
敵がどれほど強大であろうと、圧倒的な数で押し潰せばいい。それが彼の戦い方だった。
それが彼の勝利への道だった。
だが。今、彼の周囲にいるのは誰もいない。
自分の命令を受ける者も。自分を守る者も。
自分の言葉に耳を傾ける者も。
誰一人として、残ってはいない…
「この戦争……。」
サーディンの声が震える。
「勝機は……我らにあった。」
彼は、血の滲む手で壁を叩いた。
「あと少しだった……あと少しで……!」
その声が、次第に大きくなっていく。
「どこで間違えたのだ……!」
炎が天井を舐める。
艦体の奥深くで、何かが崩れる音がした。
「我はどこで……間違えたのだぁぁぁ!!」
絶叫。
それは、もはや将神の威厳を残した声ではなかった。
自分が築き上げたものが崩れ去るのを、ただ目の前で見つめるしかない男の叫びだった。
そしてその声が響いた瞬間。
旗艦の中央部で、巨大な爆発が起きた。
ドォォォォォォォォン!!
閃光が艦体を貫く。
巨大戦艦の装甲が内側から弾け飛び、船体がいくつもの破片へと分かれていく。
将神サーディンは旗艦と共に白い光の中へと消えていった。
神格再編機関大艦隊を率いた将神サーディン。
その最期は、誰に看取られることもなかった。
― 太陽系・艦隊戦闘宙域 ―
その瞬間だった。
サーディンの旗艦が爆散した直後。
戦場に異変が起きた。
「……あれ?」
キング艦隊の艦橋で、一人の管制官が声を漏らす。
「敵艦隊の動きが……」
「どうした?」
「敵艦隊が……停止しました!」
大型スクリーンに映る敵艦艇。
その大半が、まるで時間を止められたかのように動きを止めていた。砲撃もない。
回避行動もない。隊列の変更すらない。
数え切れない艦艇が、宇宙空間に静止していた。
「何が起きている?」
キングが眉をひそめる。
「通信は?」
「確認しています!」
ノアの艦橋でも同じ報告が飛び交っていた。
「敵艦隊、全域で動きが停止!」
「各艦の通信状況は!?」
「不明です! こちらからの呼びかけに応答がありません!」
ヒメナはモニターを見つめた。
「……何や?」
戦場から音が消えたようだった。
つい先ほどまで、宇宙を埋め尽くしていた砲火。
無数の艦艇が繰り広げていた激しい攻防。
そのすべてが、一瞬だけ止まった。
まるで、巨大な群れの頭を失ったかのように。
そして次の瞬間。停止していた敵艦隊が、再び動き始めた。
「敵艦、再始動!」
「砲撃が来ます……い、いや…違います!」
管制官の声が裏返った。
「敵艦隊、こちらへ突撃してきます!」
スクリーンに映し出された敵艦艇が、次々と進路を変えていく。だが、その動きは先ほどまでとは明らかに違っていた。
隊列を組まず砲撃による牽制も行わない。
回避行動すら取らない。
ただ、前へ。ただ、敵へ。
ただ、目の前にいる艦艇へ向かって、全速力で突き進んでくる。
「……何をするつもりや?」
ヒメナが呟く。
その答えは、すぐに明らかになった。
ドォォォォォン!!
キング艦隊の前衛艦が激しく揺れた。
「前衛艦被弾!」
「違う!違います! 敵艦が……!」
管制官が叫ぶ。
「体当たりです!!」
神格再編機関の艦艇が、キング艦隊の艦艇へ真正面から突っ込んでいた。
敵艦の装甲が砕ける。
キング艦隊の艦艇もまた、大きく損傷する。
だが、突撃は止まらなかった。
一隻が衝突する。
その背後から、二隻目が突っ込む。
そして、衝突した艦艇が爆発する。
ドォォォォォン!!
巨大な閃光が広がる。
爆発に巻き込まれた周囲の艦艇が、次々と損傷していく。
「敵艦、回避しません!」
「自爆攻撃です!」
「そんな馬鹿な……!」
キング艦隊旗艦の艦橋に、緊張が走った。
「全艦、回避運動!」
「敵艦の突撃コースから離れろ!」
「損傷艦を後方へ下げろ!」
キングの命令が飛ぶ。
しかし、敵艦隊の特攻は止まらなかった。
彼らは勝利を求めているのではなかった。
生き残るために戦っているのでもなかった。
ただ一つ。何としても、宇宙空母ノアを沈める。
その信念だけが、艦隊を動かしていた。
自らの命も。仲間の命も。帰る場所も。
すべてを捨ててでも、ノアを沈める。
それが彼らに残された、最後の命令だった。
「…奴らは…狂ってる。」
キングが低く呟く。
「指揮官を失っても、まだ戦うというのか……!」
敵艦が再び突っ込んでくる。
ドォォォォォン!!
黄金の装甲が砕け、艦体の一部が宇宙空間へ飛び散った。
キングは歯を食いしばった。
「全艦、ノアへの進路を確保しろ!」
「ですが、敵艦の特攻が激しく――」
「分かっている!」
キングが声を張り上げる。
「ここで止めなければ、ノアが危ない!ノアは太陽系の希望だ!守りきれ!」
その視線の先には、巨大な方舟があった。
ノアは、まだ戦場の中心にいる。
そして、特攻を続ける敵艦隊の一部は、明らかにノアへ向かおうとしていた。
― 宇宙空母ノア・艦橋 ―
「敵艦隊、進路変更!」
「こちらへ向かってきます!」
「主砲照準、敵先頭集団へ!」
「了解!」
ヒメナはスクリーンを見つめていた。
敵艦隊の動き。
次々と爆発するキング艦隊の艦艇。
そして、ノアへ向かってくる無数の敵艦。
「……将神はもうおらんのやな。」
誰も答えなかった。
ヒメナは小さく息を吐く。
「それでも……止まらへんか。これが奴らの死命か…」
彼女は目を閉じ、ほんの一瞬だけ沈黙した。
敵は、もはや大艦隊として戦っているのではない。
一つの意思に突き動かされた、無数の艦艇。
その意思が何によって生まれたのか。
命令なのか。恐怖なのか。
それとも、彼ら自身が信じ続けた思想なのか。
今となっては分からない。
ただ一つ、確かなことがあった。
戦争は、まだ終わっていない。
ヒメナが静かに口を開いた。
「敵の特攻を絶対にノアへ近づけるな。」
「了解!」
「キング艦隊と連携して迎撃! 護衛艦の修理が終わった艦から順次、防衛線へ回して!」
「了解しました!」
ヒメナは正面を向いた。
「ここまで来て……誰一人、無駄死にさせるわけにはいかへん。」
その声には、強い決意があった。
ノアの巨大な船体が、再び主砲の発射準備に入る。
黄金の艦隊が、敵艦の特攻を食い止めようと隊列を組み直す。
そして宇宙の彼方では、まだ無数の敵艦艇が燃え続けていた。
将神サーディンは死んだ。
彼の大艦隊も、もはやかつての姿を残してはいない。
それでも、戦いは続く。
その執念が尽きるまで。
最後の一隻が、宇宙に消えるまで。
(続)




