木星宇宙ドック攻防戦
― 木星宇宙ドック攻防戦 ―
― 太陽系・木星圏 木星宇宙ドック基地・旧ドック廃基地
轟音が響き渡っていた。
旧ドック廃基地。何十年も前に放棄された巨大施設は、もはや原形を留めていなかった。
崩れた格納庫。引き裂かれた整備塔。
宙へ舞い上がる無数の鉄片。
その中心で木星王モク・ゼノス、神帝サターン・ジュウ、そして将神イッカクが衝突していた。
戦況は明らかに変わり始めていた。
イッカクが手にした長大な槍が、二人を圧倒している。
「くっ……!」
ゼノスが大きく後退する。ジュウも槍を避けながら距離を取った。
「速い……!」
イッカクは槍を構え直す。
その姿からは、一切の疲労が感じられない。
「どうした?先ほどまでの威勢はどこへ行った?」
ゼノスが睨みつける。
「……黙れ。」
その時だった。
遠方から一筋の光が飛来する。
「――!」
イッカクが振り返る。
光は旧ドックへ一直線に向かってくる。
そして――
ズドォォォォォン!!
一人の女性が戦場へ降り立った。
瓦礫が吹き飛ぶ。やがて煙の中から姿を現したのは―ノアの紋章を背負った一人の神帝。
モク・モック。
「……。」
モックは周囲を見渡す。
そして父の姿を確認した。
「お父様!」
ゼノスが目を見開く。
「モック……!」
ジュウも僅かに笑う。
「間に合ったのね。」
モックは二人の前へ歩み出る。
「遅くなりました。」
「何を言っている。」
ゼノスが叫ぶ。
「良いところに来た!自慢の娘よ!」
「ふふ…私も参戦しますよ!」
モックは振り返る。
その表情には、いつもの柔らかな雰囲気はなかった。
そして正面を見る。そこに立つ男、将神イッカク。
槍を手にしたまま、じっとモックを見つめていた。
「……。」
モックもまたイッカクを見つめる。
神格再編機関、将神、敵…それだけのはずだった。
だがイッカクが、突然口を開いた。
「ふん……。」
槍を肩に担ぐ。
「やはり来たか。」
モックの眉が動く。
「……何?」
イッカクは笑った。
「“妹”よ。」
「……!」
モックの瞳が大きく見開かれる。
ゼノスの表情が凍りついた。
「……何だと?」
イッカクはモックを見つめている。
その目には明らかな確信があった。
「久しぶりだな。」
「……。」
モックの動きが止まった。聞き間違いではない。
今この男は自分を妹と呼んだ。
「……あなた。私のことを…妹って…。
私の兄は反乱を起こして星流しにあったはずよ!」
イッカクは槍をゆっくり下ろした。
そして口元を歪める。
「あの頃と何も変わっていない。」
イッカクの声が変わりモックの目付きは鋭くなる。
「……まさか。」
ゼノスが一歩前へ出てイッカクを見る。
「貴様……その声……。」
ゼノスの拳が震え始める。
「その目は…。」
イッカクは黙っている。
ゼノスの顔から、血の気が引いていく。
そして怒りへと変わった。
「……ゼルヴァイン。」
その名が戦場に響いた。
「……。」
モックが息を呑む。
サターン・ジュウも、静かにイッカクを見る。
「やっぱり…。」
モックが呟いた。
「…兄貴……」
イッカクは答えない。ただゆっくりと笑った。
「ハハハ!ようやく気がついたか!」
「……。」
モックは目の前の男を見つめる。
数年前。木星で起きた反乱。
木星王家を揺るがしたあの事件。
木星王モク・ゼノスの長男。
そして神帝モク・モックの兄。
モク・ゼルヴァイン。
かつて木星王家の一員として生きていた男。
しかし彼は神格再編機関と共に反乱を起こした。
木星王に刃を向け、王家を裏切り、木星そのものを揺るがした。
そして反乱は鎮圧されゼルヴァインは捕らえられた。
その処分は星流し…二度と木星へ戻ることを許さない。宇宙の彼方へ追放される木星王家最大の追放刑だった。
あの日モックは兄を見送った。
もう二度と会うことはないと思っていた。
それから数年。ゼルヴァインが神格再編機関に拾われたという情報は木星王家にも届いていた。
だが知っていたのは、そこまでだった。
まさか目の前の将神が…
モックが呟く。
「あなた……生きていたのね。」
「生きていた?」
ゼルヴァインいや…今は将神イッカク。彼は静かに笑った。
「違うな。俺は生まれ変わったんだ。」
モックの表情が曇る。
「……。」
「モク・ゼルヴァインという男は、あの日死んだ。」
イッカクは自らの胸を指す。
「星流しにされた時にな。そして神格再編機関に拾われた!そこで俺は力を得た!」
「ダヴィンチ様に選ばれ将神となった。」
その声には、過去への執着が滲んでいた。
「そして第二の人生を歩み始めたのだ。」
イッカクはモック達を見る。
ゼノスの怒りが爆発する。
「ふざけるな!!」
ドォン!!ゼノスの怒りが一気に膨れ上がった。
「貴様が…!俺の息子を名乗るな!」
「お父様!」
モックが振り返る。
ゼノスは怒りに震えていた。
「ゼルヴァイン……!
