敵艦を追え
― 敵艦を追え ―
― 太陽系・木星圏 木星宇宙ドック基地・旧ドック地区
先ほどまで戦場を支配していた轟音が、嘘のように消えていた。
漂う無数の瓦礫、崩壊した格納庫、焼け焦げた整備塔。
そして、その中心に立つ一人の神帝モク・モック。
手にした刀には、まだイッカク、モク・ゼルヴァインの血が残っていた。
「…………。」
モックはしばらく無言で立っていた。
その視線の先にあるのは、かつて兄だった男の亡骸。
だがモックは振り返った。もう終わった戦いだ。
「モック。」
声がした。
振り向く。
そこには木星王モク・ゼノスが立っていた。
その隣には神帝サターン・ジュウ。
「お父様。」
モックが歩み寄る。
ゼノスは何も言わず娘を見る。
しばらく沈黙が続いた。
やがて……
「……ご苦労だった。」
低い声だった。
「はい。」
モックは静かに答える。
ゼノスは一度だけ、倒れたゼルヴァインの方へ視線を向けた。
「……あいつは馬鹿な男であった。反逆者として未来永劫語り継がれる事だろう…そしてお前は英雄として…」
モックは少しして話し始めた。
「…木星は無事です。
あのドックも…まだ使えます。」
「ああ。」
ゼノスは頷いた。
「お前が守ってくれた。」
「…私だけではありませんよ。」
モックはジュウを見る。
「お父様もジュウさんもいましたから。」
「ふふ。」
ジュウが微笑む。
「私はほとんど何もしていないわ。」
「そんなことないですよ。」
ジュウはモックの肩を軽く叩く。
「そんな事大ありよ…あなたが来てくれて、本当に助かった。ここで負けていれば土星も危なかった…」
「……ありがとうございます。」
モックは小さく笑った。
その時上空から一隻の小型輸送艇が降下してくる。
ゴォォォォォ……。
ノアから派遣された無人の回収艇だった。
「モック様!敵艦を追います!お戻りください!」
操縦席から通信が入る。
「了解。」
モックは二人を見る。
「それでは、お父様。」
「ああ。」
「ジュウさんも。」
「気をつけて…」
モックは一度だけ振り返る。
木星、自分が生まれ育った場所を一瞬だけ見つめすぐに前を向いた。
「…では行ってまいります!」
モックは手を振り回収艇へ乗り込んだ。
ハッチが閉じ回収艇はゆっくりと上昇していった。
ゼノスとジュウはその姿を見送る。
やがて回収艇は巨大な木星を背景に
宇宙空母ノアへ向かって飛び去っていった。
― 宇宙空母ノア・艦橋 ―
「回収艇ノアへ接近!」
「了解。着艦を許可。」
艦橋の大型モニターに、接近する輸送艇が映し出される。
オダイ艦長が前方を確認する。
「敵艦隊は?」
「現在、木星圏から離脱中。」
「速度は?」
「低速です。」
オダイが頷く。
「よし。こちらも追う。」
「了解。」
ノアは急加速しなかった。
戦闘を終えた神格再編機関の艦艇を一定の距離を保ちながら、ゆっくりと追跡する。
逃がすつもりはない。しかし今すぐ殲滅するつもりもない。敵艦隊の進路を確認しながら次の動きを見極める。
その間に回収艇はノアへ帰還した。
「回収艇、格納庫へ進入!」
「接続完了!」
ハッチが開く。
「ただいま〜!」
モックが笑顔で降りてくる。
「お疲れ様でした!」
整備兵達が敬礼する。
モックは軽く手を上げた。
「ありがとうね!」
そして艦橋へ向かった。
⸻
「お疲れ様…見てたよ。」
艦橋の扉が開きヒメナが声をかける。
「ただいま戻りました。」
モックはそのまま自分の椅子へ向かう。
神帝として与えられた席。そこへ腰を下ろす。
「ふぅ……。」
小さく息を吐いた。
その瞬間。
「おつかれ〜。」
隣から声がした。
「……。」
モックが横を見る。
別の神帝が椅子を回してこちらを見ている。
「いやぁ、まさかね、完全に予想外だった。」
神帝メインが話し始める。
「さすがだったよ…」
神帝アイズも続く。
「ありがとね。ドックを守れて良かったよ。太陽系の重要基地だからね。」
モックは伸びをして微笑んだ。
そこには戦場で見せていた鋭さはなかった。
いつものモックだった。
タカヤも自分の席から振り返る。
「俺も負けてられへんわ…」
「タカヤも見てた?」
「ああ。勿論。勉強になったよ。
いや、凄かったよ。」
「そう?」
「うん。」
タカヤが笑う。
「完全に押してた。圧倒的とはあの事を言うね…」
「でしょう?」
モックが少し得意げになる。
「昔からお兄様は稽古をサボる人だったから。
そこは将神になっても変わってなかった…。
勿体無いよね!あんな力を手に入れて技を極めないなんて…ほんと豚に真珠、猫に小判よね。」
周囲から小さな笑いが起きた。
だがその笑いは長くは続かなかった。
艦橋前方。大型モニターには離脱していく神格再編機関の艦艇が映っている。
オダイが報告する。
「敵艦隊、木星圏を離脱。」
「状況は?」
ヒメナが尋ねる。
「一定距離を保って追跡しています。」
「よし。」
艦橋の空気が再び引き締まる。
木星での戦いは終わった。
だが神格再編機関の攻撃はまだ終わっていない。
宇宙中で継続中…
モックもモニターを見る。
そこには小さくなっていく敵艦隊。
そしてその先に広がる無限の宇宙。
「……ダヴィンチはどこにいるんだろうね…」
モックが呟く。
誰にも分からない。神格再編機関が次にどこを狙うのか。何人の将神が残っているのか。
そして創造神レオナルド・ダヴィンチはどこに隠れているのか?
ノアは静かに航行を続ける。
(続)