お前は自分が何をしたのか分かっているのか!」
イッカクは父を見つめる。
「分かっている。」
ゼノスが拳を握る。
「ならば….なぜ戻ってきた!」
イッカクは静かに答えた。
「戻ったんじゃない。」
「……。」
「取りに来たんだ。」
ゼノスの目が鋭くなる。
「何をだ。」
イッカクは背後に広がる木星宇宙ドックを指す。
「木星を。そして俺が失ったものを。」
モックは突然笑い始める。
「……ハハハ!クソ兄貴…貴方は何も変わらないね…」
「その呼び方はやめろ。」
イッカクの声が低くなる。
「俺はもうお前の兄ゼルヴァインじゃない。
俺は将神イッカクだ。」
槍を構える。
ジュウが静かに前へ出る。
「……モック。」
「はい。」
「辛いでしょうけど。」
ジュウはイッカクを見据える。
「今は敵よ。」
「……分かってるよ。てか辛くない…
合法的にやつを殺せる…」
「あぁ…そう…ならいいわ…」
ジュウは少し驚いた顔をして前を向く。
モックは拳を握り一度目を閉じる。
そしてゆっくりと開く。そこに迷いなどは一切ない…
「将神イッカクは私の手であの世に送る…
私が守るものは変わらない。木星このドック。
そしてこの宇宙の平和…」
ゼノスがモックを見る。
「……。」
モックは正面を向く。
「だから私は……あなたを…。」
イッカクは静かに笑った。
「そうか。」
槍を握り直す。
「それでいい。俺が木星王家の息子であったことなど今日で完全に終わらせる。」
モックの神格が解放される。
木星圏を覆うほどの巨大な神格エネルギー。
ゼノスが驚く。
「モック……。」
ジュウも構える。
「……凄い神格。私よりも格上ね…」
イッカクの目が細くなる。
「なるほど。貴様も随分と立派な神帝になったようだな。」
モックは構える。
「あなたも……。」
「何だ?」
「少しは強くなったのかしら?」
イッカクの表情が止まりモックは続ける。
「私は私の仕事をする。家族だからと言って手加減は無しよ。」
イッカクは黙ってモックを見つめる。
「……そうか。」
槍を水平に構える。
「ならば俺も本気で…」
モックも神格を最大まで高める。
旧ドック全体が震え二人の神格が正面からぶつかり合う。木星王ゼノスは拳を握ったまま、二人を見つめていた。
そこにあるのは怒りだけではない。
父親としての深い悲しと後悔だった。
「……ゼルヴァイン。」
誰にも聞こえない声で呟く。
「俺はお前を信じていた。実の息子を殺したいわけじゃない…」
だが戦場にはもう家族という言葉は存在しない。
それぞれの立場が互いを敵として向かい合わせる。
そしてモックとイッカク。二人は同時に踏み込んだ。
「行くよ、クソ兄貴!!」
「来い神帝!!」
ドォォォォォォン!!
木星宇宙ドック全体を揺るがす轟音。
兄妹の戦いが始まった。
(続)




